Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
活動報告
がん患者を対象にした緩和ケア情報共有ツールを用いたシームレスな地域連携の試み
友松 裕子井戸 智子壁谷 めぐみ湯浅 周古賀 千晶長尾 清治太田 信吉伊奈 研次
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電子付録

2018 年 13 巻 2 号 p. 163-167

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Abstract

余命が限られているがん患者にとっては,終末期を過ごす療養の場所を適切に選択することは極めて重要である.地域の緩和ケアに関わっている医療スタッフとの連携を深めるために,東名古屋在宅医療懇話会を組織し,緩和ケア情報共有ツールを作成した.緩和ケア情報シートを用いて当院から紹介した35例のうち,25例が慢性期病院に転院し,10例は在宅医療を受けた.死亡場所の内訳は,緩和ケア病棟が23人,自宅が6人,当院が4人であった.紹介先スタッフを対象とした質問紙を用いた調査を行ったところ,緩和ケア情報共有ツールの導入は,患者の予後や患者・家族の病識と説明内容に対する理解度合い,医療や予後に対する考えに関する情報を得ることに繋がり,緩和医療の質向上に有用であることが示された.本活動は,シームレスな緩和ケアの実現に貢献し,地域の医療スタッフが責任を分担して最適な緩和ケアを提供することを促進すると考えられた.

緒言

緩和ケアにおける医療連携では,医師・看護師・薬剤師・医療ソーシャルワーカー(MSW)などの多職種が関わり,病状だけでなく,患者・家族の病識,医療や予後に対する考え,療養先の希望などを連携先に,漏れなく伝えることが望まれる.しかし依頼するタイミングや伝える内容,伝え方に課題が多いのが,現状である.一方,余命に限りのあるがん患者にとって,療養場所を適切に選択して,地域で多職種に支えられながら,安心して終末期を過ごすことができるのはたいへん重要なことである1).名古屋記念病院には緩和ケア病棟がないために,シームレスな緩和ケアを実現するには,地域の緩和ケア施設や在宅医療に関わる機関との緊密な連絡や協力が不可欠である.そこで名古屋市天白区近郊で緩和ケアを行っている医療施設および訪問看護ステーションとの双方向性の連携を深めることを目的として,東名古屋在宅医療懇話会を組織した.本懇話会での協議を通して,コミュニケーションと連携の質を上げることを目的とした緩和ケアの情報共有ツールを作成することに決定し,運用を開始したので,その取り組みについて報告する.

方法

東名古屋在宅医療懇話会

名古屋記念病院からがん患者の緩和医療を目的として転院あるいは在宅医療を依頼した実績のある機関(緩和ケア病棟を有している愛知国際病院,在宅療養支援診療所,訪問看護ステーション)に呼びかけ,地域の在宅医療・緩和ケアを検討する場として,2014年2月に東名古屋在宅医療懇話会を立ち上げた.今まで在宅医療および緩和医療をテーマとする勉強会を合計8回,開催するとともに,連携方法・緩和ケア情報共有ツールについて協議を重ねてきた(付録表1).

緩和ケア情報共有ツール

東名古屋在宅医療懇話会で協議する過程で,予後や患者・家族への説明内容に関する情報および生活状況は,当院の医師が作成する診療情報提供書に記載されていないために,緩和医療に携わる地域の医療スタッフは,診療情報提供書よりMSWが聴取した情報や看護サマリを重視している実態が明らかになった.また,当院では,多職種からなる緩和ケアチームが患者ケアに介入しているが,緩和ケアチームが得た情報を紹介先機関に伝えるツールがなかった.そこでより円滑な地域連携づくりをめざして,院内の多職種が共同して記載し,一覧性のある緩和ケア情報共有ツールを作成した.まず,名古屋記念病院がん相談支援センターと緩和ケアチームが話し合って共有ツールの原案を作成した.次に,東名古屋在宅医療懇話会で,多施設・多職種で協議を重ね,様式・項目に修正を加えて書式を決定し,2015年11月より運用を開始した.そして緩和ケア情報共有ツールを用いた紹介システムを評価する目的で,転院あるいは在宅医療を依頼した連携機関のスタッフを対象にして,2017年11月に無記名の選択式質問紙封書による郵送調査を行った(付録表2).

倫理的配慮

本活動は,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を遵守して実施し,患者本人に情報共有の重要性,利害得失について十分なインフォームドコンセントを行い,転院あるいは在宅医療を依頼する医療機関を紹介する際に,必ず担当医ががん患者から書面にて同意を得た.

結果

緩和ケア情報共有ツールは,①依頼施設への打診時に用いる「緩和ケア打診シート」(付録図1),②退院時に診療情報提供書と看護サマリとともに発行する,「緩和ケア情報シート」(付録図2)の2種類からなる(図1).「緩和ケア打診シート」は,MSWが,患者の属性および訪問診療・看護に必要な情報である駐車場やエレベーターの有無,家族構成,キーパーソン,患者の人柄や介護保険情報・費用区分等について記載し,作成する.「緩和ケア情報シート」は,MSWが記載した打診シートの内容に加えて,医師が,病名・病状・既往歴などの医療情報,予後予測〔主観的,Palliative Prognostic Index(PPI)〕2),疼痛管理(図2),身体症状・精神症状,日常生活自立度,病状や予後についての医師からの説明内容を記載し,担当医からの説明に対する患者・家族の理解度をMSWが確認して記載する.医師が記入する手間を極力少なくする目的で,可能な範囲でチェック項目にした.PPIについては,使用に慣れていない医師でも記入できるように「緩和ケア情報シート」にPPIの解説表を添付し,5項目にチェックを入れると自動的にスコアが計算され,6.5以上は予後が3週間未満となる可能性が高いと表示される仕組みを設計した.薬剤師が,麻薬・鎮痛補助薬以外の服薬状況,点滴の内容,かかりつけ薬局の情報を記載し,セラピストはリハビリの状況を記載する(図3).さらに,緩和ケアチームが,患者の状況を身体的な問題と精神的な問題に分けて記載する.緩和ケア情報共有ツールを作成する対象患者は,緩和ケア目的で,転院あるいは在宅療養を検討しているがん患者で,(1)訪問診察を依頼するとき,(2)緩和ケア目的で他病院へ転院するとき,(3)訪問看護ステーションの利用を依頼するときに使用した.

図1 緩和ケア情報共有ツールを用いた連携
図2 緩和ケア情報シート 抜粋①

診療情報,紹介目的,疼痛管理(医師が記入)

図3 緩和ケア情報シート 抜粋②

説明(医師が記入),理解(MSWが記入)

2017年10月までに連携した11機関のうち10機関(有効回答率 90.9%),12名のスタッフから回答をいただいた.回答する職種をとくに指定しなかったために,その内訳は医師6名,看護師4名,MSW 1名,ケアマネージャー1名で,その調査結果は,「緩和ケア情報共有ツール全般の有用性」を問う質問に対しては,情報が増えたのでコミュニケーションがとりやすくなった42%,患者・家族とコミュニケーションをとるのに参考になる42%,使用経験に乏しいため無回答16%だった.また本ツールが「緩和医療の質をあげるのに役立つでしょうか」という設問に対しては,①病状など自信をもって説明できるので,最適な緩和ケアを提供できる25%,②患者・家族から情報収集するのに気を遣うことが少なくなり,提供する緩和ケアの質を上げることに集中できる75%で,共有ツールの有用性を否定する選択肢③(提供する緩和ケアの質には影響しない)または④(かえって気遣いすることが増えたので廃止または修正すべきである)を選択した医療スタッフはなく,今回の取り組みに対して一定の評価をいただいた.

考察

名古屋記念病院は,名古屋市東部に位置する病床数464床の第2次救急医療施設であり,当院の患者の90%以上は,名古屋市天白区・緑区・名東区,日進市,東郷町の5地域に在住している.当院は,民間のがんセンターをめざして設立され,2010年に愛知県がん診療拠点病院に指定されて以来,がん医療における医科歯科連携や病薬連携など地域連携体制の整備に取り組んできた35).当院は名古屋医療圏の東端に位置し,尾張東部医療圏との境界近くにあり,ほかのがん診療連携拠点病院と地理的な距離が離れている.背景人口約70万人を有する名古屋市東南部・日進・東郷地域には,当院以外にがん診療拠点病院がなく(付録図3),当該地域のがん医療の質向上と均てん化をめざして,当院から地域医療従事者に呼びかけて,双方向性の情報共有ができる体制づくりに努めている.とくに,がん患者の緩和医療では,院内外の多職種による緊密な連携が重要である6)

当院には緩和ケア病棟がないために,上記地域の緩和医療に関わる連携機関と共同して,東名古屋在宅医療懇話会を組織した.そして懇話会で協議して,2種類の書式からなる緩和ケア情報共有ツールを作成し,地域におけるシームレスな緩和ケアの実現をめざした.とくに,今回,医師の記入項目に予後予測2,7),患者・家族に対する医師の説明内容を取り入れ,さらにMSWが聴取した患者・家族の病状理解の程度を記載したことにより,情報共有ツールの導入が,患者・家族と連携先の医療スタッフのコミュニケーションをとりやすくし,緩和医療の質向上に役立っていることが示唆された.また副次効果として,緩和ケア情報共有ツールを作成することを通して,名古屋記念病院のスタッフ間で,お互いの記載内容を可視化でき,各職種のスキルや専門性を理解することに繋がり,院内における多職種間の情報共有を促進した.

緩和ケア打診シートの発行件数と比べて,緩和ケア情報シートの運用件数が少ない理由は,第1に,打診のやりとりをしている間に,原疾患が増悪して転院のタイミングを失ったり,緩和ケア病棟に空床が出るのに時間を要する場合があるためである.第2に,緩和ケア打診シートを発行したあとで,在宅医療や緩和ケア病棟への転院から,当院での入院継続に希望を変更する症例もみられた.また緩和ケアの連携では,余命の限られている患者が多いので,転院あるいは在宅医療への移行をできるだけ速やかに行っている.そのために,緩和ケア情報シートのすべての項目に院内の多職種が記入する時間的余裕がなく,連携機関への発行が間に合わず,その前に退院してしまう症例が散見された.緩和ケア情報シートを活用するには,各職種の理解と協力が不可欠であること,さらに記入に要する時間を短縮するために記載事項を簡略化するなどの工夫が,今後の課題である.

結語

緩和ケア病棟のない当院が,地域の医療施設・訪問看護ステーションと協同して,東名古屋在宅医療懇話会を組織し,「顔が見える」双方向性の地域連携をめざした.情報共有ツールを活用して,地域の医療スタッフ間で患者についての情報を共有することは,多職種のチームワークを促し,各自が責任をもって最適な緩和医療を提供するのに役立つことが示唆された.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし.

著者貢献

友松,伊奈は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献;井戸は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;壁谷は研究データの収集・分析,原稿の起草に貢献;湯浅,古賀,長尾は研究データの収集,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;太田は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2018日本緩和医療学会
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