【目的】終末期ケアシミュレーション(terminal care simulation: TCS)参加者がTCSを通して何を感じたかを質的に明らかにすることを目的とした.【方法】TCS後に振返り用紙への自由な回答を求め,その内容を質的に分析した.【結果】参加者39名.振返り用紙へ記載された内容は334記録単位に分割でき〈コミュニケーションに関する知の獲得〉〈実施方法への評価〉〈看護に関する自己の理解〉〈看護に関する自己の肯定的見通し〉〈終末期に関する知の獲得〉〈場の雰囲気に対する評価〉〈学習機会の取得〉〈看護に関する自己の肯定的変化〉〈デブリーフィングの効果〉〈経験への評価〉〈リアリティの実感〉〈看護の知の獲得〉〈教員の関わりに対する評価〉の13カテゴリーが形成された.【考察・結論】現実的な感覚が結果に現れたことから,模擬患者の協力がTCSでの現実味の体験に貢献したと考える.
超高齢社会の中で患者がどこで生活していようとも,看護師には適切な終末期ケアの提供が求められている1).また,看護学生が看護基礎教育中から終末期ケア能力を習得することは重要2)と言われている.
厚生労働省3)は「看護教育の内容と方法に関する検討会報告書」において,侵襲性の高い技術は,対象の安全確保のためにも臨地実習の前にシミュレーションを行う演習が効果的であり,教育現場へのシミュレーションの活用を言及している.終末期ケアは侵襲性は高くないものの,複雑でデリケートな側面も多く,臨地実習では実践が難しい.したがって,看護基礎教育中の学生が終末期ケアを臨床現場に近い状況でシミュレーション体験することは,有用と言える.
シミュレーションに関する日本の先行研究を概観すると,終末期ケアに関してはほとんど行われていない.そこで,著者らは看護大学生が終末期ケアを効果的に学べる教育手法の一つとして終末期ケアシミュレーション(terminal care simulation: TCS)を開発し,量的にその有用性を報告した4).本研究では,参加者がTCSを通して何を感じたかを質的に明らかにすることを目的とし,TCSをさらに発展させるための示唆を得たいと考えた.
参加者の振返り内容を質的帰納的に分析する記述的探索的デザインとした.なお,本研究における終末期ケアとは宮下5)を参考に「治癒が望めない時期から終末期にある患者に対し,苦痛を与えるだけの延命治療を中止し,人間らしく死を迎えることを支えるケア」と定義した.
対象者成人看護学の全単位を取得済みの看護大学3年生160名のうち参加希望者を対象とした.
データ収集期間・方法2016年2月〜2017年3月.TCS実施直後に各人1枚の振返り用紙を配布し,TCSを通して何を感じたかを自由記載するよう求めた.回収BOXを設置し,振返り用紙の提出は学生の自由意思とした.
TCSの概要TCSシナリオ作成過程において,緩和ケアを専門とする研究者,がん看護専門看護師,看護教育者,シミュレーション教育の専門家に意見を求め内容を確定した.また,TCS実施にあたり,事例を忠実かつリアルに再現できるよう,客観的臨床能力試験に協力している医学教育に熟練した模擬患者の協力を得た.模擬患者が患者の思いを理解したうえで発言・行動できるよう模擬患者用シナリオを作成し,口頭で説明を加えた.実施したTCSの概要を表1に示した.
1.学習目標
学生の学習目標は文部科学省6)の設定する卒業時到達目標「終末期にある患者を総合的・全人的に理解し,その人らしさを支える看護援助方法について説明できる」「終末期での治療を理解し,苦痛の緩和方法について説明できる」に焦点をあて,①全身状態を観察・評価し心身の苦痛を査定できる,②安楽への看護援助を考え一部実施することができるとした.
2.TCSの構成
TCSは①事前学習,②ブリーフィング(導入),③シミュレーション,④デブリーフィング(振返り),⑤まとめで構成される.1グループ5名,所要時間は80分とし,1グループずつ実施した.1人目から2人目の学生は,目標①における終末期患者の全身状態を観察・評価,心身の苦痛を査定する目的にケアを実施し,3人目から5人目の学生は,目標②における患者の心身の苦痛に対するケアを実施できるようにした.各学生のシミュレーション後にデブリーフィングを行った.目標①②に対し,それぞれデブリファー1名と板書等を行う補助教員1名で関わった.5人目の学生のデブリーフィングでは,グループ全員でケアプランを完成させた.
3.設定患者情報
A氏65歳男性.直腸がんstage IV(多発転移あり).疼痛コントロール目的で入院.入院当日より医療用麻薬内服開始.麻薬に対し不安を抱いている.
データ分析Berelsonの内容分析7)を参考に振返り用紙に記載された内容を分析した.1単文を記録単位,パラグラフを文脈単位とし,1文ごとに比較しその意味内容の類似性に沿って分類,命名した.結果の信頼性を高めるため,全ての過程において4名の研究者で吟味した.カテゴリー分類の一致率はScottの式8)にて算出した.
倫理的配慮B大学内掲示板に研究内容を告知・募集した.参加の有無・辞退や結果が成績には関係しないこと,公表する際は匿名にすること等を説明した.なお,本研究は所属機関の倫理審査委員会の承認を得て実施した.
研究参加者は39名,終末期患者受け持ち経験者は4名(10.3%)であった.振返り用紙の回収率は100%,内容は334記録単位に分割できた.このうちTCSに関わりのない11記録単位を除外し,323記録単位を分析した.その結果,13個のカテゴリーが形成された(表2).以下,〈 〉はカテゴリー名,“ ”は同一記録単位群を示す.
〈コミュニケーションに関する知の獲得〉は“傾聴方法の理解”“コミュニケーション全般の知の獲得”“NURSEの使い方の理解”“NURSEという枠組みの理解”“沈黙の必要性の理解”の5つの同一記録単位群48単位から形成された.
〈実施方法への評価〉は“実施時期に対する評価”“人数構成に対する評価”“配布資料に対する評価”“ブリーフィングに対する評価”“時間構成に対する評価”の5つの同一記録単位群44単位から形成された.
〈看護に関する自己の理解〉は“振返りによる自己傾向の理解”“自己課題の発見”の2つの同一記録単位群36単位から形成された.
〈看護に関する自己の肯定的見通し〉は“今後の実践に対する肯定的見通し”“コミュニケーションに関する自己の肯定的見通し”“フィジカルアセスメントに関する自己の肯定的見通し”の3つの同一記録単位群35単位から形成された.
〈終末期に関する知の獲得〉は“終末期のフィジカルアセスメントに関する知の獲得”“終末期患者の心理に関する知の獲得”“終末期患者との関わりに関する知の獲得”の3つの同一記録単位群29単位から形成された.
〈場の雰囲気に対する評価〉は“雰囲気に対する肯定的評価”“場の雰囲気がもたらす緊張感”の2つの同一記録単位群23単位から形成された.
〈学習機会の取得〉は“他学生の関わりを見学する機会の獲得”“コミュニケーションを学ぶ機会の獲得”“終末期について学ぶ機会の獲得”“考える機会の獲得”の4つの同一記録単位群23単位から形成された.
〈看護に関する自己の肯定的変化〉は“コミュニケーションに関する自己の肯定的変化”“終末期ケアに関する自己の肯定的変化”“看護ケアに関する自己の肯定的変化”の3つの同一記録単位群21単位から形成された.
〈デブリーフィングの効果〉は“グループでデブリーフィングする効果”“実施とデブリーフィングを交互に行った効果”の2つの同一記録単位群19単位から形成された.
〈経験への評価〉は“経験に対する肯定的評価”の同一記録単位群16単位から形成された.
〈リアリティの実感〉は“模擬患者がもたらす臨場感”“実践がもたらすイメージの促進”の2つの同一記録単位群15単位から形成された.
〈看護の知の獲得〉は“看護全般の知の獲得”の同一記録単位群7単位から形成された.
〈教員の関わりに対する評価〉は“教員の関わりに対する肯定的評価”“教員の関わりに対する否定的評価”の2つの同一記録単位群7単位から形成された.
本研究参加者が感じたこととして〈コミュニケーションに関する知の獲得〉〈看護に関する自己の肯定的見通し〉が形成された.すなわちJeffries9)がシミュレーションによるアウトカムとして,知識,学習者の満足,自信を挙げているように,学生の振返り内容にはTCSの成果が反映されていたことになる.
また,具体的で現実に近いシミュレーションは現実的な感覚を作ることができる10)と言われている.〈リアリティの実感〉が形成されたことから,TCSが現実味の体験に貢献したと考える.とくに模擬患者の反応が現実的でわかりやすかったという記録単位から,模擬患者を使用したことが現実に近い設定を可能にしたと考える.
本研究の課題と限界形成された〈実施方法への評価〉〈場の雰囲気に対する評価〉〈デブリーフィングの効果〉〈経験への評価〉〈教員の関わりに対する評価〉は,TCSに対する形成的評価11)に相当する.今後,これらを詳細に分析することで,ブリーフィング時に提示する内容の具体化や,学生の緊張感を軽減する具体的方法等が検討でき,より効果的なTCSに発展できると考える.本研究の限界として,振返り用紙が自由記載のため学生の文章力に差があり,質的データとしての深まりが一定とは言い難い点が挙げられる.しかし,カテゴリー分類への一致率は72.3%とある程度の信頼性は確保されており,研究の結論に大きな影響はないと考える.
1.TCS参加者の振返り用紙に記載された内容を質的に分析することで,知識を得た,自己成長した,現実味があったという13のカテゴリーが形成された.
2.現実的な感覚が結果に現れたことから,模擬患者の協力がTCSにおける学生の現実味の体験に貢献したと考える.
3.TCSをより発展させるために,ブリーフィング方法等を検討することが課題である.
研究にご協力いただいた皆様,多大な助言をくださった東京医科大学・阿部幸恵先生に深謝します.本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(研究活動スタート支援)課題番号15H6290による助成を受けて実施したものであり,結果の一部は第36・37回日本看護科学学会学術集会(2016年12月東京,2017年12月仙台)にて発表した.
著者の申告すべき利益相反なし
犬丸はデータ収集・分析および草稿の作成,玉木は研究の構想からデータ収集・分析および草稿の推敲,横井・冨田はデータ収集・分析および草稿の推敲,藤井はデータ収集および草稿の推敲,辻川はデータの解釈・草稿への推敲に貢献した.全ての著者は最終原稿を読み承認した.