2018 年 13 巻 3 号 p. 219-227
【目的】療養病棟スタッフへの意識調査を通して,療養病棟緩和ケアの課題について調査した.【方法】介護職等を含むスタッフを対象に無記名自記式質問紙調査を行い,WHO緩和ケア定義の認知度,療養病棟緩和ケアの必要性と実現性,課題等について数字評価スケール(0:まったくそう思わない〜10:非常にそう思う)で尋ねた.【結果】30施設541名(医療職387名,その他154名)から回答を得た.緩和ケア定義を「知っている」は医療職56%,他職種45%,がん緩和ケアの必要性がある8.5±2.1(平均値),実現性がある6.8±2.5,非がん緩和ケアの必要性がある8.4±2.0,実現性がある7.0±2.2であった.がん・非がんともに,苦痛緩和・家族ケアは重要である,人員不足である,時間のゆとりがない等が8点以上であった.【結論】緩和ケアの必要性や重要性を高く認めつつも,多くの課題と困難感の存在が明らかとなった.
全国の病院病床の約20%を占める療養病床・病棟(以下,療養病棟)1)における緩和ケアの必要性が認識され,各施設の取り組みが報告されるようになったが2~5),まだ十分に普及しているとは言えない.療養病棟を含む病院全体で緩和ケアを積極的に行っている自施設ですら,所属病棟や職種によって緩和ケアに対する意識に温度差があり,緩和ケア実践の障壁となっていることもある.また,わが国の緩和ケアはがんを中心として主導されてきたため,療養病棟の中心疾患である非がんに対する緩和ケアは後進しているという現状もある.
われわれは,療養病棟での緩和ケアが広まらない理由を探るため,まずパイロットとして緩和ケア病棟(palliative care unit: PCU)を併設した療養病棟での緩和ケアの診療実態とスタッフ意識を調査し6,7),これらの療養病棟でがん緩和ケアの視点を踏まえたケアが実施されていること,職種や経験病棟によってWHOの緩和ケア定義8)の認知度や緩和ケアの意識に差がみられること,緩和ケアに関連する知識や教育の不足などの課題や困難感もあることが明らかとなっていた.
一方で療養病棟の大多数はPCUと併設されておらず,緩和ケアが身近にあるとは言えない環境で,筆者の先行研究6,7)をそのまま当てはめて一般化することはできない.本研究の主たる目的は,先行研究で得られた結果を踏まえて,「PCUを併設していない療養病棟」のスタッフがWHOの緩和ケア定義を知っているか,療養病棟における緩和ケアを必要と感じているか,実現できると感じているか,具体的な課題や困難を感じているか,これらに職種間の差や緩和ケア定義認知度による差があるのかなどについて,意識調査を通して明らかにすることである.また,がんと非がんに対する意識の違いがあるかどうかについてと,療養病棟の緩和ケアを普及させるための課題を調査することを副目的とした.
全日本病院協会へ登録されている施設のうち,療養病棟(医療型,介護型)を有しており,かつ緩和ケア病棟を併設していないことが各病院ホームページ等で確認できた東京都内211施設の管理者に対してあらかじめ意識調査への参加を問い,実施に同意を得た32施設の療養病棟スタッフを対象とした.2017年5~6月に郵送法での無記名自記式質問紙調査を行い,調査票の配布・回収は病棟管理責任者へ依頼した.
調査項目は,回答者の基礎情報として年齢,性別,職種・資格,実務経験年数,療養病棟経験年数,過去の経験部署を尋ねた.「緩和ケア」の認識を統一させるためにWHOの緩和ケア定義8)を日本語で調査票の表紙に提示したうえで,この定義の認知度(以下,定義認知度)を4段階で尋ねた.
緩和ケアに対する意識調査は,筆者らが実施した先行調査研究6,7)の回答の中から,緩和ケアの必要性や利点,課題や困難感を挙げた項目をもとに設問を作成し,「まったくそう思わない:0」〜「非常にそう思う:10」の11段階数字評価スケールで尋ねた.調査内容は,がん・非がんそれぞれについて,療養病棟での緩和ケアは必要であると思うか(必要性はあるか),療養病棟での緩和ケアはできると思うか(実現性はあるか)を問い,また,具体的なケアに対する認識,量的・質的な課題や困難感,麻薬使用に関連する認識,がんと非がんの違いに関する認識などについて尋ねた.
得られた結果をもとに集計を行い,(1)回答者背景の違いによる定義認知度の違い,(2)回答者全体の意識の傾向,(3)医療職とその他の職種(以下,他職種)間の意識の比較,(4)定義認知度の違いによる緩和ケアの必要性・実現性に関する認識,緩和ケア意識の比較,これらの検討を行った.
年齢,経験年数,意識調査点数の表記は平均値±標準偏差とした.統計学的有意差検定における,回答者背景間の比較はMann-WhitneyのU検定と対応のないt検定,回答者個々における点数の比較は対応のあるt検定,定義認知度による点数の比較は分散分析を用い,p<0.05を有意差ありとした.意識調査スコアの職種間比較およびがん・非がんの比較については,Bonferroni補正による有意水準,Cohenのd値による効果量(d≥0.5:中,d≥0.2:小)も求めた.統計解析ソフトにはStatcel-3(オーエムエス出版,埼玉)を用いた.
本研究は,救世軍清瀬病院倫理委員会の承認を得て実施し,集計・分析において施設・個人が特定されないように配慮した.調査用紙に倫理的配慮を行っていること,調査内容を学術的に発表すること,調査票への回答をもって研究参加・学術発表に同意取得とする旨を記して調査を行った.
32施設へ595枚の調査票を配布し,2施設からは回収が得られず,白紙等の無効回答を除いた30施設541名(有効回答率90.9%)の回答を分析対象とした.
回答者の背景を表1へ示す.回答者の平均年齢は45.1±11.4歳,男76名,女457名と女性が多数であった.医療職は387名(71.5%)で看護師,准看護師の看護職が多数を占めた.他職種は151名(27.9%)で,おもに介護福祉士,ヘルパーなどの介護職であった.他部署の経験として急性期病棟の経験者は374名(このうち医療職は332名,88.8%;当該部署経験者に占める割合),介護系施設の経験者は140名(同85名,60.7%),在宅医療・在宅介護の経験者は55名(同40名,72.7%)であった.
(1)回答者背景の違いによる定義認知度の違い全体の定義認知度は4段階で尋ね,よく知っている8.1%,少し知っている44.2%,あまり知らない28.7%,まったく知らない11.5%であった(表2).医療職と他職種の間で定義認知度に有意差を認め(p=0.0012),医療職は「よく/少し知っている(以下,知っている)」が55.5%であったのに対して,他職種の「知っている」は45.0%であった.なお,看護職における看護師・准看護師の比較,介護職における介護福祉士・ヘルパーの比較ではいずれも定義認知度に差は認めなかった(以下,付録表1参照).実務経験年数と療養病棟経験年数は中央値で2群に分け,経験年数の短い群と長い群で定義認知度を比較し,経験年数の長短では差を認めなかった.他部署の経験による定義認知度の比較では,緩和ケア病棟,介護系施設の有無では認知度に差は認めず,急性期病棟経験者,在宅医療・介護経験者の認知度が有意に高かった.
(2)回答者全体の意識の傾向意識調査結果におけるCronbachのα係数は0.878であり,内部一貫性が高いことは示された.意識調査の回答者全体の結果を表3へ示す.なお,表中のカテゴリーは調査時に記したものではなく,調査後に便宜的な分類のために付した.がん緩和ケアの「療養病棟での緩和ケアは必要であると思う(以下,必要性)」の8.5±2.1(以下の数値は11段階評価のスコア)に対して「療養病棟での緩和ケアはできると思う(以下,実現性)」は6.8±2.5,非がん緩和ケアは必要性8.4±2.0に対して,実現性7.0±2.2で,それぞれ相対的に低下した(がんp<0.001,d=0.74,非がんp<0.001, d=0.67).
がん緩和ケアの意識で8点以上と高かったものは,緩和ケアの重要性・有用性に関する「苦痛症状の緩和は重要である(以下,苦痛緩和は重要)」9.1±1.4,「家族をケアすることは重要であると考えている(以下,家族ケアは重要)」8.6±1.8,ケア内容の課題・困難感に関する「ゆっくりとケアする時間がない(以下,時間のゆとりがない)」8.5±2.0,体制・制度に関するものとして「緩和ケア提供には看護職の人員が不足している(以下,看護職不足)」8.5±1.9,「緩和ケア提供には介護職の人員が不足している(以下,介護職不足)」8.5±1.9,緩和ケアの専門性に関することとして「緩和ケアの指導者・専門家が不足している(以下,指導者不足)」8.3±2.0であった.スタッフの不安要素として「緩和ケアの必要な患者と接するのは不安・接したくない(以下,患者と接する不安)」は2.8±2.6,「がん患者の痛みやそれに対する麻薬使用は怖い(以下,痛みケアへの不安)」は3.7±2.7と低値であった.
非がん緩和ケアの意識で8点以上は,「苦痛緩和は重要」9.0±1.6,「家族ケアは重要」8.5±1.9,「時間のゆとりがない」8.2±2.1,「看護職不足」8.5±1.9,「介護職不足」8.5±2.0で,がんと共通していた.スタッフの意欲に関する「がん患者と非がん患者を区別せずにケアしたいと思う(以下,がんと非がんを区別しない)」は8.2±2.0であった.
回答者個々のがんと非がんに対する意識の相違について,がんに対する質問と非がんに対する同じ質問への回答を比較した.有意差を認めた項目として,緩和ケアの実現性の認識は非がんが高く,「時間のゆとりがない」「指導者不足」でがん緩和ケアは高値,「患者と接する不安」は非がんが高値であったが,いずれもCohenの効果量(d値)は小さかった.
(3)医療職と他職種間の意識の比較医療職と他職種の比較を表4へ示す.緩和ケアの必要性と実現性の認識は,がん・非がん緩和ケアともに職種による違いを認めなかった.
がん緩和ケアへの意識で医療職が有意に高かったものは,「家族ケアは重要」「医療用麻薬に詳しい医師がいない(以下,医師の麻薬処方に問題)」「包括診療のためコスト面で問題がある」高い傾向にあったものは「苦痛緩和は重要」「指導者不足」「医療用麻薬の適正な使用ができない」であった.「痛みケアへの不安」は医療職が低い傾向であった.これらのうち効果量(d値)「中」以上のものは「医師の麻薬処方に問題」,その他は効果量「小」であった.
非がん緩和ケアへの意識で「家族ケアは重要」と「苦痛緩和は重要」は医療職のスコアが高い傾向であった(有意差なし,効果量「小」).
(4)定義認知度の違いによる緩和ケアの必要性・実現性に関する認識,緩和ケア意識の比較定義認知度の違いによる緩和ケア必要性・実現性に関する認識の比較を表5へ示す.定義認知度が高いほどがん緩和ケアの必要性を強く感じ(p=0.010),実現性も高いと感じていた(p<0.001).非がんについては,定義認知度が高いほど必要性を強く感じているものの(p=0.015),実現性に関しての有意差は認めなかった(p=0.57).
緩和ケアの定義を「知っている」群と「あまり/まったく知らない」群の2群に分けて緩和ケアに対する意識を比較した結果を表4へ示す.「知っている」群はがん緩和ケアの実現性,「家族ケアは重要」(がん・非がん),「患者の受け皿が増え,多くのがん患者が緩和ケアを受けられる(以下,がん患者の受け皿が増える)」で有意に高値,がんの「痛みケアへの不安」と非がんの「患者と接する不安」は有意に低値であった.これらはいずれも効果量は小さかった.
本研究では,医療職以外も含めた療養病棟スタッフを対象として意識調査を行い,高い回収率のもとでがんおよび非がん緩和ケアに対するさまざまな意識について集約した.その結果,回答者全般に緩和ケアの必要性や有用性を感じているのと同程度に困難感も感じていること,緩和ケアに対する不安は少ないこと,緩和ケアの必要性は高く認識していても,実現性の認識は相対的に低いことが明らかとなった.
PCUを併設している療養病棟における緩和ケアについて調査したわれわれの報告は7),対象施設数が少なく比較的小さい規模の調査から得られた自由記述による質的評価の検討であったが,多くの回答者が緩和ケアの必要性を理解し,苦痛緩和の重要性を感じていると同時に,麻薬使用をはじめとする知識・技術の不足や人員不足を指摘していた.また,医療職は定義認知度が高く,緩和ケアの必要性と困難感をともに強く感じていることも明らかとなっていた.本研究は大規模な調査を実施し量的評価を行っている点で単純に比較することは難しいが,回答者全般に緩和ケアの重要性・有用性を強く認識しつつ人員不足や指導者不足などを感じていること,医療職は定義認知度が高く,課題・困難感の認識も強いことは,PCU併設の有無にかかわらず共通していた.本研究の参加施設は少ないものの,療養病棟の大多数はPCUと離れた環境にあることより,先行研究に対して本研究の結果は療養病棟の現状に近いものであろう.
また,先行研究7)では定義認知度が職種や経験部署と相関していたが,この定義認知度と緩和ケアに対する意識との関係については明らかでなかった.本研究において,定義認知度が低いほど緩和ケアの必要性・実現性の認識やケアの重要性の意識も低く,不安要素が高い傾向が明らかとなった.定義認知度の高低や意識の高低が緩和ケアを実践できるかどうかに直結するものではないが,この現状を意識して緩和ケアを推進することが大切である.
今回は療養病棟のスタッフの意識を調査することそのものが主たる目的であったが,今後,療養病棟の緩和ケアを普及させるためには,本研究で困難感と指摘されたものの中から解決可能なものに取り組むことが課題であり,指導的立場の者が療養病棟へ入り,医師・看護師だけでなく介護職への指導・教育を担うことが望まれる.従来はおもに医師や看護師が緩和ケアを実践・提供してきたため,医師,看護師に対するがん緩和ケア教育は厚生労働省や日本緩和医療学会の主導で実施され充実しつつある9〜11).緩和ケアに関連する調査や研究の対象も医師・看護師が多かった.しかし,療養病棟での緩和ケアを視野に入れるとスタッフの約半数は介護職が占め,介護職の緩和ケアに果たす重要な役割が期待されると同時に,本研究ではその介護職の人員不足は医療職からも指摘された.緩和ケアの必要な患者と接する不安や恐怖,緩和ケアへのやりがい意識は職種間の差を認めなかった本結果に対して,介護職は看護職よりも死への恐怖や不安を強く持っているとの報告もある12).患者家族に必要なケアを提供できないことや,自分が行うケアの不確かさなどの困難感,知識や学習の必要性も介護職から指摘されている13~15).医療職以外の職種やその養成機関における緩和ケア教育については,高齢者福祉施設での介護職への教育ニーズが報告されているが16),教育・学習の実施は各施設や養成機関,地方自治体の介護関連団体に委ねられ17),療養病棟に関する介護職の教育・研修は全国的に普及しているとは言いがたい.
系統的レビューでは18),長期療養施設の緩和ケアに一定の効果があるものの,心理社会面,抑うつ症状,コスト面の効果はさらなる研究が必要と報告されている.米国の看護職緩和ケア研修で長期療養施設での緩和ケア・ホスピスケアの資質向上を図れたと報告された19).また厚労省通知20)により緩和ケアはがんだけではなく非がんにも適用されるということがわが国においても明確となった.わが国の療養病棟と米国の療養施設は異なり,しかもわが国の医療制度は変容して療養病棟の役割も変わってきているが,療養病棟ががん患者とともに非がん患者の療養場所である限りは緩和ケアが必要であり,療養病棟で働く医師,看護職が非がんも含む緩和ケア教育・研修を受けることは必須になると思われる.また療養病棟の介護職に対する教育・研修が行われることも望まれる.
がんと比べて非がんに対する緩和ケアは後進しているという現状を考慮して,本研究ではがんと非がんの意識の比較を行い,いくつかの項目で有意差を認めつつもスコアの差(効果量d値)は小さく,先行研究7)と同じようにがん・非がんを区別せずにケアする意識であることも明らかとなった.療養病棟の入院患者に占めるがん患者の割合が5%に満たないという現状21)と今回の結果から推察すると,普段から非がん患者を多く担当しているということによって非がんを身近に感じ,がん・非がんの区別意識がない可能性とともに,わが国では非がん緩和ケア自体が普及していないため,療養病棟における緩和ケアの実現性の認識が相対的に低くなっている可能性もある.
本研究の論文の限界として,①一部地域のあらかじめ意識調査に同意を得た施設のスタッフのみを対象としており,回答者が選別されているために結果の一般化に限界の可能性があること,②療養病棟で緩和ケアを受ける立場,すなわち患者・家族の意識や評価は検討していないこと,などが挙げられる.
本研究の質問調査票は,筆者らの先行研究で得られた結果を元に作成したため,多くの現場スタッフが意識していることを中心に質問し,緩和ケアのすべてを網羅したものではなかった.また全体の傾向をみる量的評価のみを行い,少数意見は反映されないものであった.さらに,療養病棟における緩和ケアが普及していない現状で,緩和ケアに馴染みの薄いスタッフ(とくに介護職など)に対して調査を行ったため,実臨床に基づく回答と想像に基づく回答が混在し,評価を複雑にしていたことなども研究の限界であると考えられる.
今後は,緩和ケア定義の意識づけと学習・研修を実施したうえでの評価は必要であり,緩和ケア病棟において各種遺族調査を行って緩和ケアの質の向上を目指しているように,療養病棟でもアウトカム評価を行うことは有用と思われる.
医療職以外も含む療養病棟スタッフを対象として,緩和ケアに関する意識調査を行った.緩和ケアの必要性は高く感じていても実現性の認識は相対的に低いこと,緩和ケアの重要性・有用性を感じているのと同程度に課題・困難感も存在していることが明らかとなった.
本研究は笹川記念保健協力財団の「2017年度ホスピス緩和ケアに関する研究助成」を受けて実施した.
著者の申告すべき利益相反なし
村上は研究の構想およびデザイン,データ収集,分析,解釈,原稿の起草に貢献した.大石,綿貫,飯野は研究の構想,データ収集,分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.