Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
緩和ケアを専門としようとしている若手医師の研修,自己研鑽に対するニーズには何が影響するか
野里 洵子宮本 信吾森 雅紀松本 禎久西 智弘木澤 義之森田 達也
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2018 年 13 巻 3 号 p. 297-303

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Abstract

【目的】緩和ケアの研修・自己研鑽に関するニーズに影響する要因を探索すること.【方法】緩和ケア医を志す卒後15年以内の医師を対象に質問紙調査を行い,満たされないニーズ(以下ニーズ)を5件法で評価した.ニーズは因子分析を行い,各因子の平均点を従属変数,背景要因を独立変数として単変量解析を行った.【結果】対象者284名に対して回答者は253名(89%),初期研修医・緩和ケア専門医などを除く229名を解析対象とした.ニーズは,研究・時間・キャリア・ネットワーク・質・幅広さの6つの因子が同定された.ニーズの因子得点に効果量≥0.4の有意差があった背景要因は,1)認定研修施設に勤務していない,2)勤務先・研修先が大病院ではない,3)施設内緩和ケア医数が2名以下であった.【考察】認定研修施設ではない病院,または小規模,または緩和ケア医の少ない環境で働く若手医師が受ける研修体制の改善は優先度が高い課題と考えられる.

緒言

我が国では,がん対策基本法が2006年に成立し2007年4月1日に施行され,がん対策のより一層の推進を図る方向性が示された.がん対策基本法第9条第1項に基づいて,2011年度までの5年間を対象として策定された「がん対策推進基本計画」1)において重点的に取り組むべき課題とされたのが,「治療の初期段階からの緩和ケアの実施」である.その提供体制の整備とともに,より質の高い緩和ケアを実施していくため,緩和ケアに関する専門的な知識や技能を有する医療従事者の育成も必要であることがうたわれた.2012から2016年度までの5年間を対象として再度策定された「がん対策推進基本計画」2)でも,「がんと診断された時からの緩和ケアの推進」は重点的に取り組むべき課題の一つとされた.そのなかで,迅速かつ適切な緩和ケアの提供は未だ十分でなく,施設間でも質に格差があり,また専門的な緩和ケアを担う医療従事者が不足していることが,現状として取り上げられた.そして,施策として,学会などと連携し緩和ケアを専門的に行う医療従事者の育成に取り組むことが明記された.日本緩和医療学会では,2010年より専門医制度が開始され,2017年4月には計178名の専門医が認定されている3).専門医の申請条件としては,臨床経験として5年以上の緩和ケア診療,学会認定研修施設における2年以上の緩和ケアの研修,症例報告,教育歴,緩和ケアに関する筆頭論文などが求められる4).しかし,その研修内容については,標準化されたプログラムや研修の内容・質を評価する機構などはなく,研修の質は施設によって大きくバラつきがある.すなわち,日本においては,質の高い緩和医療を提供する医療従事者の育成が求められているにもかかわらず,緩和ケア専門医に対する研修制度(以下,「研修」は緩和ケア医を目指すための研修を指す)は十分に確立していないのが実情である.

そのようななか,2012年の緩和医療学会学術大会において,緩和ケアを志す若手医師40人によるフォーカスグループディスカッションが行われ,緩和ケア研修におけるニーズとそれを満たすために考えられる方策について話し合われた.その結果,若手医師の緩和ケア研修に関するニーズはほとんど満たされておらず,その内容は臨床・研究・教育など多様な側面にわたることが明らかとなった5)

そこで,われわれは,緩和ケア医を志す若手医師を対象として全国規模の質問紙調査を行い,緩和ケアの研修・自己研鑽に関する満たされないニーズと考えられる方策について意見を収集した.その結果も質的研究と同様にニーズはほとんど満たされておらず,ニーズを満たすための方策は若手医師,指導医,学会,国レベルで多岐にわたって求められていた6)

緩和ケアを専門にしようとする若手医師の研修・自己研鑽に対するニーズも考慮した研修体制の構築が今後重要であると考える.本研究の目的は,若手医師の緩和ケア研修に対する満たされないニーズにどのような背景要因が影響するかを明らかにすることである.最終的な目的は,研修体制の改善や構築にあたり優先すべき領域を特定する足がかりとすることである.

方法

本研究は全国大規模調査として実施した,緩和ケア医を志す若手医師が感じる研修・自己研鑽のニーズと改善策の質問紙調査6)の二次解析である.

調査対象

2013年10月時点で,がん診療連携拠点病院,緩和ケア病棟または日本緩和医療学会の研修認定施設79)に所属する,卒後15年目以下の緩和ケアを志す医師を調査対象とした.

調査手順

川崎市立井田病院の倫理委員会の承認を得て,調査を実施した.

2013年10~11月に二重封筒法による調査を行い,未回答の施設に対して2週間後に督促を行った.質問紙への回答をもって同意とした.

調査項目

調査票は,医師の背景,満たされないニーズ(以下ニーズ)を調査項目として含めた.

医師の背景は,年齢,性別,勤務先の種類(がん専門病院,地域がん診療連携拠点病院,大学病院など),勤務先が日本緩和医療学会の認定研修施設であるか否か,緩和ケア研修の状況(済,研修中,未のいずれか),緩和ケア研修を受けた施設の種類と内容(緩和ケア病棟,緩和ケアチーム,在宅など),現在の施設に勤務している期間,最近1カ月で主に緩和ケアに携わった場所(緩和ケア病棟,緩和ケアチーム,在宅など),臨床経験年数,緩和ケアを専門として携わっている年数,背景の専門領域,日本緩和医療学会専門医を目指しているか否か・すでに専門医であるか,施設内の緩和ケア医数,1年間のうち死亡した担当患者数などを調べた.

同様の調査が過去にないことから,ニーズを含む調査項目については,質的研究5)や先行文献の系統的レビュー1015)をもとに設定し,共著者間でディスカッションを行って項目を定め,共著者が所属している施設で適格基準を満たしている医師6名でパイロットスタディを行った.

ニーズに関する質問方法の形式については,直接参考にできそうな質問票を用いた先行文献がないため,Short-form Supportive Care Needs Surveyの日本語版(SCNS-SF34-J) を本研究の目的に合うように修正して用いた16).「この1カ月の間に,どの程度,支援や改善のニーズがありましたか?」と質問し,「1:自分にはあてはまらない,2:必要だが十分に満たされている,3:ニーズが満たされておらず支援や改善が少し必要,4:ニーズが満たされておらず支援や改善がまあまあ必要,5:ニーズが満たされておらず支援や改善がとても必要」の5件法で回答を求めた.1,2を「支援や改善のニーズなし」,3~5を「支援や改善のニーズあり」に分類した.

分析方法

医師背景と満たされないニーズについては主研究6)において因子分析を行い,研究因子(α=0.95),時間因子(α=0.86),キャリア因子(α=0.86),ネットワーク因子(α=0.89),質因子(α=0.84),幅広い因子(α=0.77),の6つの因子が同定された(括弧内はクロンバックαの係数).6つの因子の概要を表1に示す.ニーズ因子の得点は1~5点となり,点数が高いほどニーズが満たされていないことを表す.ニーズが多様であったため,因子分析で同定された6つの因子ごとにニーズ因子の平均の得点を算出して従属変数とし,医師の背景要因を2群に分類してt検定を行った.有意水準は5%とし,両側検定とした.

また,対象者の背景が多様であったため,データの単位やnの大きさに左右されないよう,標準化された差の程度を表すために効果量(effect size: ES)を計算した.効果量を表す指標は数多く存在するが,今回は,グループごとの平均値の差を標準化した効果量を評価するためにCohen’s dを求めた.一般的に,効果量の数値の基準としては,0.2:小,0.5:中,0.8:大とされる17,18)が,本研究における効果量の数値の全体的な分布を考え,研究者間で協議し,今回は0.4以上を臨床的な意味のある差があるものとした.

統計解析は,SPSS Statistics 19を用いた.

表1 6つの因子の概要

結果

735施設のうち253施設から回答を得,そのうち42施設から質問紙の返送を得た.残りの211施設からは対象となる医師がいないとの返答を得た.調査用紙の入った封筒は,対象者284名に渡され,回答者は253名(89%)であった.初期研修医・緩和ケア専門医・卒後16年目以上を除く229名を解析対象とした.対象者の背景を表2に示す.

表2 対象者の背景

ニーズに関連する要因

ニーズの各因子に対する医師の背景要因ごとの平均点と効果量を表3に示す.6つの因子のうち,満たされないニーズ因子得点のいずれかに効果量≥0.4の差があった背景要因は,[研究因子]では,現在の勤務先が大病院ではない〔3.72(大病院) vs. 4.17(大病院以外) ; ES=0.48; p=0.006〕,緩和ケア研修を受けた勤務先が大病院ではない〔3.72(大病院) vs. 4.26(大病院以外) ; ES=0.56; p=0.019〕,[時間因子]では,施設内の緩和ケア医数が2名以下〔2.88(3名以上) vs. 3.27(2名以下); ES=0.47; p=0.003〕,[キャリア因子]では,認定研修施設に勤務していない〔3.45(認定研修施設) vs. 3.95(非認定研修施設); ES=0.58; p=0.000〕,施設内の緩和ケア医数が2名以下〔3.41(3名以上) vs. 3.79(2名以下); ES=0.40; p=0.003〕,[ネットワーク因子]では,認定研修施設に勤務していない〔3.19(認定研修施設) vs. 3.56(非認定研修施設); ES=0.42; p=0.014〕,施設内の緩和ケア医数が2名以下〔3.09(3名以上) vs. 3.67(2名以下); ES=0.60; p=0.000〕,[質因子]では,認定研修施設に勤務していない〔3.49(認定研修施設) vs. 3.84(非認定研修施設); ES=0.43; p=0.014〕,施設内の緩和ケア医数が2名以下〔3.45(3名以上)vs. 3.80(2名以下); ES=0.40; p=0.004〕,[幅広い因子]では,認定研修施設に勤務していない〔3.42(認定研修施設) vs. 3.81(非認定研修施設); ES=0.47; p=0.014〕であった.なお,大病院は,がん専門病院または地域がん診療連携拠点病院または大学病院を指す.

とくに,各因子の平均点に有意に関連し,効果量≥0.4の差があった背景要因は,認定研修施設に勤務していない〔3.38(認定研修施設) vs. 3.75(非認定研修施設); ES=0.59; p=0.001〕,施設内の緩和ケア医数が2名以下〔3.33(3名以上) vs. 3.71(2名以下); ES=0.41; p=0.000)であった.

表3 満たされないニーズ各因子に影響する背景要因

考察

本研究は,我が国で緩和ケアを志す若手医師の研修や自己研鑽におけるニーズに関連する医師の背景要因を探索した,初めての全国研究である.

我が国で緩和ケアを志す若手医師の研修や自己研鑽に対するニーズは,多岐にわたり,また,ほとんどが満たされていないことが示唆された.とくにニーズが満たされていない背景要因は,1)現在の勤務先が非認定研修施設,2)現在の勤務先や緩和ケア研修を受けた場所が大病院以外,3)施設内の緩和ケア医数が2名以下,であった.この3つの背景要因のなかでも,とくに非認定研修施設と緩和ケア医数は,全般的にニーズの満たされなさと関連していた.小規模・少人数の施設においては,指導医と研修する医師とともに診療する時間は多く得られるかもしれないが,人手不足や施設の特性により,研修としての指導・学会などへの参加・研究などへ割く時間や体制が得られにくく,他施設の緩和ケア医師とのネットワークが作られにくい,今後のキャリア形成について懸念が生じやすいなど,研修体制を組むうえでの限界が生じやすいと考えられる.施設の規模やマンパワーに応じて,ニーズを満たすための研修システムを自施設以外でも整えるなど施設間・地域間・学会等においてサポート体制を整えることも検討課題として挙げられる.

なお,我が国においては,緩和ケア医を志す若手医師のみならず,緩和ケア病棟に勤務する指導医世代の医師も同様の困難感を抱いていることがわかっている.2014年4月,ホスピス緩和ケア協会にて行われた,緩和ケア病棟に勤務する専従・専任・兼任医師に対するアンケート調査では,緩和ケア病棟医師数は1名という回答が最も多く(203名中82名),時間外勤務も多く,心身ともに負担がかかっていることが推察された.加えて,緩和ケアの専門研修に関する意見も多く,情報交換を求める意見も寄せられていた.なお,この調査では,緩和ケア医の平均年齢は50.2歳,臨床経験年数は15~30年と中堅以上の医師が多くを占めた.この結果から得られた課題とホスピス緩和ケア協会の役割として,緩和ケア病棟勤務前の研修の支援,研修後も情報交換や相談ができるネットワーク・施設の紹介・情報交換の場の設定,適性・適応についての不安への対応,日本緩和医療学会との協働などが挙げられている19)

これらから,研修施設として学会の認定基準を満たさない,人手が不足している医療機関では,とくに,若手医師にとって緩和ケアの研修や自己研鑽の需要を満たせない可能性が示唆される.実際に,人手や時間が不足しているなかで,目の前の実臨床以外に研修や自己研鑽として時間やエネルギーを割く難しさは日常現場で多く課題となっていると思われる.また,我が国では,若手医師のみではなく,指導医レベルにおいても,緩和ケアの研修や自己研鑽に関する困難感が同様にある状況といえる.

海外でも,緩和ケア専門医研修制度への取り組みと評価は,発展の途上にある.

米国では2006年にAccreditation Council for Graduate Medical Education(ACGME)によって緩和ケアが専門領域として公式に認識され,2008年から2012年の移行期間を経て,緩和ケアプログラムが作られ,2013年より同プログラムの修了生が生まれた.ACGMEという第3者機関により各プログラムの各施設の指導体制・評価方法などが定められ,公平性を保つ努力がなされている20,21)

北欧では,イギリスの緩和ケア専門医研修のカリキュラムとEuropean Association for Palliative Care(EAPC)の推奨や北欧各国の緩和ケアカリキュラムをもとにプログラムが作成され,2003年に初めてのモジュールが開始された.各国から麻酔科・腫瘍内科・総合診療内科など様々な出身科の医師が,2年ほどかけて4カ月ごとに各国で4~5日間ずつのプログラムを受講するものである22,23)

他国の専門的緩和ケア研修に関するニーズや方策を調査した研究はこれまでにないが,専門的な緩和ケアの研修修了生の満足度や研修後の勤務体系に関する調査では,米国,北欧ともに自分の専門領域に関して,また研修における経験や学んだ内容に関して,非常に満足度が高いという結果が示されている20,2224).研修修了後という調査タイミングの違いや研修対象者・研修システム・研修内容,また国や人種・医療制度など多様な違いがあるとはいえ,本研究とは対照的な結果であった.

本研究には限界が複数ある.1つ目は回答者の選択バイアスがあることである.施設代表者に対して,緩和ケア医を志す若手医師へアンケートを渡すように依頼しており,施設代表者の判断で対象者が選択されている可能性がある.また,二重封筒法で調査を行ったため,回答者と非回答者の属性の比較は困難であった.なお,現状では,我が国で緩和ケアを志す若手医師がどの程度の数いるのかの把握が困難であったため,母数は不明であった.そのため,今回は,緩和ケア専門医を目指す若手医師を対象として,専門医,卒後15年目以上,初期研修中の医師に関しては除外して解析した.2つ目は妥当性のある評価尺度が使用できないことである.そのため,調査概念を複数の質問で定量するなどの対応を行い,信頼性,妥当性を確認した.3つ目としては,継時的なニーズの比較やすでに専門医になった医師との比較は行っていないことである.本研究の結果が専門性を定める早期の時期特有のものなのかについては,今後専門医のニーズとの比較を行うことが有用である.また,本研究を行ってから現在までに,学会では,2017年度より認定医制度が設けられ,2018年3月からは研修指導者講習会が行われた経緯もあり,現時点でのニーズや方策とは若干異なっている可能性もある.

結論

本研究では,我が国で緩和ケアを志す若手医師が研修や自己研鑽に求めるニーズと背景との関連を調査した.ニーズが満たされない背景として,認定研修施設に勤務していない,勤務先・研修先が大病院ではない,施設内緩和ケア医数が2名以下,が関連していることが明らかとなった.これらの環境で働く若手医師が受ける研修内容の改善は優先度が高い課題と考えられる.若手・指導医の各世代,各施設,各地域,学会レベル,国レベルで,これらの課題に対して検討し,今後,緩和ケア専門医研修の質の向上を目指す必要があると考える.

謝辞

本研究は,笹川記念保健協力財団からの2013年度研究助成のもと進めることができたことを感謝申し上げます.また,質問紙調査に協力してくださった緩和ケアを志す若手医師の皆様,Palliative Care Research and Education Group(P-CREG)の若手医療者の皆様に感謝申し上げます.

利益相反

森田達也:講演料(塩野義製薬株式会社,協和発酵キリン株式会社)その他:該当なし

著者貢献

野里は,研究の構想もしくはデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献;宮本,松本,西,木澤は,研究の構想もしくはデザイン,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献;森,森田は,研究の構想もしくはデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容にかかわる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は,投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2018日本緩和医療学会
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