Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
終末期進行がん患者における長期入院の予測因子と終末期症状・治療との関連
菊地 綾子平本 秀二堀 哲雄吉岡 亮長島 健悟
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2018 年 13 巻 4 号 p. 335-340

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Abstract

緩和ケア開始後の早期死亡に関する予測因子研究はあるが,入院時に長期の生存期間を予測するモデルや予測因子に関する報告はない.31日以上あるいは61日以上の長期入院に関連する予測因子解析を探索的に行った.また終末期症状(がん性疼痛,せん妄,悪心・嘔吐,倦怠感,呼吸困難感)と終末期治療(平均輸液量,持続的鎮静,平均オピオイド使用量)について長期入院群と非長期入院群とで比較した.31日以上長期入院群においては性別(オッズ比0.502),意識レベル(オッズ比0.258),補正カルシウム値(オッズ比0.559)が統計学的に有意であった.61日以上長期入院に対する予測因子解析では血清CRP値(オッズ比0.254)において統計学的な有意差を認めた.終末期症状・治療において31日以上長期入院の有無では倦怠感と平均輸液量が統計学的に有意に少なかった.61日以上長期入院の有無では差はみられなかった.

緒言

がん終末期における短期予後予測や中期的な予後予測モデル14),入院後早期死亡における予測因子に関する報告5)やこれらの予測モデルの有用性や簡便性を比較した報告6)がある.本邦ではこれらの予測モデルが緩和ケア病棟における入院の基準判定に有用であるとの報告もある7)

近年緩和ケア病棟における平均在院日数が徐々に短くなる傾向にあり,61日以上入院の患者比率は減少傾向となっている.この要因としては症状コントロール目的の短期入院や生存退院の増加と,看取りが近い時期に入院した死亡退院の増加が考えられる8).さらには2012年の厚生労働省の診療報酬改定9)で在院日数別包括払いとなり,入院長期化による費用算定の減額による影響が大きいと考えられる.2018年の診療報酬改定10)によりこの傾向はさらに顕著になる可能性があり,長期生存を入院時に予想することはますます重要となっている.しかし現時点でこの問題に対応しうる予測モデルや予測因子などは報告されていない.

緩和ケアの終末期治療の実践においては患者や家族,医療スタッフのゴールや優先事項を決めておくために終末期における情報分析とその知見が重要であるが長期入院患者における終末期の症状や治療については報告がない.加えて,長期入院の患者において終末期症状・治療が異なるかどうかについて知見がない.本研究は長期入院患者における予測因子を解析するとともにその終末期症状,治療についても比較することを目的とした.

方法

単一施設における後方視的研究である.2011年8月から2016年8月において当院の腫瘍内科・緩和ケア内科において死亡した進行がん患者を対象とした.複数回入院がある場合は最終入院時のデータを用いた.

入院から31日以上あるいは61日以上経過し死亡した患者群を長期入院群,31日未満あるいは61日未満で死亡した患者群を非長期入院群と定義し分類した.主要評価項目は31日以上長期入院であり,主たる解析として31日以上長期入院の予測因子の探索解析を実施した.予後予測因子としては年齢,性別,原発部位,臨床病期,転移臓器数,合併症個数,最終レジメンにおける殺細胞性抗がん剤数,抗がん剤治療ライン数,入院時のEastern Corporative Oncology Group Performance Status(以下ECOG-PS),意識レベル,血清C-reactive protein(以下CRP)値,血清アルブミン値,補正カルシウム値とした.年齢は中央値をカットオフ値とした.胃食道,胆道膵がんで他と比較すると終末期予後が悪く11),対象とした.合併症数はCharlson comorbidity indexを用いて各項目に該当するものの合計とした.侵襲性の高い抗がん剤数やECOG-PSのカットオフ値は固形癌の診療ガイドライン12)に準じた.入院時意識レベルはJapan Coma Scale(以下JCS)を用いた.補正カルシウム値は異常値をカットオフ値とし,血清CRP値,血清アルブミン値は予後予測スケールであるGlasgow Prognostic Scale13)に準じた.ロジスティック回帰モデルを用い,これらのリスク因子について長期入院をイベントとしたオッズ比を求めた.最初に単変量解析を行い,のちにすべての因子を用いて多変量解析を行った.すべての因子解析に用いた項目は単変量解析,多変量解析前に設定していた.

副次的評価項目として61日以上長期入院の予後因子の探索解析と31日以上の長期入院群あるいは61日以上の長期入院群と非長期入院群における終末期症状と終末期治療介入についての比較を実施した.

終末期症状は死亡日から遡って3日以内に1度でも認めた場合を「症状あり」とし,5つの症状(がん性疼痛,せん妄,悪心・嘔吐,倦怠感,呼吸困難感)をカルテベースで検索し有症率を解析した.評価スケールはNumerical Rating Scale(以下NRS),あるいはSupport Team Assessment Schedule 日本語版(以下STAS-J)を使用した.NRSについては一般病棟あるいは緩和ケア病棟の看護師が評価しているもので1日の最悪値を採用し,STAS-Jは週に2回程度病棟カンファレンスで評価しておりNRSの欠損を補完した.死亡日から遡って3日以内の症状においてNRS 4以上あるいはSTAS-J2以上を症状ありと判定した.意識レベル低下や治療による影響で症状がなくなれば症状なしとした.終末期治療は同様にカルテベースで検索し死亡日から遡って3日以内の平均輸液量(L/日),苦痛緩和のための持続的鎮静の有無,平均オピオイド使用量(経口モルヒネ換算mg/日)についてそれぞれ検証した.当院における終末期患者に対する治療は当該診療科医師(4名)が行っており,毎日のディスカッションにより治療・ケアの方針の統一を図っている.終末期症状と終末期治療それぞれの項目について,連続変数についてはt検定,離散変数についてはカイ二乗検定を用いて比較した.統計ソフトはSAS version 9.4を使用した.

結果

対象となる患者は510症例あり,61日以上長期入院群は25症例(4.9%),31日以上長期入院群は111症例(21.8%)であった.当院における平均在院日数は10.0日であった.全体で胃食道がんが114例(22.4%),胆道膵がん98例(19.2%),大腸がん82例(16.1%),肺がん84例(16.5%),乳がん25例(4.9%),泌尿器婦人科がん36例(7.1%),肝細胞がん20例(3.9%),その他(頭頸部がん,血液腫瘍など)51例(10.0%)であった.性別は男性が306例(60.0%),女性が204例(40.0%)であった.年齢中央値は73歳,臨床病期はII-III期39例(7.6%),IV期299例(58.6%),再発が166例(32.5%)であった.病理組織は腺癌が228例(44.7%)と最も多かった.最終ラインの抗がん剤レジメンで2種以上の殺細胞性抗がん剤を使用した症例は88例(17.3%)で抗がん剤の治療ライン数が2以上のものは190例(37.3%)であった.ECOG-PSは0〜3が309(60.6%)例,4が201例(39.4%)であった.また入院時の平均血清CRP値は8.6 mg/dl,平均血清アルブミン値2.6 g/dl,平均補正カルシウム値10.2 mg/dlであった(表1).

長期入院群における予測因子解析を多変量解析で行ったところ,31日以上長期入院については性別(オッズ比0.502,95%信頼区間[0.296,0.851],P値0.011),意識レベル(オッズ比0.258,95%信頼区間[0.101,0.661],P値0.005),補正カルシウム値(オッズ比0.559,95%信頼区間[0.316,0.990],P値0.046)が統計学的に有意な予後因子として抽出された(表2).また61日以上長期入院については血清CRP値(オッズ比0.254,95%信頼区間[0.091,0.713],P値0.009)が統計学的に有意であり,また補正カルシウム値(オッズ比0.376,95%信頼区間[0.122,1.159],P値0.089)は統計学的な傾向を認めた(表3).

終末期症状と終末期治療において31日以上長期入院群では倦怠感が非長期入院群(37.4%)より長期入院群(26.1%)が少なかった(P値0.027).平均輸液量も非長期入院群(0.25 L/日)より長期入院群(0.14 L/日)が少なかった(P値0.003)(表4).61日以上長期入院群(表5)ではすべての項目において有意差を認めなかった.

表1 患者背景
表2 長期入院(31日以上)における予測因子解析
表3 長期入院(61日以上)における予測因子解析
表4 長期入院(31日以上)と終末期症状,終末期治療との関連
表5 長期入院(61日以上)と終末期症状,終末期治療との関連

考察

本研究は単一施設による後方視的研究である.31日未満入院は399人(78.2%)であり2014年の緩和ケア病棟の全国平均(44%)と比較すると多いが,61日以上入院は25症例(4.9%)と比較すると全国平均(4%)同等と考えられる14).61日以上入院は2000年では全国平均は20%であり徐々に減少傾向にあるが診療報酬改定の影響を受けていることが挙げられる.

本研究では31日以上入院における多変量解析において予測因子としては補正カルシウム値,性別,意識レベルが抽出された.61日以上入院における多変量解析において予測因子としては血清CRP値が抽出され,補正カルシウム値は傾向を認めた.

血清カルシウム値は腎がん15),前立腺がんなどのがん患者の予後因子として知られている.血清カルシウム値が正常上限を超えている場合は高カルシウム血症と呼ぶが,悪性腫瘍に伴ってみられる状態を悪性腫瘍随伴性高カルシウム血症と呼ばれ,これらが認められると約半数が30日以内に死亡すると報告されている16).女性の予後の影響は機序不明であるが卵巣がんや乳がんなど女性特有のがん種を含むことが影響している可能性がある11).意識レベル低下が予後予測因子となったのは先行研究に矛盾しない5).全身状態の指標であるECOG-PSは既存の予後予測モデルにおいて予測因子となることが多いが,本研究では有意な予後因子としては抽出されなかった.

がん終末期における予後予測モデルとしてはPalliative Prognostic Score(以下PPI)3)が簡便かつ正確性も高いと報告6)され,入院時判定基準として採用7)している施設もあり当院でも採用している. PPIはがん終末期患者の予後予測を3週間から6週間を層別化するのに適しているとされ頻用されている.本研究で抽出された長期入院における予測因子は入院判定時に補助的に役割を担える可能性がある.時代の変遷もあるが終末期がん患者における長期的予測モデルは確立されておらず,今後のさらなる開発が望まれる.

倦怠感と平均輸液量が31日以上長期入院群で少ないが,輸液においては緩和専門施設では終末期患者に対して漫然と投与することが少なくなっており,入院後徐々に減量している可能性が推察される17).倦怠感に関しては積極的な前治療などの影響が当初あり入院後に徐々に軽減している可能性が推察される.終末期症状や治療介入については61日以上長期入院群で差がなかったが,これは入院後長期になると症状や治療に差がなくなる可能性が推察される.

がん終末期患者の長期入院における予測因子や終末期症状・治療に差があることが認められた.これらの情報は患者やその家族に入院中に予後の見込みや,症状を説明するうえでも有用であり,臨床家にとっても治療介入を予測できる点で有用である.しかし本研究には以下の限界がある.第1に単一施設でのカルテベース検索による後方視的研究であることである.また緩和専門施設であるということから一般の病棟などに当てはめることは難しい.第2にPPI3)などに含まれるせん妄や呼吸困難,食欲低下などの症状など週単位の予後を規定する因子が含まれていないことが挙げられる.第3に終末期症状においては客観的評価であり意識が低下している症例などは「終末期症状なし」となってしまうことが挙げられる.第4に61日以上の入院は症例数が少なく十分な統計学的検出力がない,探索的な研究でありαエラーを十分制御できていない可能性がある.

結論

がん終末期患者の長期入院における予測因子として補正カルシウム値,性別,意識レベルにおいて統計学的な有意差を認めた.終末期症状・治療は倦怠感と平均輸液量が長期入院群で少なかった.これらの情報は患者やその家族に入院中に予後の見込みや,症状を説明するうえでも有用であり,臨床家にとっても治療介入を予測できる点で有用である.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

菊地は研究データの収集,分析,研究データの解釈および原稿の起草に貢献;平本は研究の構想もしくはデザインおよび原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;堀および吉岡は研究データの解釈および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;長島は研究データの収集,研究データの解釈および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認および研究の説明責任に同意した.

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