Palliative Care Research
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症例報告
尿のアルカリ化を伴う無症候性細菌尿を認め,高アンモニア血症および意識障害をきたした膀胱がん末期症例
髙橋 正裕
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2019 年 14 巻 2 号 p. 107-111

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Abstract

【緒言】高アンモニア血症および意識障害をきたした膀胱がん末期症例を経験した.【症例】90歳の男性.腫瘍からの出血を繰り返し,尿道カテーテルを留置されていた.緩和ケア病棟入院中に,意識障害と高アンモニア血症を認めた.肝転移は認めなかった.尿検査にてアルカリ尿およびリン酸アンモニウムマグネシウム結晶を認めたため,尿素分解能を有する細菌によるアンモニア産生を疑った.レボフロキサシンは無効だったが,メトロニダゾールを投与したところ意識は改善,血中アンモニアは正常化,尿は酸性化,リン酸アンモニウムマグネシウム結晶は消失した.尿素分解能を有する細菌は同定できなかった.【考察】本症例のような進行・終末期膀胱がんでは,尿素産生能を有する細菌が産生するアンモニアによって,尿路の閉塞がなくても高アンモニア血症および意識障害をきたす可能性がある.

緒言

意識障害をきたす病態の一つに高アンモニア血症がある.その原因は,肝疾患による門脈-体循環シャントや尿素サイクル異常症などが大部分である.しかし,少数例ながら尿素分解能を有する細菌による閉塞性尿路感染から高アンモニア血症となり,意識障害をきたした症例が報告されている17).これらの報告では,抗菌薬の使用とともに,尿道カテーテルを留置し,膀胱内に貯留した尿を排出することにより,速やかに血中アンモニア濃度は正常化し,意識障害も治癒している.しかし今回,尿のアルカリ化とリン酸アンモニウムマグネシウム結晶の析出を伴う無症候性細菌尿を認め,尿道カテーテルを留置しているにもかかわらず高アンモニア血症および意識障害をきたし,メトロニダゾールを投与することにより高アンモニア血症および意識障害を治療できた膀胱がん末期症例を経験したので報告する.

症例提示

90歳男性.発症時期は不詳であったが,脳梗塞の既往を有していた.精査されていなかったが,認知機能の低下を認めていた.障害高齢者の日常生活自立度はB2,認知症高齢者の日常生活自立度はIIIbであった.2015年10月に当院泌尿器科にて膀胱前壁部膀胱がん(cT1N0M0 stage I)と診断された.患者・家族とも積極的な抗がん治療は望まなかった. 以後,膀胱出血を繰り返し,その都度泌尿器科病棟に入退院を繰り返していた.2017年6月活動性の低下と血尿を主訴に泌尿器科病棟に入院した(第1病日).入院時,尿道カテーテルを留置し,膀胱洗浄を行った.その後撮影したCTでは,膀胱壁のびまん性肥厚や,がん病巣と考えられる内壁の不整な凹凸,両側尿管の軽度拡張が観察された.膀胱周囲と右外腸骨領域のリンパ節は腫脹し,肺内には約4 mm大の結節印影を5個認めた.一方,肝臓に占拠性病変を認めなかった.著明な貧血を認めたので,赤血球濃厚液4単位投与した(表1).輸血後も活動性が上昇せず,傾眠傾向であったため,がん終末・臨死期と判断され,第21病日に看取りを目的として泌尿器科病棟から緩和ケア病棟へ転棟した.

転棟時,活気はなく,発語はなかった.意識状態はジャパン・コーマ・スケール(JCS)でII-10,グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)ではE3 V1 M6 計10点であった.痙攣や振せんを認めなかった.飲水は可能であったが,摂食量は数口以下であった.2〜3日に1度,ブリストルスケール4〜5の排便があった.尿量は500〜1000 ml/日程度で,肉眼的血尿を認めた.循環・呼吸状態に問題はなかった.家族は輸血などの積極的治療を望まず,無用な検査も控え,自然な看取りを希望した.内服薬(いずれも1日量)はロキソプロフェン180 mg,アドレノクロムモノアミノグアニジンメシル酸塩水和物90 mg,トラネキサム酸750 mg,ランソプラゾール30 mg,乾燥硫酸鉄徐放剤105 mgであった.

転棟後,倦怠感が低減し,活動性が向上することを期待してベタメタゾン1.5 mgを開始した.しかし,活動性に変化はなかった.また,意識状態にも変化がなかった.第36病日に再度血液検査を行った.意識障害の原因検索を目的として血中アンモニア値を測定したところ高値を示した.第1病日に行った画像検索にて肝転移を認めなかったことや,肝逸脱酵素が上昇していないことから,肝障害以外の原因による高アンモニア血症と考えられた.まず,簡便かつ非侵襲的に検査できる尿検査を行ったところ,アルカリ尿およびリン酸アンモニウムマグネシウム結晶を認めたので,尿素分解細菌の無症候性細菌尿による高アンモニア血症を疑った3,8).末梢静脈投与ルートを確保することが困難だったため,経口抗菌薬の投与を計画した.膀胱がんを基礎疾患とする複雑性尿路感染と考え,尿道カテーテル交換後,尿培養検査用の尿サンプルを採取し,レボフロキサシン500 mgを開始した9).しかし,意識状態に変化はなかった.第43病日に尿培養結果が判明した.定量培養を行った結果105コロニー形成単位/ml以上の細菌発育を認めたため,細菌尿と判断した.検出したAcinetobacter speciesとGroup G Streptococcusはレボフロキサシンに感受性があったが,Staphylococcus aureusには感受性がなかった.ただ,検出した3菌種とも尿素分解能を有する可能性が低いと考えられたので10,11),第45病日に再度尿検査と尿培養を行った.再びアルカリ尿およびリン酸アンモニウムマグネシウム結晶を認めた.レボフロキサシンは無効と考え,中止した.第48病日 に尿培養結果が判明した.Staphylococcus aureusのみ検出した.一方で,検鏡で認めたグラム陰性球菌およびグラム陰性桿菌は,通常の培養では発育しなかった.これらの菌株が尿素分解能を有する嫌気性菌ではないかと疑い,再度尿培養検体を採取し,嫌気培養を行った.検体採取後よりメトロニダゾール1500 mgを投与した.第51病日より摂食良好となり,声をかけなくても覚醒していることが多くなった.意識状態はJCSで I-3,GCSでE4 V1 M6 計11点に改善した.第53病日には簡単な会話が可能となり,意識状態はJCSで I-3,GCSでE4 V4 M6 計14点まで改善した.同日尿培養結果が判明したが,嫌気培養にて発育を認めなかった.第55病日に行った血液検査では血中アンモニアは38 μg/dlに低下していた.尿検査では,細菌尿であるものの,尿は酸性化し,リン酸アンモニウムマグネシウム結晶は消失していた.

その後1カ月間は穏やかな日々を過ごした.しかし,第80病日をすぎた頃から,次第に摂食量が低下し,意識状態がJCSでII-10,GCSでE3V1M6 計10点に再び悪化したので,第91病日に採血および尿検査を行った.尿検査にてアルカリ尿を認めたものの,リン酸アンモニウムマグネシウム結晶は検出しなかった.血液検査にて高アンモニア血症は認めなかった.リンパ球比率の低下やアルブミンの低下などを認め,看取りが近いことが示唆されたので,家族とこの情報を共有した.その後,日ごとに衰弱し第102病日に死亡した.

表1 本症例の検査結果の推移

考察

本症例は,活動性の低下と血尿を主訴に入院し,輸血後も活動性が上昇しなかったことからがん終末・臨死期と判断され,緩和ケア病棟に入棟した.血液検査で高アンモニア血症を認め,尿検査にてアルカリ尿,リン酸アンモニウムマグネシウム結晶および無症候性細菌尿を認めた.

尿中に尿素分解能を有する微生物が存在すると,尿素(NH2CONH2)は加水分解され,二酸化炭素(CO2)とアンモニア(NH3)が産生される.アンモニアは水(H2O)と反応しアンモニウムイオン(NH4 +)と水酸化物イオン(OH)となる.この水酸化物イオンにより尿がアルカリ化すると,アルカリに不溶なリン酸塩(PO4 3−)が析出し,生成されたアンモニウムイオンやマグネシウムイオン(Mg2+)と結合して,リン酸アンモニウムマグネシウム結晶(NH4MgPO4・6H2O)が析出する8).本症例においては,尿中微生物の尿素分解能を直接測定していないが,検鏡にて多量の細菌を認め,尿のアルカリ化とリン酸アンモニウムマグネシウム結晶を検出していることから,尿素分解能を有する細菌が尿中に存在していたものと考えられる.ただ,残念ながら本症例では尿素分解能を有する細菌を同定することができなかった.しかし,レボフロキサシンは無効であったが,メトロニダゾールを投与したのち意識水準の改善,血中アンモニア値の正常化,尿の酸性化とリン酸アンモニウムマグネシウム結晶の消失を認めていることから,何らかの嫌気性菌が関与していたと考えられる.また,第45病日と第48病日に行った尿検査と尿培養検査では,通常培養および嫌気培養で発育しなかったグラム陰性球菌およびグラム陰性桿菌を検鏡にて認めていることから,検体採取から検査までの運搬中に死滅してしまうような,酸素暴露に非常に弱い偏性嫌気性菌が起因菌だった可能性が高い.酸素暴露に非常に弱い偏性嫌気性菌は腸内細菌に多く,その多くは尿素分解能を有する12)表2).尿素分解能を有する偏性嫌気性腸内細菌のうちグラム陰性として,Bacteroides属,Eubacterium属,Fusobacterium属が挙げられる.この中でもFusobacterium属は極めて酸素暴露に弱いことや13),メトロニダゾールに先行して投与したレボフロキサシンに対して一般的に感受性が低いことから,本症例の起因菌であった可能性がある.

尿素分解能を有する細菌により尿中尿素が分解され,リン酸アンモニウムマグネシウム結晶が析出することは比較的ありふれた現象である8,14).その多くは,尿路結石の原因となるが,高アンモニア血症を呈することはほとんどない8).しかし,これに下部尿路閉塞が伴い膀胱内圧が上昇すると,膀胱静脈叢からアンモニアが吸収され,直接体循環へ流入することにより高アンモニア血症が発生する3,4).過去に尿素分解能を有する細菌が尿路に感染して発生した高アンモニア血症の報告は,すべて下部尿路閉塞を伴っている.そして,尿道カテーテルを挿入などの処置を行い,下部尿路閉塞を解除することにより,抗菌薬の効果発現を待つことなく,すみやかに血中アンモニア濃度が低下し,意識状態が改善している17).しかし,本症例は,高アンモニア血症発生時,すでに尿道カテーテルが挿入されていた.挿入していたカテーテルは閉塞していなかったので,膀胱内圧は上昇していなかったと考えられる.それにもかかわらず,高アンモニア血症を呈したのは,CTで観察された膀胱内壁の不整な凹凸(がん病巣と考えられる)や,拡張した尿管内に尿が貯留し,その貯留した尿に含まれる尿素が分解されて産生されたアンモニアが,常に出血し,血管が露出していた膀胱がん病巣部より直接体循環へ移行したものと考えられる.

出血を伴う膀胱がんは比較的ありふれた病態である.また,尿素分解能を有する細菌による尿中尿素分解も比較的ありふれた病態である.本症例は,この二つの病態が重なったとき,たとえ尿道カテーテルを挿入していたとしても,血中アンモニア濃度が上昇してしまう可能性があることを示している.本症例のように,膀胱がん症例が意識障害をきたした際,血中アンモニア濃度測定と尿検査を実施してみることは一考の価値があると考えられる.また,尿培養検査結果とグラム染色検鏡結果を慎重に比較検討することにより,病原微生物を同定または推定し,しかるべき抗菌薬を投与することが肝要であると考えられる.

表2 偏性嫌気性腸内細菌の尿素分解能とグラム染色

結語

尿のアルカリ化とリン酸アンモニウムマグネシウム結晶析出を伴う無症候性細菌尿を認め,尿道カテーテルを留置しているにもかかわらず高アンモニア血症および意識障害をきたした膀胱がん末期症例を経験した.高アンモニア血症および意識障害は,メトロニダゾールを投与することにより治療できた.本症例のように,出血を伴う末期膀胱がん症例では,尿路の閉塞がなくても,尿素分解能を有する微生物により産生されるアンモニアにより,容易に高アンモニア血症をきたす可能性があるので,注意が必要と考えられる.また,尿培養検査とグラム染色検鏡を行い,しかるべき抗菌薬を投与することも一考の価値があると考えられる.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

髙橋は,研究の構想およびデザイン,原稿の起草,研究データの収集,研究データの分析,研究データの解釈,原稿の起草,重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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