2019 年 14 巻 3 号 p. 193-196
【緒言】放射線照射後疼痛症候群の神経障害性疼痛と考えられた患者に,真武湯が有効であった症例を経験したため報告する.【症例】83歳男性.2016年4月に左肺S3領域の肺腺がんStage IBと診断された.手術適応であったが放射線治療を希望し,同年5月に体幹部定位放射線治療を開始し,その後2017年1月末ごろより左乳頭周辺から側胸部の神経障害性疼痛が出現した.ロキソプロフェンやアセトアミノフェンは無効で,トラマドール/アセトアミノフェン配合錠やプレガバリンでは眠気やふらつきが出現し難渋した.当科再診時に漢方治療を希望し,冷え症や胃腸虚弱を目標に,ツムラ真武湯エキス顆粒5 g/日をプレガバリン25 mg/日に追加したところ,2カ月後には胸痛がほぼ消失しプレガバリンを中止できた.【考察】真武湯は疼痛や痺れに有効とされる附子を含んでおり,西洋薬で難渋する神経障害性疼痛の治療の一つの選択肢となる可能性がある.
がん患者にみられる痛みは,①がんによる痛み,②がん治療による痛み,③がん,がん治療と直接関連のない痛みに分類される.そのなかで「がん治療による痛み」とは,外科治療,化学療法,放射線治療など,がんに対する治療が原因となって生じる痛みであり,術後痛症候群,化学療法後神経障害性疼痛,放射線照射後疼痛症候群などがある1).放射線治療は手術療法,化学療法と並びがん治療の3本柱の一つであるが,体幹部定位放射線治療(以下,SBRT)後の胸壁痛は最も一般的な晩期副作用の一つであり,多くの研究において10〜40%の発生率と報告されている2).今回,肺がんに対するSBRT後に放射線照射後疼痛症候群と思われる左胸痛が生じた患者に,漢方薬の真武湯が有効であった症例を経験したため報告する.
83歳男性.既往歴は脊柱管狭窄症,前立腺肥大症,高血圧症,脂質異常症がある.他院からの処方は,ビフィズス菌,アズレンスルホン酸,ランソプラゾール,ビタミンB12,リマプロストアルファデクス,ナフトピジル,アムロジピンベシル酸塩,イルベサルタン,アスピリン,エゼチミブであった.
現病歴は,2015年12月に健康診断で胸部異常陰影を指摘され,2016年4月に当院呼吸器内科で精査し左肺S3領域の肺腺がん(cT2aN0M0, Stage IB)と診断された.手術適応であったが本人が放射線治療を希望し,同年5月よりSBRT 48 Gy/4回を施行した.同年10月に左肺S6のすりガラス結節に対しCTガイド下生検を施行したところ異型細胞を認め肺がん疑いとなったため,11月~12月にかけてSBRT 60 Gy/4回を施行した.その後2017年1月末ごろに左前胸部から側胸部の疼痛が出現し,ロキソプロフェン60 mg/回頓用,ジクロフェナクナトリウム軟膏を処方されたが効果がなかった.同年3月に疼痛が増強したため,放射線科でトラマドール/アセトアミノフェン配合錠を3錠/日で開始されたが無効でふらつきが出たため中止した.ロキソプロフェン180 mg/日,アセトアミノフェン3600 mg/日に変更されたが効果がなく,5月に緩和ケア外来に紹介となった.
当科初診時は左乳頭周辺から左側胸部にかけての左第2~4肋骨レベルにNumerical Rating Scale(以下,NRS) 5~7の疼痛を認め,冷覚低下(乳頭付近はNRS 2/10,外側はNRS 7~8/10)とアロディニアを伴っていた.放射線照射後疼痛症候群の神経障害性疼痛と考えプレガバリン25 mg/日と10%リドカイン塩酸塩軟膏(以下リドカイン軟膏)塗布を開始したが疼痛は軽減せず,プレガバリンを内服すると翌朝にふらつきを自覚していた.プレガバリンは継続したが,6月の再診時に知人の勧めで漢方治療を希望された.
漢方医学的診察の問診では,「寒がりで痛みは入浴などで温めると楽になる」,「前立腺肥大症で夜間4回ほど頻尿がある」,「便秘と下痢を繰り返しやすい」,「胃もたれしやすい」との訴えがあった.体格は身長164 cm,体重49 kgと痩せ型で,診察でも虚証(体力が虚弱)で冷え症,胃腸虚弱を示す所見を認めた.そうした症状を伴う痺れを目標に真武湯エキス顆粒5 g/日を追加し,問題なく内服できたため3週間後より7.5 g/日に増量した.2カ月後の8月の再診時には,胸痛がNRS 0~1とほぼ消失したため受診の1週間前よりプレガバリンを自己中断していたが,疼痛の再燃はなかった.ただし軽度の胃もたれ感と腹部膨満感が出現し,附子による胃腸障害を疑い,桂枝加芍薬湯エキス顆粒5 g/日に変更した(リドカイン軟膏は以後も継続).9月の再診時には,3週間前に台風が来たころから左胸痛が再燃し,さらに桂枝加芍薬湯は使用後から便の出にくさを感じたとのことで自己判断で中止し,残薬のプレガバリンと真武湯を自己判断で再開していた.診察時には疼痛が軽減していたため,プレガバリンは継続として桂枝加芍薬湯を中止し,真武湯エキス顆粒5 g/日に変更した.その後12月初旬には疼痛が再び消失したため,ふらつきを懸念して自己判断でプレガバリンを中止し,内服薬は真武湯のみを継続したが疼痛の再燃はみられなかった.
放射線照射による副反応には急性反応と晩期反応があり,放射線照射後疼痛症候群は晩期反応の一つで3,4),その主体は神経障害性疼痛と考えられている.晩期反応は急性反応が軽快し 2〜4カ月の潜伏期を経てから出現する.照射線量や治療範囲の広さにより発現率は異なり,照射後,月~年単位で発生・徐々に進行し,末梢神経障害,脊髄障害など,発症部位に応じた症状が出現する3).発生率は10〜40%と報告されており2),胸壁への30 Gy以上の照射で,のちの胸壁痛や肋骨骨折のリスクが増加するとの報告もある5).本症例は48 Gy,60 Gyの照射を受けており,高リスクであった.Dooら6)によると,放射線照射の晩期障害は神経周囲の線維化,萎縮および虚血に関連すると推察されている.放射線はがん細胞を破壊するだけでなく,死滅したがん細胞からさまざまなサイトカインおよび炎症性メディエーターを放出することによって,隣接する正常細胞に炎症を及ぼす.炎症反応は組織の線維化,萎縮および潰瘍を引き起こし,複雑な相互作用によって放射線誘発性ニューロパチーが引き起こされることは知られているが,その正確なメカニズムは依然として不明である6).本症例も疼痛部は照射部位とほぼ一致しており,アロディニアや冷覚低下などを伴い放射線照射後疼痛症候群の神経障害性疼痛と考えられた.神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン7)では,第一選択がプレガバリン,三環系抗うつ薬(アミトリプチリンなど),デュロキセチンであり,第二選択薬としてトラマドール,ワクシニアウィルス接種家兎炎症皮膚抽出液が,第三選択薬としてトラマドール以外のオピオイド鎮痛薬が推奨されている.プレガバリンは眠気やふらつき,浮腫などの副作用が知られており,三環系抗うつ薬は口渇,便秘などの抗コリン作用,デュロキセチンは眠気と悪心などの副作用がある.トラマドールは比較的副作用が軽度とされているが,便秘,眠気,嘔吐がある.本症例はロキソプロフェンとアセトアミノフェンが無効で,トラマドール/アセトアミノフェン配合錠とプレガバリンで眠気やふらつきが出現し,治療薬の選択に難渋した.
2.神経障害性疼痛に対する漢方治療神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン7)では,神経障害性疼痛に対する漢方治療は,伝統医学に基づき経験的に使用されているが,神経障害性疼痛に対して有効性を示した薬物はなく,エビデンスはほとんど検証されていないとされている.しかし神経障害性疼痛の一つである帯状庖疹後神経痛に対して非ランダム化比較試験や症例集積研究があり,桂枝加朮附湯,麻黄附子細辛湯,芍薬甘草湯,真武湯,ブシ末などが帯状庖疹後神経痛に対する鎮痛効果を持つことが報告されている8).ほかにも線維筋痛症に対する疎経活血湯,牛車腎気丸9),腰痛疾患による下肢の痺れや疼痛に対しては桂枝加朮附湯,苓姜朮甘湯,牛車腎気丸,当帰四逆加呉茱萸生姜湯,真武湯の先行鎮痛治療への追加処方の有用性10)などが報告されている.
真武湯は中国の伝統医学の古典である「傷寒論」に記載されており11),構成生薬は茯苓,芍薬,朮,生姜,附子で,使用目標は虚証で,冷えがあり下痢など胃腸虚弱症状を伴うものとされる.本症例も痩せ型で虚証,寒がりで神経痛や腰痛は入浴などで温めると楽になることから冷え症と考え,便秘と下痢を繰り返す,胃もたれがあるといった胃腸虚弱があり真武湯の適応証と考えられた.真武湯は脊柱管狭窄症術後の下肢痛に有用であった報告があり,その理由として,真武湯に含まれる附子,芍薬,生姜が鎮痛作用を示したと推察されている12).附子と生姜は温熱作用があり神経ブロックなどで期待される血流改善作用に寄与した可能性も考えられている.
なかでも附子はトリカブト属植物の塊根から調整され,鎮痛,温熱,新陳代謝賦活,強心,利尿などの作用を目的に使用される.附子にはアコニチン,ジェサコニチン,ヒパコニチン,メサコニチンなどのアルカロイドが含有されており,鎮痛作用にはメサコニチンが中心的役割を果たしている13).また修治附子末単独服用により手指の皮膚温および組織血流量が増加することから,附子には温熱作用や血流量増加作用があることも報告されている14).放射線照射後疼痛症候群には神経周囲の虚血が関連すると推察されており6),附子の血流増加作用による鎮痛作用が考えられる.ただし漢方薬は単体の生薬だけでなく,製剤に含まれる生薬同士の相乗効果があるともいわれており,何よりも証に応じた処方が重要である.また注意点は,真武湯は温熱作用があるため,急性炎症や熱証(暑がり)に対して使用すると炎症の増悪や副作用発現の可能性が高くなるため投与を控えた方が良いとされる13).
本症例は冷え症や胃腸虚弱といった真武湯の適応証で,開始後約2カ月程度で胸痛の軽減を認め,プレガバリンを中止することができた.今後はさらに症例を集積し,漢方治療のエビデンスの構築が期待される.
放射線照射後疼痛症候群の神経障害性疼痛と考えられる疼痛に対し,プレガバリンや抗うつ薬,抗けいれん薬などが副作用により使用が困難な場合には,証に応じた漢方薬が神経障害性疼痛治療の一つの選択肢となる可能性がある.
英文アブストラクトの校正についてはEditage(www.editage.com)に謝意を表する.
本論文の要旨は日本緩和医療学会 第1回関東・甲信越支部学術大会(2018年11月,東京)で発表した.本症例の真武湯エキス顆粒はツムラ真武湯エキス顆粒(TJ-30)を,桂枝加芍薬湯エキス顆粒はツムラ桂枝加芍薬湯エキス顆粒(TJ-60)を使用した.
橋口さおり:奨学寄附金(塩野義製薬株式会社)その他:該当なし
大岸は研究の構想・デザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草および重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;橋口,瀧野は研究の研究データの収集・分析・解釈および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;竹内,阿部,伊原は研究データの解釈および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終確認,および研究の説明責任に同意した.