Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
ISSN-L : 1880-5302
原著
がん性神経障害性疼痛における神経障害性疼痛スクリーニング質問票の妥当性の検討
池尻 佑美大下 恭子中村 隆治濱田 宏林 優美倉田 明子岡本 泰昌河本 昌志堤 保夫
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2020 年 15 巻 1 号 p. 15-20

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Abstract

【緒言】慢性神経障害性疼痛患者をスクリーニングする目的で開発された神経障害性疼痛スクリーニング質問票(以下質問票)のがん性神経障害性疼痛における妥当性について検討した.【方法】2014年5月~2015年12月に当院緩和ケアチーム介入時にスクリーニングを行った患者104名を対象に,質問票の合計点と専門医による診断を比較した.妥当性についてはROC曲線を用いて評価した.【結果】合計点と感度,特異度でのROC曲線下面積は0.82と中等度の診断精度が確認された.カットオフ値は合計点3点の場合が最良であり(感度79%,特異度82%),カットオフ値に神経障害性疼痛の診断基準である合計点9点を用いると大幅に感度が低下した(感度40%,特異度97%).【結論】がん性疼痛で質問票は中等度の診断精度を持つが,カットオフ値は慢性痛の場合より低く,合計点が3点以上で神経障害性疼痛を疑うことが望ましい.

緒言

がん性疼痛患者のうち神経障害性疼痛を有する患者は20%程度と報告されている1).がん性神経障害性疼痛は侵害受容性疼痛と比較して,痛みの重症度が高く,Quality of Life(QOL)の低下が著しい.さらにオピオイドの効果が得られにくく,神経障害性疼痛治療薬の併用などを必要とする場合がある2).そのため,がん性神経障害性疼痛は適切に診断し治療する必要がある.

神経障害性疼痛は国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain: IASP)により「体性感覚伝導路の損傷や病変によって直接に引き起こされる痛み」と定義される.診断はIASPの診断基準に則ったアルゴリズムに従って行われることが推奨されており3),神経損傷もしくは病変に関連した病歴および痛みの範囲が解剖学的に妥当であること,痛みの範囲に感覚所見を伴うこと,診断的検査で神経障害性疼痛と説明できる体制感覚系損傷あるいは病変を確認することで確定される4,5).まずは問診で神経障害性疼痛の存在を疑うことが重要であり,電撃痛など特徴的な痛みやアロディニア,痛覚過敏などの症状を拾い上げることから治療が始まる4,5).しかし,がん性疼痛患者の初療は疼痛治療を専門としない非疼痛治療専門医によって行われる場合が多く,的確な診断がなされず,神経障害性疼痛に対する治療が行われていない事例が散見される.

近年海外ではさまざまな慢性痛における神経障害性疼痛のスクリーニングツールが利用されており,有用性が報告されている68).本邦でも2010年に神経障害性疼痛患者をスクリーニングするための神経障害性疼痛スクリーニング質問票が開発された9).神経障害性疼痛に特徴的な痛みの性状1)針で刺されたような痛みがある,2)電気が走るような痛みがある,3)焼けるような痛みがある,4)しびれの強い痛みがある,5)衣服が擦れたり,冷風に当たったりするだけで痛みが走る,6)痛みの部位の感覚が低下していたり,過敏になっていたりする,7)痛みの部位の皮膚がむくんだり,赤や紫に変色したりする,の7項目について4点満点の5段階で患者自身が回答を行うもので,日本人の慢性疼痛238名を対象とした研究において合計得点(0-28点)が9点を超えると感度70%,特異度76%で神経障害性疼痛患者をスクリーニングできることが示されている9).合計点9点以上を神経障害性疼痛,6-8点で神経障害性疼痛の要素あり,5点以下で神経障害性疼痛の可能性は低いと診断することが推奨されている.自律神経検査や電気生理学的検査などの専門的検査を必要とせず,患者への問診のみでスクリーニングができることから,がん性神経障害性疼痛の診断にも適応できれば,非疼痛専門医でも神経障害性疼痛の可能性がある患者の同定に有用であることが期待できる.国際的に神経障害性疼痛のスクリーニングツールとして広く用いられているpain DETECT,Neuropathic Pain Questionnaire(NPQ),Leeds Assessment of Neuropathic Symptoms and Signs(LANSS),Douleur Neuropathique en 4 Questions(DN4)はいずれもがん性神経障害性疼痛において感度の低下が報告されているが2,1013),当質問票のがん性痛における有用性を検討した報告はない.

本研究では,非疼痛専門医が使用可能ながん性神経障害性疼痛の簡便なスクリーニング方法を確立することを目的に,がん性疼痛における神経障害性疼痛スクリーニング質問票の妥当性を検討したので報告する.

方法

本研究は当院倫理委員会の承認を得て行った(承認番号:E-276).後ろ向き研究であるため,研究対象者からの同意取得ではなく,情報公開によるオプトアウトを行った.

対象は2014年5月から2015年12月の間に当院緩和ケアチームに痛みのコントロール目的に紹介され,初診時に神経障害性疼痛スクリーニング質問票を用いてスクリーニングを行った患者とし,質問票への記載が不十分な症例や,痛みの原因ががん以外のみの症例は除外した.診療録より,年齢,性別,原発部位,痛みの原因,神経障害性疼痛スコア,初診時の鎮痛剤の処方状況を抽出した.神経障害性疼痛の診断は,緩和ケアチームのペインクリニック専門医が診療録の記載から後方視的に行った.Treedeらが提唱した神経障害性疼痛アルゴリズム4)に従い,神経障害性疼痛および侵害受容性疼痛に神経障害性疼痛の要素が含まれていると判断した症例を神経障害性疼痛と診断した.対象患者の質問票の合計点ごとにペインクリニック専門医による神経障害性疼痛の診断の感度と特異度を算出し,ROC曲線(receiver operating characteristic curve)を描出,曲線下面積値および最適なカットオフ値を算出した.

結果

質問票を用いて痛みのスクリーニングを行った144名のうち質問票への記載が不十分な例,および非がん性疼痛のみが痛みの原因であった40名を除いた104名が対象となった.患者の年齢は14〜90歳,男性56名,女性48名であった.痛みの原因は骨転移が42名と最も多く,次いで腫瘍の増大(23名),神経への浸潤(10名),胸腹膜への播種(15名),皮下,筋肉,リンパ節転移(3名)など,がんが原因のものがほとんどであったが,がん治療による痛みや,帯状疱疹後神経痛などを併発している症例もあった(表1).がん治療による痛みを併発していた症例では,質問票での問診はがんが原因となる痛みについて行っており,帯状疱疹後神経痛を併発していた症例は椎骨転移や胸膜播種による痛みの部位と帯状疱疹の部位が一部重複していたため,いずれもがん性疼痛として解析に含めた.原発部位は肺・胸部,婦人科系,肝・胆・膵,腎・泌尿器系などであった.

対象患者104名のうち,ペインクリニック専門医により,神経障害性疼痛の要素があると診断されたのは43名(41%),神経障害性疼痛ではないと診断されたのは61名(59%)であった.神経障害性疼痛スコアの合計点は,慢性痛における神経障害性疼痛診断基準である9点以上の患者は19名(18%),神経障害性疼痛の要素ありとされる6-8点が11名(11%),神経障害性疼痛の可能性は低いとされる5点以下が84名(81%)であった.ペインクリニック専門医により神経障害性疼痛と診断されたのは9点以上で17名(89%),6-8点で7名(64%), 5点以下で19名(26%)そのうちスコア0点のうち4名(9%)であった(表2).神経障害性疼痛スクリーニング質問票の合計点によるROC曲線下面積(area under the curve: AUC)は0.82で中等度の診断精度であった(図1).カットオフ値3点で感度79%,特異度82%と最も高いスクリーニング精度を認めたが,2-4点での大きな差は認めなかった.本質問票の非がん性神経障害疼痛の診断基準である9点以上を用いた場合での感度は40%,特異度は97%であった.

神経障害性疼痛と診断された症例の中で初診時にすでにオピオイドでの治療が行われていたものは32名(9点以上14名,6-8点5名,1-5点11名,0点2名),プレガバリンによる治療が行われていたものは13名(9点以上7名,6-8点1名,1-5点5名,0点0名)であった(表3).

表1 患者背景
表2 神経障害性疼痛スクリーニング質問票の合計点とペインクリニック専門医による診断の比較
図1 神経障害性疼痛スクリーニング質問票の合計点によるROC曲線

神経障害性疼痛スクリーニング質問票スコアの合計点によるROC曲線下面積は0.82で中等度の診断精度であった.合計点9点以上での感度は40%,特異度は97%,合計点3点以上の感度79%,特異度82%であった.

表3 神経障害性疼痛と診断された症例の初診時の投薬状況

考察

本研究においてがん性疼痛における神経障害性疼痛スクリーニング質問票の合計点と感度,特異度でのROC曲線下面積は0.82と中等度の診断精度が確認された.合計点はカットオフ値を3点とした場合に感度79%,特異度82%で,最も高い感度,特異度でスクリーニングしていた.

慢性痛における診断基準である合計点9点以上では,特異度は97%であったものの,感度は40%と低下していた.海外で慢性痛に対して広く用いられているスクリーニングツールにおいても,がん性神経障害性疼痛において感度の低下が報告されている.日本語版が普及しているpain DETECTは7項目の自覚症状のみによるスクリーニングツールで,慢性痛に対する感度は84%,特異度は85%である14).一方で,転移性,局所進行性の神経障害性疼痛患者では,感度53%,特異度77%であったと報告されている2).予後2カ月未満の症例,化学療法誘発性末梢神経障害性疼痛,鎮痛補助薬によるコントロール後の症例を除いたNRS 5以上のがん性神経障害性疼痛167例をNPQを用いてスクリーニングしたところ,感度は50.8%,特異度は64.8%10)と慢性痛の精度(感度66.6%,特異度74.4%)15)よりやや低下していた.LANSS16)を用いた検討では,侵害受容性疼痛が混在した混合性がん性疼痛を除外しなかった場合では,感度29.4%,特異度は91.4%と感度が著しく低下していた10).DN4においても,がん性神経障害性疼痛の臨床診断の約半数ではスクリーニングにかからなかったと報告されている11,12).慢性痛よりもスクリーニング感度が低下する理由としては,がん性神経障害性疼痛は侵害受容性疼痛を併発する混合性疼痛であることが多く,(55%)17)混合性疼痛では神経障害性疼痛による自覚症状がマスクされていることが考えられる.Hardyらは混合性疼痛を除外したがん性神経障害性疼痛において,LANSSは感度86%,特異度100%で診断可能であったと報告している17).一方でHigashibataらは,慢性痛のスクリーニング基準を用いてがん性混合性疼痛患者における神経障害性疼痛の要素の検出を試みたところ,pain DETECTでは感度28.6%,特異度78.6%,Self-Reported Leeds Assessment of Neuropathic Symptoms and Signs(S-LANSS)では感度31.4%,特異度78.6%であり,スクリーニングは困難であったと報告している13).よって,慢性痛を対象として開発されたスクリーニングツールの診断基準を用いて混合性疼痛を含むがん性神経障害性疼痛の要素を検出するのは困難であると考えられる.本研究で算出された,混合性疼痛を含めたがん性神経障害性疼痛の検出に最適なカットオフ値が慢性痛の場合より大幅に低かったことは,がん性神経障害性疼痛のスクリーニングに際しては,慢性痛の基準値よりも低いスコアで神経障害性疼痛を疑う必要があることを示している.混合性疼痛を含むがん性神経障害性疼痛の要素の検出に神経障害性疼痛スクリーニング質問票を用いる場合,慢性痛における基準の9点ではなく,3点以上で神経障害性疼痛を疑うことで,がん性神経障害性疼痛のスクリーニングツールとなり得ると考える.

本研究ではチーム介入時までにすでにオピオイドや鎮痛補助薬などを用いた疼痛治療が開始されている症例が含まれており,神経障害性疼痛の症状が軽減していた可能性がある.非がん性神経障害性疼痛の薬物療法については,日本ペインクリニック学会から治療指針が示されており,第一選択薬はプレガバリン,三環系抗うつ薬,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬で,第二選択薬としてトラマドール,強オピオイドは第三選択薬とすることが推奨されている18).がん性痛の場合はがん性神経障害性疼痛に限局した治療指針はなく,世界保健機関(WHO)の除痛ラダーに沿った治療を進めながら,どの段階でも必要に応じて鎮痛補助薬の併用を考慮するとされており,プレガバリンの追加についてはとくに優先順位などは示されていない.本研究で神経障害性疼痛と診断された43名のうち,13名で紹介時にはプレガバリンが併用されていた.スコア0点で神経障害性疼痛と診断された4名中2名は,肋骨および椎骨転移の脊柱管内浸潤による混合性疼痛であり,神経根症状を伴っていたが,オピオイドが導入されており,質問項目の症状の訴えはなかった.すでに痛みに対する治療が行われている場合,スクリーニングが適切に行えない可能性もあるため,注意が必要である.

結論

がん性神経障害性疼痛の診断における神経障害性疼痛スクリーニング質問票の妥当性を検討した.合計点と感度,特異度でのROC曲線下面積は0.82と中等度の診断精度が確認された.慢性痛の診断基準である合計点9点以上での感度は低く,本研究で得られたがん性神経障害性疼痛のカットオフ値は3点であった.質問票の症状のうちの一項目でも強い症状を呈しているのであれば,神経障害性疼痛を念頭において治療を行うべきである.

利益相反

著者の開示すべき利益相反なし

著者貢献

池尻は研究の構想,研究データの収集,分析,原稿の起草に貢献;大下,中村,濱田は研究の構想,研究データの収集,分析,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;林は研究データの収集,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;倉田,岡本,河本,堤は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2020日本緩和医療学会
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