2020 年 15 巻 2 号 p. 153-160
【目的】終末期ケアシミュレーションへの参加がレジリエンスに与える影響を評価した.【方法】参加学生61名を無作為に2群に割り付け,教育群に終末期ケアシミュレーションを実施した.ベースラインと教育終了後時点の両群のレジリエンスを測定した.【結果】ベースラインは両群に有意な差はなかったが,教育終了後時点は総合得点,I am・I have・I will/do因子得点が対照群よりも教育群で有意に高かった.教育群では総合得点,I am・I have・I will/do因子得点が,対照群ではI am因子得点のみがベースラインよりも教育終了後時点で有意に高かった.【結論】終末期ケアシミュレーションへの参加が,レジリエンス,とくに他者との信頼関係を築きネットワークを広げる力,自分自身で目標を定めそれに向かって伸びていく力を高める.
わが国の年間死亡者数は,2014年に約126万人を超えており,2025年には約154万人,2035年には約166万人になると予測され1),わが国は「少子超高齢化社会」であると同時に「多死社会」であるともいえる.厚生労働省2)においては,1987年以降,終末期医療についての有識者会議を続け,2007年に終末期医療の決定プロセスに関するガイドラインを作成した.2007年のガイドライン作成から10年を経た2018年には,高齢多死社会の進展に伴い,アドバンス・ケア・プランニングの概念を踏まえてガイドラインの改定が行われた.そして,このガイドラインを受けて,日本看護協会3)は,看護職について,医療・ケアチームの中で療養生活支援の専門家であり,対象者の最も身近な医療職であるために,対象者がその人らしく最期まで人生を全うできるよう支援するための看護を提供することが求められると述べている.しかし,終末期ケアでは複雑で慎重なケアが求められる反面,成果が見えにくいため,看護師は無力感や苦手意識を持つことが指摘されている4).また,逆井ら5)によって,終末期にある患者に関わる看護師が,それ以外の看護師よりも多くのストレスを抱えていることが明らかにされた.つまり,終末期ケアに携わる看護師は,その役割が拡大する一方で,困難感やストレスを感じやすい状態にあるということである.
Rutter6)は,同様のストレス経験をしてもすべての人が同様の不適応症状を示すわけではなく,些細なことでも不適応な状態を呈する人がいれば,大変な危機に遭い一時的に不適応を起こしても,そこから立ち直っていく人がいるという個人特性に着目し,「レジリエンス」という概念を提唱した.レジリエンスは,困難な状況にうまく適応できる精神的回復力を意味し7),誰もが持っている心理特性であるだけでなく,学修・発展ができる心理特性である8)といわれている.この特性に着目し,看護師においては,ストレスの要因を軽減したりなくしたりするということだけではなく,レジリエンスを高めることが求められている.そして,2017年,看護系大学は277校にまで増加したが9),看護基礎教育においても,意識・知識・技術を身に付けるための教育だけではなく,レジリエンスを高められるような教育を展開することが求められている10).
そのような中,著者らは,臨地実習で経験が困難な終末期ケアを効果的に補完する学習手段として,意識・知識・技術の獲得だけでなく,レジリエンスを高めることを目指して,模擬患者を使った終末期ケアシミュレーションシナリオを開発した.そして,この終末期ケアシミュレーションの参加者が,終末期ケアに関する知識・身体的アセスメント技術・心理的ケア技術が向上したことや,満足・自信を得るという意識の変化があったことを報告した11〜13).
本研究では,開発した終末期ケアシミュレーションへの参加,つまり,困難感やストレスを感じやすいとされる終末期ケアをシミュレーションで学習することを通し,参加学生のレジリエンスにどのような影響を与えたか明らかにすることを目的とした.さらに,終末期ケアシミュレーションシナリオをさらに発展させ,教育プログラムとして構築するための示唆を得たいと考えた.
終末期ケア:疾患によらず,「治療が望めない時期から終末期」にある患者に対して,「無駄で苦痛を与えるだけの延命治療を中止し,人間らしく死を迎えることをささえるケア」を意味する14).
シミュレーションシナリオ: 「効果的なシミュレーション学習をねらって指導者が設計する,体系化された計画のすべて」を意味する15).目標や目標を達成するためのシミュレーションセッションの内容と指導者のかかわり方,学習者の事前学習などの準備,物品や場の環境,模擬患者やデブリーフィングの内容と支援方法のすべてを含んでいる.
レジリエンス: 「逆境に耐え,試練を克服し,感情的・認知的・社会的に健康な精神活動を維持するのに不可欠な心理特性」を意味する16).
終末期ケアシミュレーションシナリオの概要1.学習目標
文部科学省17)が設定している卒業時到達目標を基盤とし,目標1 「終末期にある患者の全身状態を観察・評価し,心身の苦痛を査定できる」,目標2 「安楽への看護援助を考え,一部実施することができる」とした.
2.シナリオの内容
緩和ケアを専門とする研究者,がん看護専門看護師,看護教育者,シミュレーション教育の専門家からの助言を基に内容を確定した(表1).アメリカ心理学会の提唱する「レジリエンスを築く10の方法」18)を参考に,課題をデブリーフィング時と各段階で提示することで,レジリエンスの向上を導く設定とした.また,進行教員は常に肯定的態度を示し,かつ,参加者の言動に注視し,ポイントとなる発言や行動をきっかけとしてさらにヒントを提示したり,デブリーフィングへの切り替えの合図を出したりすることで,参加者を課題達成に導く設定とした.さらに,事例をリアルに再現するために,医学教育に熟練した模擬患者の協力を得た.
研究デザイン本研究は参加希望のあった学生をブロックサイズ2 の置換ブロック法にて無作為に教育群と対照群に割り付けて行う単盲検無作為化比較試験である.割り付けは研究者ら3名によって行われた.研究実施にあたり,UMIN 臨床試験登録システムへの登録(UMIN 000021183)を行った.
調査実施期間A大学は2016年3月と2017年3月に,B大学は2018年3月に調査を実施した.
対象者二つの看護大学の学内掲示板にポスターを貼付し,成人看護学概論と各論の単位の取得が完了した3年生を対象に参加者を募集した.参加希望のあった学生のうち研究同意の得られた学生61名を対象とした.本プログラムは応募期間を設けて参加希望者を募集し,応募者を対象者としたため,参加者の制限や追加募集は行わなかった.
調査内容1.基本属性
年齢,性別,実習における終末期患者の受け持ち経験の有無,実習における医療用麻薬使用患者の受け持ち経験の有無を調査した.
2.レジリエンス
森ら16)によって作成された包括的レジリエンス尺度を使用し調査した.これは①I am因子:自分自身を受け入れる力,②I can因子:問題解決力,③I have因子:他者との信頼関係を築き,ネットワークを広げていく力,④I will/do因子:自分自身で目標を定め,それに向かって伸びていく力の4下位因子から構成される,29項目5件法の尺度である.得点範囲は,I am因子得点が8〜40点,I can・I have・I will/do因子得点が7〜35点,総合得点が29〜145点となり,得点が高いほどレジリエンスが高いことを表す.また,「現在の」「大学生の」レジリエンスを測定できる尺度として,信頼性・妥当性が検証されている19).
調査と分析方法まず,ベースラインにおいて基本属性の調査とレジリエンスの測定を行った.ベースラインにおける2群間の基本属性の比較は,年齢はt検定,それ以外はχ2検定により検討した.その後,教育群にのみ終末期ケアシミュレーションを実施し,教育終了後時点(ベースラインから7〜9日後)に,再度両群でレジリエンスを測定した.レジリエンス得点の比較について,ベースラインと教育終了後時点の群内比較はWilcoxon符号順位検定,教育群と対照群の群間比較はMann-Whitney U検定により検討した.分析はSPSS version 24Ⓡを使用し,有意水準は5%未満とした.
倫理的配慮参加希望学生に対し,本研究の目的と方法,参加の有無や辞退とその結果が成績には一切関係がないこと,プライバシーの保護などについて文書と口頭で説明し,同意書の提出を得て実施した.対照群の希望者に対しては,すべてのデータを収集したのちに教育群と同様の終末期ケアシミュレーションへの参加の場を設けた.本研究はデータ収集機関の倫理審査委員会の承認を得て実施した.
参加希望学生のうち研究同意の得られた61名を,31名の教育群と30名の対照群に割り付けた.体調不良や日程の都合により,教育群から5名,対照群から6名が辞退し,教育終了後時点の調査まで完遂した対象者は教育群26名,対照群24名の計50名であった.そのうち有効回答が得られた教育群26名,対照群22名の計48名を分析対象者とした(図1).ベースラインに調査した分析対象者の基本属性を表2に示す.教育群と対照群で基本属性の有意差はなかった.
1.終末期ケアシミュレーション参加前後のレジリエンス得点の比較
教育群のレジリエンス得点は,終末期ケアシミュレーション参加前後で,総得点,I am・I have・I will/do因子得点において有意な上昇がみられた.対照群のレジリエンス得点は,I am因子得点のみ有意な上昇がみられた(表3).
2.教育群と対照群のレジリエンス得点の比較
ベースラインにおける教育群と対照群のレジリエンス得点には有意な差はみられなかったが,教育終了後時点における教育群と対照群のレジリエンス得点は,総合得点,I am・I have・I will/do因子得点において教育群が有意に高値を示した(表4).
1.I have因子を高めた終末期ケアシミュレーションシナリオの設定
I have因子とは,他者との信頼関係を築きネットワークを広げる力を意味し,この力が終末期ケアシミュレーションへの参加によって上昇した.開発した終末期ケアシミュレーションシナリオでは,参加者の学習状況として1グループを学生5名に設定し,シミュレーションセッションでは5段階で提示される課題に各1名が代表して取り組むが,この1名は他の4名と相談してもよい設定とした.つまり,個人ワークではなく,グループワークとしての要素を取り入れた.グループワークは,参加者相互の話し合い,双方向での関心の交流を通して,課題の解決を図ったり,相互の共感を共有することによって学習,動機づけ,必要な態度の形成に至ることができるといわれている20).とくに,グループワークを効果的に行うための参加人数は4, 5名が推奨されており21),本設定も5名とこれに合致する.参加者は,終末期ケアという臨地実習で経験したことのない課題であっても,他者と協力することで乗り越えることができるという経験を得たと考えられ,グループワークという要素を取り入れたことが,他者との信頼関係を築きネットワークを広げる力を高めることに貢献したと考えられた.よって,終末期ケアシミュレーションシナリオは,参加者4, 5名に対し進行教員1名と板書教員1名の学習環境とすることが効果的であるといえるが,これだけの人的環境を基礎教育の中で調整するには課題があると考える.Fluhartyら22)は,End-of-lifeシミュレーションを直接体験した学生と同様に,観察者役の学生にも知識の改善がみられたことを報告している.本研究における終末期ケアシミュレーションシナリオにおいても,観察者という役割を設定することで,参加人数を増やしての効果を得られる可能性があり,基礎教育の中で実施可能な教育プログラムとしてさらに発展・構築することができることが示唆された.
2.I will/do因子を高めた終末期ケアシミュレーションシナリオの設定
I will/do因子とは,自分自身で目標を定めそれに向かって伸びていく力を意味し,この力も終末期ケアシミュレーションへの参加によって上昇した.開発した終末期ケアシミュレーションシナリオでは,「終末期にある患者の全身状態を観察・評価し,心身の苦痛を査定できる」, 「安楽への看護援助を考え,一部実施することができる」という二つの目標を,シミュレーションセッション前のブリーフィングにおいて,まず参加者に提示する.この目標の提示により,参加者はこの後のシミュレーションセッションで何を考え,何を行う必要があるのかという具体的な目標を自ら設定できたのではないかと考えられた.そして実際に,シミュレーションセッションにおいて5段階で場面と課題が提示される.この一つの課題に対して代表で1名の参加者が取り組むが,進行教員が参加者のポイントとなる発言や行動をきっかけとしてさらにヒントを提示したり,デブリーフィングへの切り替えの合図を出したりすることで,参加者を課題達成に導く設定としている.加えて,参加者は,“In scenario デブリーフィング”,つまり,場所を離れることなくその場でのデブリーフィングを行う中で,その一つ一つの場面・課題に対応できるように知識・技術が強化されていき,最終的に目標が達成されるような構成である.参加者は二つの目標達成のために,段階的にどのような知識を持ち,何ができる必要があるのかを具体的に知り,実践することができ,自分自身で目標を定め,それに向かって伸びていく力を高めたと考えた.今後,終末期ケアシミュレーションシナリオをさらに発展・構築するなかで,困難感やストレスを感じやすいとされる終末期ケアに関する教育プログラムであるからこそ,進行教員が参加者を課題達成に導く設定,また,課題提示は段階的に行う設定とすることが有効であることが示唆された.
看護学生の終末期ケア経験の現状からわかる終末期ケアシミュレーション教育の必要性分析対象者48名のうち,本研究参加以前に終末期患者を受け持った経験があった者は9名(18.8%),医療用麻薬使用患者を受け持った経験があった者は10名(20.8%)であった.看護基礎教育カリキュラムでは,終末期看護を強化する取り組みがされてきたが23),看護学生が臨地実習において終末期ケアを経験し学ぶ機会は依然として制限されていることが窺えた.厚生労働省24)が臨地実習で経験できない内容は,シミュレーション等により学内での演習で補完することを推奨されているように,終末期ケアはシミュレーション教育による補完が有効であると考えた.
本研究の課題・限界と今後の展望本研究において,レジリエンスの下位因子得点のうちI am因子得点,つまり自分自身を受け入れる力は,教育群だけでなく,対照群においてもベースラインより教育終了後時点の方が有意に高かった.教育群が終末期ケアシミュレーションに参加している時間,対照群はそれぞれ自由に過ごしてよいこととしたが,どのように過ごしていたかは不明であり,過ごし方によってI am因子を高めた可能性もある.また,I can因子得点,つまり問題解決力は教育群においても高まることはなかった.本研究において使用したレジリエンス尺度は,終末期ケアに特化したレジリエンスを測定するための尺度ではなく,看護学生にとっての「問題」が「終末期ケアにおける問題」だけではないということが反映したと考えられた.看護学生の問題解決力を高めるためには,一つの教育だけではなく,複合的な教育が必要であるといえる.
なお,本研究分析対象者は2大学の学生48名であり,限られた集団であることから,結果の一般化には限界があると考えられた.今後,さらに対象を広げた調査の継続が必要であるといえる.
本研究は,臨地実習で経験が困難な終末期ケアを効果的に補完する学習手段として開発した終末期ケアシミュレーションシナリオが,参加者のレジリエンスに与える影響を明らかにすることを目的とした.その結果,以下の結論を得た.
1.終末期ケアシミュレーションに参加することで教育群のレジリエンスの総合得点と,下位因子のI have因子得点,I will/do因子得点が有意に高まったことから,開発した終末期ケアシミュレーションシナリオは参加者のレジリエンス,とくに他者との信頼関係を築きネットワークを広げる力,自分自身で目標を定めそれに向かって伸びていく力を高める構成となっていた.
2.デブリーフィングにグループワークという要素を取り入れた構成により,終末期ケアという臨地実習で経験したことのない課題であっても,他者と協力することで乗り越えることができるという経験を参加者に与え,他者との信頼関係を築きネットワークを広げる力を高め得る.
3.ブリーフィング時における学習目標の提示が参加者に具体的な目標を自ら設定させ,シミュレーションとデブリーフィングをその場で交互に行う“In scenarioデブリーフィング”という構成による段階的な課題の達成経験が,参加者に緩和ケアに必要な知識・技術に関する知を獲得させ,これらが自分自身で目標を定めそれに向かって伸びていく力を高め得る.
研究にご協力いただいた皆様,シミュレーションシナリオ作成について多大な助言をくださった東京医科大学の阿部幸恵先生に深謝します.
本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(課題番号15H6290・17K12275)による助成を受けて実施したものであり,結果の一部は第36・38回日本看護科学学会学術集会(2016年12月東京,2018年12月愛媛)にて発表した.
著者の申告すべき利益相反なし
横井はデータ収集および分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献;玉木は研究の構想,データ収集および分析,研究データの解釈,草稿の推敲に貢献;犬丸および藤井はデータ収集,草稿の推敲に貢献;辻川は研究データの解釈,草稿の推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.