Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
腫瘍崩壊症候群が原因となって出現したオキシコドンによる呼吸抑制の1例
寺本 晃治林 駒紀長谷川 千晶森井 博朗木村 由梨服部 聖子森田 幸代住本 秀敏寺村 和也醍醐 弥太郎
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2020 年 15 巻 2 号 p. 161-166

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Abstract

【緒言】腫瘍崩壊症候群(Tumor lysis syndrome: TLS)は,腫瘍細胞の崩壊に起因して発症する代謝異常症であるが,TLSが原因となってオピオイドによる呼吸抑制が出現した症例を経験した.【症例】患者は39歳の男性.菌状息肉症に対して化学療法(DeVIC療法)が開始された2時間後,尿量が減少し,血液検査結果と臨床経過からTLSと診断された.また,皮膚病変部の疼痛に対してオキシコドンが投与されていたが,TLSの発症に伴って呼吸回数の減少,傾眠,縮瞳などオキシコドンに起因する症状が出現した.これらは,オキシコドンの減量,拮抗薬の投与,TLSに対する治療により回復した.【考察】TLSの腎機能障害によりオキシコドンの排泄が遷延したことが,これらの症状の原因と考えられた.化学療法中のオピオイド投与は,TLSの発症によりオピオイドの効果が増強する可能性があることを念頭に置く必要がある.

緒言

腫瘍崩壊症候群(Tumor lysis syndrome: TLS)は,大量の腫瘍細胞が急速に崩壊し,その結果,腫瘍細胞内の代謝産物である核酸,蛋白,リン,カリウムなどが血中へ大量に放出されることによって引き起こされる代謝異常の総称である1,2).今回,皮膚T細胞性リンパ腫である菌状息肉症の全身化学療法の数時間後にTLSを発症し,腎機能障害に伴って,オキシコドンによる呼吸抑制などの症状が発現した症例を経験した.TLSを発症して,オピオイドの血中濃度の上昇が原因と考えられる症状を発現した症例は,過去に1例(経口モルヒネ製剤が投与されていた慢性骨髄単球性白血病の症例)の報告3)しかなく,化学療法中のオピオイドの投与管理について,教訓的な示唆を得たので報告する.

症例提示

39歳男性,身長168 cm,体重64 kg.特記すべき既往歴や併存疾患はなかった.全身の皮膚に浸潤性紅斑を認め,精査の結果,菌状息肉症と診断された.治療として,全身化学療法(CHOP療法)を3コース施行され,その後DeVIC療法に変更し,1コース目が施行された.これらの開始前から皮膚病変部の疼痛が増強して,保清のために必要な創処置を拒否される回数が増えてきたため,疼痛コントロールの目的で緩和ケアチームに介入依頼があった.

介入時には,全身の皮膚に菌状息肉症に伴うびらんを認めた.とくに体幹の病変部位に疼痛があり,菌状息肉症に伴うがん疼痛と判断した.疼痛の程度は,安静時にはNumerical rating scale(NRS) 3/10であったが,体動時や創処置の際は,びらんした皮膚への刺激によりNRS 8〜10/10に増強した.鎮痛薬としてロキソプロフェン錠60 mgを1回1錠/1日3回(表1),創処置時の頓用として,アセトアミノフェン点滴液1000 mgまたはフルルビプロフェンアキセチル注射液50 mgが投与されていた.創処置の中止によって,敗血症のリスクが増えることが懸念されたために,毎日創処置が受けられるように,まずは,創処置の突出痛を急速に軽減する必要があった.そのために,Patient controlled analgesia(PCA)ポンプによるオキシコドンの持続静注を1日量5 mgから開始した.その後,段階的に増量したのち,オキシコドン徐放錠に変更し,1日量80 mgで,疼痛の程度はNRS 3/10であった.DeVIC療法2コース目の前日に,化学療法による倦怠感や食欲不振が出現した際の内服の負担軽減のために,オキシコドン徐放錠を注射薬に等量で変更(1日量60 mg)した.

一方で,DeVIC療法2コース目の前日に,高尿酸血症と電解質異常(低カルシウム血症,高リン血症,高カリウム血症)(表2)を認めた.また,同検査で,白血球数98100/mm3,LDH 653 U/Lと高値であり,全身の皮膚に病変を認めたことから,腫瘍細胞量の増加が示唆され,化学療法によるTLSの発症が懸念されたため,補液で予防を図った(図1).

しかし,DeVIC療法2コース目の1日目,イホスファミド終了後(開始後約2時間)より,意識レベルが低下(JCSでII-10)し,傾眠傾向になった.さらに約2時間後には,尿量が減少(それまでの6時間で150 mL(0.4 mL/時間/体重kg))し,高尿酸血症(9.6 mg/dL),電解質異常(低カルシウム血症(7.2 mg/dL),高リン血症(5.5 mg/dL),高カリウム血症(6.3 mmol/L))を認め,TLSと診断した.補液量を増量して尿量の確保に努め,高尿酸血症に対してフェブキソスタット錠の内服が開始された.その一方で,約1時間後,呼吸回数の減少(1分間あたり10回)と経皮的酸素飽和度(SpO2)の低下(室内気で89%)を認めた.画像検査は実施していないが,肺水腫を疑うような呼吸不全症状や,脳血管障害を疑うような麻痺症状は認めなかったために,これらはオキシコドンの影響と判断してオキシコドンを減量(1日量42 mg)した.しかし,さらに約1時間後,呼吸回数は1分間あたり8回に減少したため,さらにオキシコドンを減量したが,約1時間後には呼吸回数は1分間あたり5回に減少した.また,縮瞳(瞳孔径は2 mm)を認め,疼痛の程度はNRS 0/10であったため,オキシコドンを減量し,ナロキソン0.1 mgを投与した.その結果,投与3分後には完全に覚醒し,呼吸回数は1分間あたり18回に,瞳孔径は5 mmに回復した.これ以降は,呼吸回数の減少は認めず,ナロキソンを再投与することもなかった.また,尿量は確保(それまでの6時間で375 mL(1.0 mL/時間/体重kg))でき,TLSの重篤化は回避できた.

翌日朝には,疼痛が増強(NRS 6/10)したために,呼吸回数に注意しながら,オキシコドンを増量した.次コース以降の化学療法の際には,オキシコドンの投与量をあらかじめ20%減量し,レスキューで対応することで呼吸抑制など症状の発現を回避できた.

表1 化学療法(DeVIC療法)2コース目前後の血液検査所見
表2 定期内服薬
図1 経過表

考察

TLSには,臨床検査値の異常で診断されるLaboratory TLS(LTLS)と,これに臨床症状を加味して診断されるClinical TLS(CTLS)がある(表34,5).自験例では,化学療法の前日の血液検査で,高尿酸血症,高カリウム血症,高リン血症を認めており,LTLSの診断基準に合致する.また,CTLSの診断基準のうち,尿量の減少から急性腎障害の基準を満たし,CTLSと判断した.

腫瘍崩壊症候群(TLS)診療ガイダンスでは,TLSのリスク評価を行い,それに基づいた予防処置が提唱されているが,自験例のような皮膚T細胞リンパ腫は,低リスク疾患に該当する6).これらの疾患に対する予防処置(表47)のうち,自験例では,化学療法の前日から,これら①②の予防処置が実施されていた.しかし,一方で,末梢血中の白血球数やLDH値,病変は全身の皮膚に及ぶことから腫瘍細胞量を推定すると,腫瘍細胞量は急速に増加傾向にあったと考えられたため,③の予防処置も実施しておいた方がよかったのかもしれない.

次に,本症例において発現した症状についてであるが,画像検査は実施していないが,肺水腫を疑うような呼吸不全症状や,脳血管障害を疑うような麻痺症状は認めなかった.一方で,オキシコドンとの関連性については,NRS 3/10程度であった疼痛がNRS 0/10に低下したこと,縮瞳がオピオイドの過量反応として考えられること8),ナロキソンの投与により著明に改善したことから,オキシコドンによる影響と考えられた.

さらに,本症例において,投与中のオキシコドンの副作用が,化学療法の当日,TLSの発症とともに出現した原因については,オキシコドンの代謝と排泄の過程にTLSが影響を及ぼし,オキシコドンのクリアランスの低下したことで,血中濃度が上昇したためと考えられた.

まず,オキシコドンの約5.5~19%は,未変化体として尿中から排泄されるが9),腎機能の低下は,腎臓でのオキシコドンのクリアランスに影響を及ぼす可能性がある10,11).本症例の場合,化学療法の開始から2時間後に尿量の減少を認め,それと同時に,呼吸回数の減少,傾眠,縮瞳といった症状が出現したことから,TLSによる急性腎障害が,オキシコドンの排泄に影響を及ぼしたと考えられる.

次に,オキシコドンのほとんどは,肝臓でCYP3A4およびCYP2D6によって代謝されるが9),肝血液量の減少が,肝臓での代謝を遅延させた可能性がある.本症例では,原疾患による全身の皮膚の剝離の影響で不感蒸泄が亢進しており,血管内脱水の存在が考えられる.実際に,血液検査では,尿素窒素/クレアチニン比は化学療法の前日で32.7,当日で32.4と上昇しており,血管内脱水の存在を裏付けている.血管内脱水による循環血液量の減少は,肝血液量の減少をきたし,オキシコドンの肝臓での代謝に影響を及ぼしたと考えられる.しかし,同容量のオキシコドンは,化学療法の3日前から投与されおり,それ以前にオキシコドンに起因する症状は認めなかったために,血管内脱水は中心的な原因ではないと考えられる.したがって,血管内脱水により肝臓での代謝が低下していた状態で,TLSによる腎臓での排泄の低下が加わり,症状の出現に至ったと考えられた.

さらに,オキシコドンと他の薬剤との相互作用についてであるが,フルコナゾール(表1)は,CYP3A4阻害作用を有し,イホスファミドやエトポシドは,オキシコドンと同様にCYP3A4により代謝される.化学療法前のフルコナゾールとの併用期間中に,オキシコドンの効果の増強を認めなかったが,総合的に,オキシコドンの血中濃度の上昇に寄与した可能性は否定できない.

本症例では,オキシコドンの投与量の調節を行うことで,疼痛コントロールが図れており,オキシコドンそのものが,化学療法の実施に影響を及ぼさなかったために,他のオピオイドへの変更は行わなかった.しかし,次コース以降の化学療法の際には,オキシコドンの投与量をあらかじめ減量することで,今回のような症状の発現を回避した.

表3 腫瘍崩壊症候群(TLS)診断基準
表4 腫瘍崩壊症候群(TLS)低リスク疾患の予防処置

結論

菌状息肉症に対する化学療法の数時間後にTLSを発症し,腎機能障害に伴って投与されていたオキシコドンによる呼吸抑制などの症状が発現した症例を経験した.化学療法中のオピオイド投与については,TLSなどの代謝異常症の発症,それに伴うオピオイドのクリアランスの低下により,オピオイドの効果が増強する可能性があることを念頭に置く必要がある.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

寺本は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の起草に貢献;林,長谷川,森井,森田,寺村は研究の構想およびデザイン,研究データの収集・分析・解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;木村,服部,住本,醍醐は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は,投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

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