2020 年 15 巻 2 号 p. 65-69
【緒言】難治性がん疼痛に対して,入院環境下で先行オピオイドを減量せずメサドンを上乗せし,効果と副作用を確認しながら薬剤調整を行うことで,痛みの増強なく安全にオピオイドスイッチングが可能であった症例を経験した.【症例】38歳男性.胃食道接合部がんの大動脈周囲リンパ節転移による心窩部痛と背部痛にモルヒネが不応であったため,メサドンを上乗せして開始した.効果と副作用を確認しながら先行オピオイドを漸減・中止し,痛みの増強なくメサドンへの完全なスイッチングが可能であった.【考察】メサドンへのスイッチングには複数の方法があり,本邦ではstop and go (SAG)が推奨されているが,一時的な痛みの増強が問題となる可能性がある.入院環境下でのモニタリングのもとであれば,一時的な痛みの増強を回避するために,先行オピオイドにメサドンを上乗せしてスイッチングを開始する方法は考慮し得ると考えられる.
メサドンは,他の強オピオイドでは効果が乏しい,もしくは副作用が問題となる難治性がん疼痛に使用する長時間作用型μオピオイド受容体作動薬である1〜3).今回われわれは,難治性がん疼痛に対して,入院環境下で厳重なモニタリングのもと先行オピオイドを減量せずメサドンを上乗せし,効果と副作用を確認しながら先行オピオイドを減量・中止することで,痛みの増強なく安全にオピオイドスイッチング(opioid switching: OS)が可能であった症例を経験したので報告する.報告については,遺族から同意を得た.
38歳男性.既往歴なし.2017年3月に心窩部痛を主訴に前医受診し食道胃接合部に腫瘤を指摘され,6月に当院に紹介された.精査で,胃食道接合部がん,多発リンパ節転移,Stage IVの診断となり,7月より化学療法を開始した.その後原発巣からの出血のため緊急入院となり,疼痛緩和目的に8月29日に緩和ケアチームに紹介となった.
診察時,心窩部痛と同レベルの背部痛を認め,痛みの強さはNumerical Rating Scale(NRS)4/10,性状は鈍痛であった.鎮痛薬として,アセトアミノフェン注射剤4000 mg/日,モルヒネ持続静注48 mg/日を使用していた.痛みの原因は,リンパ節転移による腹腔神経叢浸潤と考えた(図1).入院後の経過とオピオイド投与量を図2に示す.モルヒネのボーラス投与で痛みが改善することを確認し,2日かけてモルヒネを96 mg/日へ増量したが,NRSは変わらず,レスキュー薬使用も1日8回と多かった.レスキュー薬の使用量に従い,9月8日にはモルヒネ持続静注を240 mg/日まで増量したが,軽度の呼吸抑制を認め192 mg/日へ減量した.モルヒネ不応と判断し,超音波内視鏡下腹腔神経叢ブロックを2回行ったが,有効な鎮痛は得られなかった.非ステロイド性抗炎症薬は原発巣からの出血を懸念し入院後に中止していたが,9月13日からセレコキシブ定期内服を開始した.痛みの訴えはは変わらず,レスキュー薬も1日7回程度使用しており,メサドンの使用を検討した.メサドン開始と同時に先行オピオイドを中止する一般的な方法により一時的に痛みが増強することを患者が懸念し抵抗を示されたため,入院環境下で呼吸数や意識状態などのバイタルサインや副作用の定期的なモニタリングが可能であること,メサドンの血中濃度が緩やかに上昇すること,モルヒネは静脈内投与でありメサドンによる有害事象が出現した場合に速やかな減量・中止が可能であることなどを考慮し,患者に十分にリスクを説明し了承を得たうえで9月19日よりメサドン30 mg/日をモルヒネに上乗せして開始した.メサドン開始時に肝腎機能障害は認めなかった.メサドンへの換算量は添付文書上の換算表から30〜45 mg/日になると考えられた.有害事象出現時にもモルヒネを即時中止することでメサドンが添付文書での推奨量を超えないと考え,30 mgから開始した.NRSは3〜4/10と改善し,患者は痛みが軽減したと評価し,レスキュー薬使用は1日0〜1回と著明に減少した.当初はメサドンを開始し数日で鎮痛が得られればモルヒネを減量・中止する予定であったが,明らかな有害事象は認めず,患者もモルヒネ減量に不安を感じていたため,モニタリングを継続しつつ同量で継続した.患者は早期の退院を希望しており,9月26日にメサドンを60 mg/日へ増量すると同時にモルヒネを144 mg/日に減量,48 mg/日まで漸減した.10月3日にメサドンを90 mg/日に増量し10月5日にモルヒネは中止した.NRSは3/10,レスキュー薬は塩酸モルヒネ末20 mg/回に変更したがほぼ使用することなく,患者は痛みの治療に満足し自宅退院となった.メサドンの投与開始後,悪心・嘔吐,眠気,鎮静,呼吸抑制などの副作用は認めなかった.また,経過を通して心電図上のQT延長(以下,QT延長)は認めなかった.
EUS-CPN:超音波内視鏡下腹腔神経叢ブロック
NRS(Numerical Rating Scale)は1日の最大値を記載
呼吸数は1日の中で測定された最小回数を記載
メサドンは他の強オピオイドによる疼痛管理が困難な患者に対し,利益と不利益を総合的に検討したうえで投与する強オピオイドである.メサドンの鎮痛機序は,μオピオイド受容体以外に,NMDA受容体を介することで高い鎮痛効果を発揮すると考えられている1,2).メサドンは,その特徴的な特性から,使用に際しては以下の点で注意が必要である.①半減期が長く(約30時間)4),薬物動態の個人差が大きく調節性に乏しい,②CYP3A4やCYP2D6などの肝代謝酵素の阻害・誘導作用を持つ薬剤との併用によりメサドンの血中濃度が変動する薬物相互作用がある5),③他のオピオイドとの交叉耐性が不完全であるため2),他のオピオイドとの換算比は確立していない,④他のオピオイドと同じ副作用以外に,QT延長が起こる可能性がある2).メサドンへのOSを行う際には,先行オピオイドの投与量から適切なメサドンの投与量を決定することが難しく,重篤な有害事象も発生し得るため,患者ごとに注意が必要である.
メサドンへのOSの方法については,stop and go(SAG)と3 days switch(3DS)という二つの方法が多く報告されている6).両者ともに,推奨される換算比に基づき,先行オピオイド量から予定のメサドン量を決定する.
SAGは先行オピオイドを完全に中止すると同時にメサドンを開始する方法である.SAGは導入方法によっていくつかの種類があり,本邦の添付文書5)の方法もその一つである.SAGは,先行オピオイドによる副作用がある場合に,副作用消失までの時間が短くなる可能性があるが,メサドンへのOSの方法としてSAGと3DSを比較したランダム化第II相試験7)では,先行オピオイドの副作用消失時間には有意な差はみられなかった.SAGはOSの成功率が低いこと(77.7-85%)5,6),重篤な副作用の出現が多いこと7)などが欠点である.また,メサドンの効果が安定する前に先行オピオイドを中止するため,切り替え時に痛みが増強する例も報告されている8).
3DSは,約1/3の量ずつ3日間かけてOSする方法である.3DSは,SAGと比較し,OSの成功率が高く(93%)6),重篤な副作用の発生は認めなかった7)と報告されている.
本症例では,先行オピオイドを減量せずにメサドンを上乗せで開始するという,一般的に推奨されているSAGや3DSと異なる方法によって,痛みの増強なく安定したOSが可能であった.メサドンの効果を確認しつつ,先行オピオイドを減量・中止することができ,従来の方法で問題となり得る一時的な痛みの増強を回避し得ると考える.本邦における同様の報告はわれわれの知る限りはない.
海外では従来のオピオイドにメサドンを上乗せして開始する方法が報告されている.少量のメサドンを先行オピオイドに上乗せして併用する方法9,10)や,本症例のようにメサドンを先行オピオイドに上乗せしてOSを開始する方法11)などがある.メサドンを先行オピオイドに上乗せしてOSを開始した報告11)では,先行オピオイドに上乗せしてメサドンの導入・タイトレーションを行い,痛みが軽減した段階で先行オピオイドを減量し中止している.この報告では29例中20例で副作用がみられ11例が逸脱しており,高率な副作用の出現が問題であるが,外来で実施している点と先行オピオイドの投与量が経口モルヒネ換算で1024 mg (中央値)と多い点が本症例とは異なる.本症例では入院環境下で呼吸数や意識状態の十分な確認が可能であり,必要時には静脈内投与をしていた先行オピオイドを速やかに中止することもできたため,安全にOSを行うことが可能であったと考える.
本症例のメサドンの開始量については,先行オピオイドの経口モルヒネ換算量が384~576 mg/日相当であり,添付文書上ではメサドンに変更する場合30~45 mg/日と考え,30 mg/日を上乗せした.しかし,海外のガイドライン12)では,本邦の添付文書とは換算比が異なり,先行オピオイドが経口モルヒネ換算で200 mg以上の場合には20:1の換算が推奨されている.先行オピオイド使用にて呼吸抑制が出現し減量した本症例の経過を考えると,メサドンの上乗せ量はより少量にとどめた方が妥当であったかもしれない.
また,メサドンの増量については,30 mgを上乗せ後に有害事象の出現は全くなく,開始時に45 ㎎の上乗せも検討しており,早期の退院が望まれたため,厳重なモニタリング下でメサドンを60 mgへ増量すると同時にモルヒネの減量を行ったが,より安全性を考慮するならば,添付文書通り50 %の増量とすることが妥当であろう.
この症例において,先行オピオイド量からはメサドン30~45 mgに相当すると考えていたが,最終的に90 mgが必要であった.これについてはメサドンの薬理学的特性として薬物動態の個人差が大きいことが理由と考えた.
メサドンを上乗せし開始するOSを行う場合,オピオイド過量による呼吸抑制や意識障害には十分な注意が必要である.入院環境下,厳重なモニタリングのもとで,安全にOSが可能であると考える.海外の報告9,10)からは少量のメサドンを上乗せしてOSを開始する場合には外来通院中や在宅療養中でも安全に施行可能かもしれない.今後,先行オピオイドにメサドンを上乗せし開始するOSのメサドン開始量や成功率,副作用発生率は症例を集積し検討する必要がある.
入院環境下での厳重なモニタリングのもとで,メサドンを先行オピオイドに上乗せし開始することによって痛みの増強なく安全にOSが可能であることを示唆する難治性がん疼痛の1例を経験した.
著者の申告すべき利益相反なし
上原および松本は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献; 三浦,小林,五十嵐および吉野は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な遂行に貢献した.すべての著者は投稿論文 ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.