2020 年 15 巻 3 号 p. 205-212
本研究の目的は,患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の認識を明らかにすることである.ホスピスに勤務する看護師6名を対象に半構成面接を行い,質的記述的研究法を行った.看護師の認識として[意思決定に関わる困難感],[患者の意思を重視する態度],[意思決定に関わるための対処行動]を抽出した.看護師は患者に死を意識させる懸念に関連する困難感を抱えており,看護師が抱える負担は大きく,鎮静の説明や意思確認は容易ではないことが示唆された.一方,看護師の倫理観に基づく判断など患者の意思を重視する態度も見られた.患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の心理的支援として,多職種での話し合いの必要性が挙げられた.また教育的示唆として,経験の必要性が挙げられ,鎮静の意思決定に関わるロールプレイなどの体験を通した教育が必要である.
「がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き2018年版」1)(以下,手引き)では,「鎮静の施行にあたっては,患者の意思の尊重,ならびにチームでの意思決定が重要である」と明記され,患者の自律性が倫理的根拠として重要であるとされている.しかし先行研究2~6)では,家族の90%以上が鎮静の意思決定に参加しているものの,患者が鎮静の意思決定に関わる頻度は12~67%であった.患者が意思決定に関わらなかった多くの理由は,意識障害やせん妄などの認知機能障害であると報告されている2,3,7).一方,認知機能は正常で意思決定能力はあるものの,38%の患者に鎮静の説明がされていないとの報告がある8).その理由は,患者が鎮静を施行するに至る病状を受容していないことなどがあった.
また,鎮静に関わる看護師の役割の重要性9)が報告されている.国内の緩和ケア病棟を対象とした研究10)では,67%の看護師が医師不在時でも鎮静の開始を経験していた.そして,7.8%の患者が看護師のみと鎮静についての話し合いが行われていることや2),鎮静の説明は看護師が担うことが多い11)ことが報告されている.また,看護師は終末期の意思決定に関わるうえで,患者の自律性12)や希望を重視している13)ことが質的研究から示されている.
一方,鎮静に関わる看護師の負担感10,14)も報告されている.先行研究13,15)では,鎮静が生命予後短縮に影響する懸念や非身体的苦痛に対して鎮静を実施することについての困難感が多く示されている.しかし,国内の質的研究において,鎮静に関わる看護師の負担感の一つとして患者への鎮静の意思確認の難しさが挙げられているものの10,16),看護師が患者の鎮静の意思決定に関わることについて焦点をあてた研究は見当たらず,そこに向き合う看護師の認識は明らかになっていない.
本研究の目的は,患者が鎮静の意思決定をする際に関わる看護師の認識を明らかにすることである.これらを明らかにすることで,患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の心理的支援や教育のための基礎資料が得られると考える.
鎮静の意思決定に関わる看護師の認識について,内容を明らかにするため,半構成面接による質的記述的研究を用いた.
用語の操作的定義・鎮静:治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として,鎮静薬を投与すること1).
・認識:患者の鎮静の意思決定に関する看護師のとらえ方であり,今回は「鎮静の意思決定に関する看護師の思いや態度・行動で構成されている構造」とした.
・意思決定能力:手引き1)に従い,①自分の意思を伝えることができること,②関連する情報を理解していること,③鎮静によって生じる影響の意味を認識していること,および④選択した理由に合理性があること,をもとに判断するものとする.
鎮静の分類について,調査施設では2019年1月時点で「苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン2010年版」17)による鎮静の様式,水準で共通理解が得られていたため以下の定義を用いた.
【鎮静様式】
・持続的鎮静:中止する時期をあらかじめ定めずに,意識の低下を継続して維持する鎮静.
・間欠的鎮静:一定期間意識の低下をもたらしたあとに薬剤を中止・減量して,意識の低下しない時間を確保する鎮静.
【鎮静水準】
・深い鎮静:言語的,非言語的コミュニケ―ションができないような,深い意識の低下をもたらす鎮静.
・浅い鎮静:言語的,非言語的コミュニケーションができる程度の,軽度の意識の低下をもたらす鎮静.
対象ホスピスに勤務する看護師のうち,書面と口頭で研究主旨と倫理的配慮を説明し同意が得られた者とした.対象者は,有意標本抽出法18)により選定した.鎮静に関する患者の意思決定に3回以上関わっており,鎮静に関する説明や意思確認を自律して実践できること,またそれらの体験を振り返り十分に言語化できる看護師を調査施設の病棟師長に選定してもらい紹介を受けた.除外基準は設けなかった.紹介を受けた後,対象者へ研究の内容を説明し承諾を得た.鎮静に関する認識は経験によって異なる可能性があるため19),ホスピスでの経験年数2年未満,2年以上10年未満,10年以上からそれぞれ2名ずつ選定し,対面し書面を用いて依頼した.データ収集は1施設の2つのホスピスで実施した.
データ収集方法データ収集期間は2019年1~5月.研究者(S.K.)および(E.T.)により対面式の半構成面接を行った.所要時間は,対象者1名につき1回45分程度とした.面接場所は,対象者の職場内の面談室を使用しプライバシーが保たれるよう配慮した.また,対象者の承諾を得て,面接内容はボイスレコーダーに録音した.面接ではインタビューガイドに基づき,対象者が患者の鎮静の意思決定に関わる場面を想起してもらい,「実際の場面や,意思決定に関わる必要性を感じた場面でどのように感じたか」,「悩んだことや良い関わりができた経験,重視していること」などを質問した.さらに,語りに応じて補足的に質問を加えた.また,インタビューガイド作成後,1回のパイロットテストを経て本調査を実施した.
分析方法質的記述的研究法の方法論に基づき,谷津20),舟島21)が紹介している分析ステップに沿って内容分析を行い,Consolidated criteria for reporting qualitative research(COREQ)22)のチェックリストを用いた.
ボイスレコーダーで録音した面接内容より逐語録を作成し,対象者より内容の確認を得た.逐語録を繰り返し読み,本研究の目的に沿った語りから,意思決定に関わる場面,そのときの会話の内容や看護師の感情などに焦点を当て,意味の取れる最小単位の文節または段落を抽出した.抽出したデータについて,意味を成す文脈単位ごとに要約し意味内容を損なわないようにしてコードを作成した(第1コード化).次に第1コードのなかから意味内容の共通性を解釈・集約し,共通する意味を探り名前を付けた(サブカテゴリー化).さらに,それらの共通項を見出し,意味の近いサブカテゴリーを集約しカテゴリーを形成した(カテゴリー化).都度,逐語録に戻りながら意味内容の確認を繰り返し行った.
結果の厳密性を確保するために,各対象者に面接内容の逐語録と分析結果について確認し,同意を得た.分析は,ともに質的研究の経験があり,学士を有する女性看護師である研究者(S.K.)と,緩和ケア認定看護師の資格を有する女性看護師である共同研究者(E.T.)とで独立して行い,共同研究者である緩和医療専門医の資格を有する男性医師である共同研究者(N.M.)とともに合意が得られるまで繰り返し検討した.
主観的なバイアスを排除し真実性を担保するために,質的研究の経験がある緩和医療専門医よりスーパーバイズを受けた.
倫理的配慮本研究は,外旭川病院倫理委員会の承認を得て実施した(受付番号19-3).対象者には依頼文にて調査の目的と方法を説明した.対象者のプライバシーを保護するとともに,調査への参加は強制されることなく自由意志であり,研究の協力の有無によって対象者に不利益が生じないこと,研究データは個人が特定されないこと,本研究以外には使用せず,データや資料は研究責任者が鍵のかかる場所に保管することを説明した.また,面接調査中に体調不良や精神的ストレスなどの事由が生じた場合は,途中で中断できること,データを取り消すことができることを説明し,書面にて同意を得た.
対象者は依頼した全員から同意を得られ,女性6名であった.平均年齢は36.5±7.3歳(範囲29~50歳)であった.平均看護師経験年数は15.1±8.0年(範囲5~30年),平均ホスピス経験年数は5.6年±4.7年(範囲1~12年)であった.面接時間は,平均52.7±9.3分(範囲38~68分)で1名につき1回の面接を行った.
患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の認識患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の認識として,158個のコードから類似した14個のサブカテゴリー,3個のカテゴリーに統合した(表2).以下,カテゴリーは[ ],サブカテゴリーは〈 〉,特徴的な語りを「 」で示す.
1.[意思決定に関わる困難感]
このカテゴリーは,患者の鎮静の意思決定に関わる場面で看護師が抱く困難感を示している.困難感につながる看護師の思いとして,〈患者に死を意識させる懸念〉,〈患者に精神的負担をかけるつらさ〉,〈義務感と疑問の間に生じる葛藤〉,〈説明するタイミングの難しさ〉,〈患者に配慮した伝え方の苦慮〉,〈患者の言葉の不確かさ〉という6つのサブカテゴリーで構成された.
「鎮静の話をすることで,患者さんに最期が近いことを感じさせてしまうと思います.患者さん本人に意思確認することは,つらいですね」(ID1)
「鎮静前に同意が欲しいというのは医療者側の都合であり,そのために無理をして患者さんに意思確認することには疑問を感じます」(ID4)
2.[患者の意思を重視する態度]
このカテゴリーは,患者の鎮静の意思決定に向き合う看護師の信念や価値観などの態度を示しており,〈倫理観と使命感に基づいた判断〉,〈成功体験を基にした前向きな姿勢〉という2つのサブカテゴリーで構成された.
「判断力のある患者さんには説明して実施することが基本なので,意思確認することに抵抗や困難感はありません」(ID1)
「鎮静の説明をしたら,患者さんは『苦しまなくていいのね.聞いてよかった』と,すごく安心していました.自分が最期どうなるかっていう不安がすごくあったみたいなので,鎮静の話をしてよかったと思いました」(ID6)
3.[意思決定に関わるための対処行動]
このカテゴリーは,鎮静の意思決定に関わるために看護師が実践している対処行動や意識づけを示しており,〈意思確認しやすいタイミングを図る〉,〈患者に不安を与えない表現を工夫する〉,〈患者が思いを語りやすい信頼関係を構築する〉,〈死生観に関わる情報を活用する〉,〈意思決定に関わる迷いをチームで話し合う〉,〈経験を実践に生かす〉という6つのサブカテゴリーで構成された.
「患者さんに聞きにくいのは,患者さんとのタイミングが合っていないから.患者さんが死を意識したり,苦痛を訴えて方法を考えるタイミングで説明すると気まずさはないです」(ID4)
「タイミングや誰が意思を聞くかなど,悩んだときは多職種チームで話し合います.答えではなく,患者さんのために皆で考える過程を大事にしています」(ID6)
本研究では,患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の認識について,3つの重要な知見が得られた.
最も重要な知見は,患者の鎮静の意思決定に看護師が関わることについて,看護師がさまざまな思いを抱いているということである.とくに注目すべき点は,看護師が[意思決定に関わる困難感]を抱いており,その根底には「患者に死を意識させる懸念」があったということである.国内の観察研究8)では,せん妄を認めなかった患者において,鎮静について明確に説明できないまま鎮静が施行されていた理由として,不安から患者を守るために鎮静について知らせるべきではないとした臨床判断が挙げられている.また,鎮静の話し合いに関する先行研究23)では,生命予後の予測を認識している患者ほど,鎮静の話し合いに参加していることが示されている.これらは本研究で得た予後告知されていない患者や希望を持っている患者への困難感に関連する.看護師は患者の意思決定能力だけではなく,患者の病状認識や精神的側面を配慮したうえで,鎮静の意思決定について模索しながら関わっていることが推察される.
また,患者の意思決定に関する看護師を対象としたインタビュー調査24)では,患者が鎮静について話し合う状況ではないことや,症状の悪化や死が近いことなどを理由としたきっかけの難しさが挙げられており,本研究でも〈説明するタイミングの難しさ〉があり同様の結果を得た.一般市民を対象とした調査研究25)では,鎮静についての説明を受けたいと多くが希望しているが,説明を聞くタイミングについては,半数が「病状を受け止められるようになってから説明してほしい」と回答している.また,病状が進行して苦しむ前に知りたいという意見がある一方,苦痛が出てから知りたいという意見もあり26),鎮静の説明をするタイミングは患者によって希望が異なる可能性がある.手引き1)では鎮静についての患者への説明内容は,患者・家族のそれまでの意思決定に関する希望と,情報提供による影響とを十分に検討したうえで個別に判断することとしている.しかし,手引き1)では鎮静に至る状況を受け入れていない患者に対する説明内容やタイミングについては十分には言及されておらず,今後の検討が必要である.
また,本研究で看護師は,〈患者の言葉の不確かさ〉に葛藤も抱えていた.これは鎮静に関する看護師の負担についての研究において,患者の希望が不明確であることが最も大きな負担要因となっているとの報告14)と一致する.
以上より,鎮静の意思決定には患者が関与するべきという倫理的な前提はあるが,実際には,それに関わる看護師が抱える負担は大きく,鎮静の説明や意思確認は容易ではないことが示唆される.
一方,鎮静の意思決定に関わることについて,困難や抵抗はないといった意見や,困難や抵抗があったとしても意思確認するべきといった〈倫理観と使命感に基づいた判断〉がみられた.これは,先行研究における,患者の自律性や希望を重視する看護師の態度12,13)や,患者の意思決定について看護師の役割が重要であることを自覚している27)という結果とも一致する.また,本研究では,鎮静の意思決定に関わった〈成功体験をもとにした前向きな姿勢〉が語られていた.これらが,看護師が鎮静の意思決定に関わることへの後押しとなる可能性がある.
次に重要な知見は,看護師が鎮静の意思決定に関わる場面で,さまざまな経験によって得られた[意思決定に関わるための対処行動]をしているということである.
看護師は鎮静の意思決定に関わる際,タイミングの苦慮を抱えながらも患者との信頼関係を構築したうえでの介入時期を模索していた.その関係性のなかで患者との会話から得られた,「苦しまないことを希望していた」などの情報を推定意思に反映していた.患者の鎮静についての考えを得るためには,将来のことを普段から話し合っておくことが推奨されている24).本研究の結果からも,〈患者が思いを語りやすい信頼関係を構築する〉ことについて語られており,普段から将来を見据えた対話が重要であると考えられる.
また,看護師は患者の鎮静の意思決定に関わる負担や困難に対して,〈意思決定に関わる迷いをチームで話し合う〉ことの必要性を感じていた.先行研究では,鎮静後の看護師の葛藤に対して,チームサポートの必要性が述べられている14).患者の鎮静の意思決定に関わることについても同様に,多職種で話し合うことで看護師の心理的支援にもつながる可能性がある.
また,鎮静を説明する際,鎮静の内容の明確な説明は避け,「眠る」,「うとうとする」などの言葉を選び柔らかい表現を使っていた.このような〈患者に不安を与えない表現方法を工夫する〉ことにより,患者,看護師双方の負担の軽減が語られていた.看護師のコミュニケーションスキルが低いと看護師自身の鎮静に関する精神的負担が大きくなるとの報告14)がある.本研究では表現の工夫により,看護師の精神的負担の軽減につながる可能性が示唆された.過去の観察研究8)でも同様に,明確な説明ではなく,表現や雰囲気といった間接的な方法で鎮静の意図を伝えようとする方法が行われているが,その有用性は検討されておらず,今後の研究課題である.
次に得られた知見は,鎮静の意思決定に関わる看護師の教育について,経験を重視していることである.本研究では対象人数が少なく経験年数による認識の差は明らかにはできないが,ホスピスでの経験が2年以上の看護師は,多くの対処行動がみられる傾向があった.先行研究では,鎮静に関する経験不足が看護師の負担感に関連していること28)や,看護師の鎮静に関する知識は経験に由来しているという報告19)がある.本研究でもホスピスでの経験が10年以上の看護師から,「患者に説明して実施することが基本なので意思確認に困難感や抵抗はない」といった語りが聞かれた.これは,倫理観や成功体験をもとに,意思決定に関わることを肯定的に捉え直すことで困難感の軽減につなげるなど情動焦点型コーピング29)を獲得していることが考えられた.このように,鎮静の意思決定において経験を重ねることで精神的負担の軽減につながる可能性がある.今後,鎮静の意思決定に関わる経験を重ねるため,ロールプレイなどの体験を通したトレーニングが看護師の教育的支援につながる可能性がある.
本研究は単施設での調査であるため対象人数に限りがあり,また鎮静の実施率や鎮静の方針,実践については施設ごとに差異がある9)と考えられるため,結果の一般化には限界がある.今後は本研究をもとに,鎮静の意思決定に関する多施設での実態調査と,看護師の関わりに関する研究が必要である.
患者の鎮静の意思決定に関わる看護師の認識には,[意思決定に関わる困難感],[患者の意思を重視する態度]があり,看護師がさまざまな思いや態度を抱いていることが見出された.患者の鎮静の意思決定に関わる際,看護師が抱える負担は大きく,鎮静の説明や意思確認は容易ではないことが示唆された.一方,看護師の倫理観に基づく判断など患者の意思を重視する態度も見られた.また,看護師はさまざまな経験から得た,表現やタイミングの工夫,信頼関係の構築など[意思決定に関わるための対処行動]をしていた.鎮静の意思決定に関わる看護師の心理的支援として,〈意思決定に関わる迷いをチームで話し合う〉ことが挙げられた.教育的示唆としては〈経験を実践に生かす〉ことが得られ,鎮静の意思決定に関わるロールプレイなどの体験を通した教育が必要である.
本研究の実施にあたり,ご協力いただいた対象者の皆様に深く感謝申し上げます.
著者の申告すべき利益相反なし
工藤および冨野は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草に貢献;松尾は研究の構想およびデザイン,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.