Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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原著
アドバンス・ケア・プランニングの実践における医師の障壁─単施設質問紙調査より─
中山 智裕吉田 健史森 雅紀
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電子付録

2021 年 16 巻 1 号 p. 19-25

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Abstract

【背景】国内の実臨床でのアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の実践の度合いや阻害因子は明らかでない.本研究の目的は,医師におけるACPの実践の度合いを明らかにし,実践の阻害因子を探索することである.【方法】地域の基幹病院(934床)の医師対象に質問紙調査を行い,ACPに関する実践,認知,考えを尋ねた.ACPを実践していない要因を同定するため,二項ロジスティック解析を行った.【結果】186 名中90名(48%)が回答し,ACPを実践していたのは42名(46%;95%信頼区間37-57%)だった.「実践していない」ことに影響する独立因子として,ACPの認知の欠如に加え,リソース・時間の欠如や実践に労力がかるという考えが含まれた.【結語】ACPを実践していた医師は半数に満たなかった.今後,ACPの認知度の向上,実践のための時間・労力の確保等勤務面の見直しが求められる.

緒言

アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning: ACP)は厚生労働省にて「人生の最終段階の医療・ケアについて本人が家族などや医療ケアチームと事前に繰り返し話し合うプロセス」と定義されている1).患者本人や家族などと信頼関係を築きながら,生活面・医療面を含めこれからの治療・ケアに関して話し合いを行うプロセスが重視されており,事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)の作成よりも広い概念とされる2,3).ACPの有効性に関して多くのランダム化比較試験や系統的レビューが発表されており,ACPにより患者の意向に沿ったケアが提供されること,患者・家族の満足度が上昇すること,残された遺族の不安や抑鬱が軽減することなどが示されており,その導入が世界各国で試みられている48)

2017年に施行された厚生労働省による全国調査9)では,41%の医師がACPを「知らない」,66.2%が「実践していない」と回答し,大半の医師がACPを実践していない現状が明らかになった.2018年に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が改訂され,そのなかに新たにACPの概念が盛り込まれた1).ACPの普及には,実臨床における医師のACPの実践に関する阻害因子を理解することが重要である.海外では医師のACPの実践に関する阻害因子が系統的に同定されているが1012),文化や医療制度の異なる日本で何が阻害因子になるかはほとんど知られていない.

本研究の目的は,地域の基幹病院の医師におけるACPの実践の度合いを明らかにし,実践の阻害因子を探索することである.

方法

対象

地域の一基幹病院である聖隷三方原病院(病床数934)に勤務する医師を対象とした.幅広い対象の実践を把握するため,適格基準として臨床経験年数は問わないことした.除外基準は患者を直接診察・治療することのない病理診断科の医師とした.

デザインと調査項目

質問紙調査による横断調査を行った(付録図1).質問紙は無記名式とし,2019年10月13日から同年12月13日までの間を実施期間とした.質問紙は各医師の医局に配置されているポストの中に投函する形で配布を行い,全数督促を10月30日に一度施行した.調査項目として,ACPに関する実践と実践に影響を及ぼしうることが示唆されている要因として,医師の背景因子,ACPの認知,終末期についての話し合いに関する考えとを含めた1014).実践・認知に関しては過去の厚生労働省調査9)を,終末期についての話し合いに関する考えは先行研究1014)をもとに,著者ら(中山,森)の討議を経て作成した.

ACPの実践に関しては,調査内容を明確にするために,厚生労働省の全国調査で用いられた「ACPとは今後の医療・療養について患者・家族等と医療従事者があらかじめ話し合う自発的プロセスのことである.患者の同意のもと,話し合いの結果が記述され定期的に見直され,ケアにかかわる人々の中で共有されることが望ましい.そしてACPの話し合いには,患者本人の気がかりや意向・患者の価値観や目標・病状や予後の理解・医療や療養に関する意向や選好,その提供体制が含まれる」という解説を提示した9).そのうえで,「実践している」「実践していない」で回答を求めた.ACPの認知は,実践の項目に先立ち,厚生労働省の上記調査で用いられた通り,「よく知っている」「聞いたことはあるがよく知らない」「知らない」の3件法で回答を求めた9)

終末期についての話し合いに関する考えとして,「終末期の話し合いを患者にすると,怒りやショックなどの強い感情を引き起こす」「死について話をするのがつらい」「終末期についての話し合いをする時間がない」「終末期についての話し合いをするには,大変な労力と準備が必要である」「終末期についての話し合いで必要な時に気兼ねなく相談できる外来・病棟看護師がいる」などの計23項目について,5件法(1:「全くそう思わない」~5:「とてもそう思う」)で回答を求めた14)

医師の背景として,年齢,性別,専門科,診療年数,主治医として死亡まで治療した患者数,診療の立場(主治医として死亡まで診療するかどうかなど)を取得した.「終末期についての話し合いに関する考えの項目に対して探索的に因子分析を行い,以下の因子を抽出した: 「医療は患者中心であるべき」(4項目,α=0.554),「ACPの実践の仕方に関しての教育が欠如している」(2項目,α=0.763),「ACPにより患者・家族の不安が惹起される」(3項目,α=0.880),「ACPを実践する上での時間が欠如している・実践には労力がかかる」(2項目,α=0.561),「ACPを実践する際に協力を得られるリソースが身近にある」(6項目,α=0.670),「ACPの実践により医師にマイナスな感情・影響が及ぶ」(5項目,α=0.681).なお,「死を避けるために最期まで医師は治療すべき」に関しては他の項目とのグループ化は行われなかったものの,ACPの実践に影響を与える可能性を考慮し,単独で説明変数とすることとした.

データ分析方法

基本属性ならびに回答内容に関して記述統計を行った.またACPの実践に対して影響を与える因子を探索するため,ACPを「実践していない」という回答を目的変数とし,対象者背景,ACPの認知,終末期についての話し合いに関する考えを説明変数とし,単変量解析を行った.なお診療科に関しては,ACP関連の話し合いについての意向を研修医と指導医で比較した先行研究12)も参考に,研修医をreferenceとして設定した.次に,単変量解析の結果p<0.1となった項目を説明変数として,多変量解析(二項ロジスティク解析)を行った.統計解析はIBM SPSS Statistics version 19(日本IBM,東京)を用い,p<0.05を有意とみなした.

倫理的配慮

本研究は聖隷三方原病院の倫理委員会の承認を得て実施した.

結果

参加者の基本属性

聖隷三方原病院の適格基準を満たす全医師186名のうち,90名から回答を得た(回答率48%).参加者の基本属性を表1に示す.年齢の平均は37歳,診療年数の平均は11年であった.専門科は内科が25名(27%),外科が20名(22%),ホスピス・緩和支持治療科が13名(14%)であり,研修医が22名(24%)であった.主治医として患者を死亡まで診療する医師は回答者全体の83%であった.

表1 参加者背景/回答

ACPの実践,認知,終末期についての話し合いに関する考え

ACPの実践に関しては「実践している」が42名(46%:95%信頼区間(CI):37-57%)と回答者の約半数がACPの実践を試みていることが明らかになった.ACPの認知に関しては,「よく知っている」が23名(25%:95%CI:18-36%),「知らない」が35名(39%:95% CI:18-36%)であった.

終末期についての話し合いに関する考えは,7つに分類された.最も点数が高いのが「医療は患者中心であるべき」(平均点4.1)という考えであった.一方,「ACPにより患者・家族の不安が惹起される」(平均点3.3),「ACPの実践の仕方に関しての教育が欠如している」(平均点3.3),「ACPを実践するうえでの時間が欠如している・実践には労力がかかる」(平均点2.9),「ACPの実践により医師にマイナスな感情・影響が及ぶ」(平均点2.2)という懸念も示された.同時に,「ACPを実践する際に協力を得られるリソースが身近にある」(平均点2.6)という考えも示された.分布を付録表1に示す.

ACPの実践に影響を与える因子

単変量解析の結果では,診療科(研修医 vs 内科医,オッズ比(OR)=0.13;95%CI:0.30-0.50;p=0.003),ACPの認知(「よく知っている」vs「聞いたことはあるがよく知らない」:OR=7.20;95%CI:2.1-25.08;p=0.002)ならびに,終末期の話し合いに関しての考え方の項目のうち「ACPを実践するうえでの時間が欠如している・実践には労力がかかる」(OR=2.51;95%CI:1.19-3.62;p=0.013),「ACPを実践する際に協力を得られるリソースが身近にある」(OR=0.30;95%CI:0.16-0.54;p=0.00)等において有意な差を認めた(表2).

多変量解析の結果,診療科(研修医 vs 内科医,OR=0.15;95%CI:0.20-0.80;p=0.027),ACPの認知の欠如(「よく知っている」vs「聞いたことはあるがよく知らない」:OR=7.37;95%CI:1.26-43.92;p=0.026,「知らない」:OR=12.06;95%CI:1.43-101.98;p=0.022),「ACPを実践するうえでの時間が欠如している・実践には労力がかかる」(OR=3.28;95%CI:1.23-8.78;p=0.018)が,ACPを実践していないことに対して独立した因子として有意に影響を及ぼしており,「ACPを実践する際に協力を得られるリソースが身近にある」(OR=0.41;95%CI:0.17-1.01;p=0.053)も影響を与える傾向があった(表3).

表2 ACP実践に対して影響を及ぼす因子(単変量解析)
表3 ACP実践に対して影響を及ぼす因子(多変量解析)

考察

本研究は,「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が改訂された後,地域の基幹病院の医師におけるACPの認知・実践の度合いを明らかにし,実践に関する医師の阻害因子を系統的に探索した初めての研究である.

最も重要な知見は,ACPの実践に際してはACPの認知の低さのみならず,実践に労力がかかること,リソース・時間が欠如することなどシステム・医療者要因が障壁となっていたことである.同様の結果は,海外で行われた過去の研究1012)においても指摘されている.わが国でもACPの認知度を上げる組織的な取り組みやACP実践のための時間・労力の確保の試みが必要と考えられる.具体的な方策としては,先行研究にてACPの対象者を同定するためのスクリーニングツールの使用,ならびに電子カルテの整備といったシステム要因の整備や,勤務面の見直しなどの対策を系統的に講じていくことが,有望であることが報告されている2,7,8,10).スクリーニングツールとしてはサプライズクエスチョンス7,8,15,16)やSPICT17,18)の活用等が報告されており,国内での使用が可能と考えられる.今後,これらの複合的な方策を国内で実装すること,患者ならびに患者家族の利益につながるかを実証研究や質改善プロジェクトを通して検証していくことが求められる.

次に重要な知見は,ACPを実践している医師の割合(46%)が,過去の医師対象の全国調査9)(27.3%)と比べて高いものの,半数にも満たなかったことである.先行の調査との差について考えられる理由としては,各調査が行われた2年間のうちにACPに関する国内の啓発が進んだこと,当院がACPの実施を指定要件に定められているがん診療連携拠点病院でありACPを実践する役割を医師がより認識していた可能性があること,緩和ケアチームの存在等,ACPを実践するうえでの支援体制があること1921)などが挙げられる.とくに緩和ケアチームの介入内容にはACPをはじめとする意思決定支援が含まれている19,21).緩和ケアチームとの協働を通して,ACPを実践する医師が増えた可能性は否定できない.しかし,実践の割合は過去の調査と比較し高くはなっているとはいえ全体の半数に満たず,より国内の臨床現場に即した教育的な対策が求められる.

診療科に関しては,今回の研究では研修医に比べ内科医であることがACPをより実践することにつながるとの結果を認めた.本邦の臨床研修施設においてACPを研修医のみで実践すること,ならびにその実践の度合いを上級医と比較し,一般化することは困難であることが考えられるが,先行研究12)においても,研修医は内科指導医と比較されており,先述したACPの広い概念を踏まえると初期研修医におけるACPの実践の程度を調査する意義は少なくないと考えられる.同研究では研修医に比べ内科指導医はこれからの治療・ケアについての話し合いに,より関心を持って診療を行う傾向にあることが報告12)されている.人生の最終段階に直面する機会の多さや医師としての役割意識の異なりといった両者の立場の違いが影響している可能性が考えられる.診療科の違いが終末期についての話し合いへの態度に関連することが海外から報告されている13)ことも考慮すると,今後さらに多様な背景の医師を対象とした大規模な研究での検証が必要と考えられる.

本研究の限界としては,研究のデザインが医師のみを対象とした小規模な単施設調査であること,調査項目の妥当性・信頼性が十分に検証されていないこと,回答率の低さが挙がる.調査対象に関しては,本研究では国内の先行研究22)にてACPを実践する際の話し相手として,医療者の中では主治医が最も望まれたとの結果に基づき調査対象の設定を行った.しかし,ACPの実践には基幹病院の主治医のみならず,かかりつけ医,コメディカルスタッフといった多職種の関わりが必須であることを踏まえると,調査対象を患者に関わる医療スタッフ全体に拡大した研究へと発展させていくことが望ましい.研究のデザインにおいては,小規模かつ単施設であるため,診療科の偏りや地域性といったバイアスが存在することが考えられ,いくつかの因子においては有意な差を検出しきれていない可能性がある.またサンプル数に比して独立変数が多く,多変量解析においてはoverfittingの可能性が否定できず,結果を一般化するには慎重な検討が必要である.本研究の調査項目の妥当性・信頼性には,十分に検証されてはいないが,ACPの実践,認知や終末期についての話し合いに関する考えについては国際的にも確立した評価尺度がないことを踏まえ23),本研究では可能な限り先行研究に基づいて調査項目を設定した.またACPの実践の有無の判断に関しては,過去の先行研究を踏襲した形式で質問紙を作成したもののACPを知らない医師に対しても実践の度合いを調査し,さらに実践の有無に関しては各医師の認識に基づき判断がされている.そのため,実際の実践の程度とは乖離する可能性が否定できず,実践の度合いをより正確に評価するため前向き試験による調査が望まれる.これらの課題を踏まえ,今後は大規模な多職種を対象とした前向き多施設研究により今回認めた阻害因子の検証を行うとともに,ACPの効果的な実践に向け日本の臨床現場に即したプログラムを構築していく研究が必要である.

結論

地域の一基幹病院において,ACPの実践率は約半数であり,実践の阻害因子として認知度の低さに加え,実践に労力がかかることや時間・リソースの欠如といったシステム・医療者要因が存在していることが示唆された.ACP実践率の向上のために,今後ACPの認知度を上げる組織的な取り組みや,ACP実践のために時間・リソースを確保するための勤務面やシステムの見直しを行っていくことが必要である.

謝辞

本研究に協力いただいた,聖隷三方原病院医師ならびにスタッフの皆様に心より御礼申し上げます.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

中山,森は研究の構想およびデザイン,研究データの収 集,分析,解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;吉田は研究データの解釈,原稿起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
© 2021日本緩和医療学会
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