2021 年 16 巻 1 号 p. 79-84
緩和ケアの均てん化が求められているが,専門家不在の地域での普及方法は検証が少なく,本邦においても緩和ケアの専門家によるアウトリーチが期待されている.本研究の目的は,緩和ケアの専門家が不在な地域での緩和ケアアウトリーチの介入点を検討することである.宮城県登米市の訪問看護師を対象に,緩和ケアに関する困難感,自信・意欲,実践についてリッカート法でアンケート調査を行い,5カ所の訪問看護ステーションの看護師39名が回答した.困難感は「症状緩和」,「医療者間コミュニケーション」で高かった.自信が低く,意欲は高い傾向であり,とくに自信の低い項目は「医師とのコミュニケーション」,「スタッフの支援」であった.また「往診医や主治医との連携」,「ヘルパーとの連携」で実践度が低かった.これらの結果から,地域の「顔の見える関係」を強化し,訪問看護師の自信を高める関わりが,緩和ケアアウトリーチにおいて有効と考えられた.
がん対策基本法では,がん診療に携わるすべての医療従事者が基本的な緩和ケアの技術や知識を習得するとともに,へき地を含めた全国で緩和ケアが提供されるよう体制を整備するよう定めている.しかし地域の医療者は専門的な緩和ケアのトレーニングを受ける機会が乏しく,本邦の大規模調査においても,緩和ケアを専門とする医療者が身近にいないために,緩和ケアに関する知識,自信が低いと報告されている1).
地域で中心となる診療機関に,専門家が定期的に訪問し共に診療に携わることで,地域の医療従事者のスキルや知識が向上することを目的とする活動をアウトリーチと呼ぶ.アウトリーチは複数の医学領域での有効性が示されており2),欧米や豪州では専門的緩和ケアのアウトリーチについても有効性や教育面の効果が示されている3,4).本邦でも,緩和ケア普及のための地域プロジェクト(Outreach Palliative care Trial of Integrated regional Model: OPTIMプロジェクト)やがん対策推進基本計画,政策等で在宅医療をはじめとした地域医療の緩和ケアの推進プロジェクトが計画され,専門的緩和ケアのアウトリーチの有用性が検討されてきた5).井村らは,緩和医療を専門とする医師と緩和ケア認定看護師が地域の在宅療養支援診療所に月1回介入する効果を検証し,地域医療従事者の満足度を中心にその有効性を評価した6).しかし,広く推奨される緩和ケアのアウトリーチプログラム事業は,同報告以降本邦で報告されていない.
宮城県登米市は,稲作や畜産を中心とした一次産業が盛んな地域で,2018年の人口が80,476人,65歳以上が占める高齢化率は32.9%7),2019年の自宅および施設での看取り率は23.6%である8).今後も高齢者人口が増加することが予想されており,地域における緩和ケアや終末期ケアのニーズが高まっているが,地域の病院・診療所,訪問看護ステーションを含めた医療機関に緩和ケアを専門とする医療者は不在である.われわれは,本地域で在宅診療専門診療所および機能強化型在宅療養支援診療所として24時間体制で訪問診療・往診を行っているやまと在宅診療所登米と連携し,緩和医療を専門とする医師の定期的な診療を中心とした緩和ケアアウトリーチを開始した.緩和ケアに関する訪問看護師への教育効果を調査するために,介入開始時および1年ごとにアンケート調査を行っており,本報告では,アウトリーチ介入開始時の結果から同地域の訪問看護師が抱える緩和ケアについての問題点や困難感について考察し,アウトリーチの活動内容について報告する.
やまと在宅診療所登米と連携し,がん患者の診療を行う,訪問看護ステーションおよび同診療所に所属する訪問看護師を対象とした.
データ集積方法2018年9月に各施設に質問紙を送付し,対象者は1カ月以内に回答を行い返送した.
調査項目1.対象者の背景
看護師としての勤務年数,訪問看護の勤務年数,緩和ケアの経験年数,1年間に携わるがん患者数,1年間に関わる看取りの回数を調査した.
2.緩和ケアに関する訪問看護師の困難感,自信・意欲,実臨床における実践
Shimizuらが開発した「緩和ケアに関する医療者の困難感尺度(訪問看護師バージョン)」,「緩和ケアに関する医療者の自信・意欲尺度(訪問看護バージョン)」,「緩和ケアに関する医療者の実践尺度(訪問看護バージョン)」を用いた.困難感は「症状緩和」「医療者間のコミュニケーション」「患者・家族とのコミュニケーション」「地域連携」「家族ケア」「看取りケア」の6項目18問について,自信・意欲は「緩和ケアに対する自信」「スタッフへの支援に対する自信」「医師とのコミュニケーションへの自信」「緩和ケアに対する意欲」の4領域12項目について,緩和ケアの実践は「疼痛ケア」「患者・家族中心のケア」「療養場所の希望」「往診医や病院の主治医との調整」「ケアマネージャー・ヘルパーとの調整」「家族ケア」の6領域26問について尋ねた.回答は,各項目を5段階リッカートンスケールで求めた.これらの尺度は妥当性が確認されている9).
3.自由記載
井村らの先行研究6)の調査項目をもとに,終末期がん患者を診療する際に感じていること,地域緩和ケアアウトリーチチームについて期待することや取り組みたいことについて自由記載で質問した.
分析方法自記式質問紙による調査を行い,記述統計を行った.
倫理的配慮本研究は東北大学医学系研究科倫理委員会の承認を受けている(2018-1-453).調査への参加は対象者の自由意思によるものとし,質問紙への回答をもって同意とした.
回答者は5カ所の訪問看護ステーションに所属する看護師39名,看護師経験年数は中央値20年(範囲4〜35年),訪問看護経験年数は中央値5年(範囲0〜17年),緩和ケア経験年数は中央値5年(範囲1〜17年)であった.1年間に携わるがん患者の平均人数は30.4人,看取りの平均回数は10.7回であった(付録表1).
緩和ケアに関する困難感は,「症状緩和」と「医療者間のコミュニケーション」の項目でとくに高かった(図1).緩和ケアに関する自信・意欲は,自信があると回答した割合が多くの項目で3割以下であるのに対し,緩和ケアへの意欲は高かった.自信がとくに低い項目は,「医師とのコミュニケーションへの自信」であり,次いで「スタッフへの支援に対する自信」であった(図2).緩和ケアの実践は,「往診医や病院主治医との連携」,「ヘルパーとの連携」で低かった(図3).
自由記載では,終末期がん患者の診療で感じていることとして,「終末期をその人らしく過ごせるよう支援したい」,「関われることを嬉しく思う」といった意欲や喜びなどの前向きな表現と同等に,「自分のせいで状態が悪化するのではないか」,「自尊心を傷つけていないか怖い」といった自信のなさ,不安や恐怖の記述が散見された.また緩和ケアアウトリーチに期待することとして,職種を超えた地域全体で緩和ケアの普及,緩和ケアの知識・スキルアップを希望する意見が見られた.
各項目について「非常によく思う」「よく思う」と回答した割合.
各項目について「非常によく思う」「よく思う」と回答した割合の推移.
各項目について「常に行っている」「たいてい行っている」と回答した割合.
本研究は,特定の地域の複数の訪問看護ステーションを対象に訪問看護師の緩和ケアの困難感や自信について調査した研究であり,緩和ケアアウトリーチを行ううえでの介入点を示唆する結果が得られた.
調査結果の全体像本地域の訪問看護師は緩和ケアへの意欲は高いが自信が低く,症状緩和だけでなく,医療介護従事者間のコミュニケーションや地域連携に課題があることが明らかとなった.意欲に比し自信が低い傾向から,緩和ケアアウトリーチの介入による効果が期待でき,その方法として地域の医療介護福祉関係者の連携強化につながる取り組みが望ましいと考えられた.
OPTIMプロジェクトでは,「地域緩和ケアプログラム」に第一に求められ,効果として認識されるのは,「地域内での医療福祉従事者間のコミュニケーションの改善」であることが示されており10),10年の時間経過を経ても地域の緩和ケアの向上に求められるものは変わらないことが示唆された.また,緩和ケアに関する地域連携において「顔の見える関係」が強い影響をもたらし,お互いの顔と名前がわかるのみならず,人となりや考え方がわかり,信頼して一緒に仕事ができることにより地域連携が促進されることが示されている11).地域の医療介護従事者の「顔の見える関係」を促進し,医療介護従事者間のコミュニケーションの改善を目指すことが,本アウトリーチの最も重要な課題と考えられる.
地域の特色本地域の特徴を検証するため,2008年に「看取り強化プログラム」に参加した全国の訪問看護師を対象に行われた先行研究12)と比較した.使用されたアンケート調査の尺度は本研究と同様である.自信・意欲尺度,実践尺度の傾向はほぼ同様であったが,意欲の尺度は先行研究に比し低かった.一方,困難感尺度については傾向が異なり,「症状緩和」,「患者・家族とのコミュニケーション」,「看取りのケア」,「家族ケア」の領域では先行研究に比べ困難感を感じている割合は少なく,「医療者間のコミュニケーション」,「地域連携」については,困難感を感じている割合は先行研究と同等であった.これらの差異は,先行研究の対象者が意欲が高く問題意識の高い集団であったほか,緩和ケアの普及に伴い当時に比し全国的に訪問看護師の知識やスキルが向上していることが影響している可能性がある.また本調査で患者家族とのコミュニケーションや看取りの困難感が低い要因として,地域出身の訪問看護師が多く患者家族との距離感が近いことが影響しているかもしれない.
本地域は非常勤医師による診療が多く,患者や医療介護福祉従事者と継続的に関わる医師が少ない環境である.訪問看護師は緩和ケアの中心的な存在として,ときに自律的に患者の予後予測に沿ったケアや説明を行い,医師や介護福祉従事者との連携を行う必要がある.看護師は実践した看護を省察することで自律的な臨床判断が磨かれることが示されており13),緩和ケアアウトリーチで訪問看護師が実践した看護を振り返り次の自信につなげ,地域の緩和ケアをけん引できるような関わりが重要であると考えられた.
調査結果から本地域では,顔の見える関係の強化を意識しながら,地域の訪問看護師の緩和ケアに対する自信を向上する取り組みが重要であると考えられた.アウトリーチは現在3年目に入り,緩和ケアを専門とする医師の診療同行や,地域の医療介護従事者で集まり症例検討や勉強会を行っている.今後,介入後の訪問看護師のアンケート調査をもとに,本地域での緩和ケアアウトリーチの有効性を検証し報告する予定である.
本調査はやまと在宅診療所登米の事務スタッフの協力を得て実施された.
著者の申告すべき利益相反なし
佐藤,田上恵太は,研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献;田上佑輔,青山,井上は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終認証,および研究の説明責任に同意した.