Palliative Care Research
Online ISSN : 1880-5302
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症例報告
肺がんStage IVのがん性疼痛緩和に用いた推奨治療用量のアセトアミノフェン注射剤による急性肝不全の1例
滝本 佳予
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2022 年 17 巻 2 号 p. 71-75

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Abstract

【緒言】アセトアミノフェン(APAP)の過量もしくは長期投与による肝障害は知られているが,治療推奨用法・用量の範囲内でのAPAPによる急性肝不全は稀である.今回われわれは,推奨用法・用量のAPAP注射剤を用い,急性肝不全に陥ったものの回復した1例を経験したので報告する.【症例】患者は56歳の肺がんstage IV,肝機能正常な女性.摂食不振とがん性疼痛のために入院し,胸膜・肋骨転移の鎮痛のためにAPAP注射剤1回1 gを6時間ごとに使用したところ,11 g使用後にAST/ALTが3104/1212 IU/Lと上昇した.血液吸着療法,血漿交換を実施し,N-アセチルシステインの内服を開始して,速やかに肝機能は改善した.【考察】APAP注射剤は緩和ケア領域で用いられることも多いが,推奨使用量でも経口摂取が不十分な担がん症例では体内のグルタチオン枯渇により肝不全が生じる可能性があり,使用時には常に念頭におく必要がある.

Translated Abstract

Introduction: There are many reports about hepatotoxicity associated with acute overdose or long-term use of acetaminophen, but few reports of that associated with therapeutic doses. We present a case of acute liver failure with hepatic coma caused by therapeutic doses of intravenous acetaminophen for cancer pain relief in palliative care setting. Case: The patient was a 56-year-old woman with stage IV lung cancer and normal liver function. She was admitted to the hospital because of anorexia and cancer pain. She received 1g intravenous acetaminophen every six hours for analgesia of pleural and rib metastasis. The patient’s AST/ALT levels were elevated at 3104/1212 IU/L, while she was receiving 11 doses of intravenous acetaminophen. She was treated with oral N-acetylcysteine, hemadsorption and plasma exchange therapy. Liver function returned to normal soon. Discussion: Therapeutic doses of intravenous acetaminophen is generally used in palliative care setting, and hepatic failure may occur due to glutathione depletion in patients with cancer anorexia. The potential hazard of rare but serious complications should always be kept in mind even with therapeutic doses.

緒言

アセトアミノフェン(N-acetyl-p-aminophenol: APAP)の薬物性肝障害は,広く知られている過量や長期使用の場合だけでなく,推奨されている用法・用量の範囲内であっても生じ得る13.しかし急性肝不全にまで至った報告は少ない4,5.今回,進行がん患者のがん性疼痛緩和のために推奨用法・用量の範囲内でAPAPの注射剤を用い,急性肝不全に陥ったが,APAPを中断のうえ速やかにN-アセチルシステイン(NAC)内服および血液浄化療法で対応し,肝障害から回復し得た症例を経験したので報告する.

症例提示

56歳女性.154 cm, 58 kg.生来健康であったが2018年10月,血痰の精査で左上葉肺腺がんが判明し,リンパ節転移とがん性胸膜炎を伴い,stage IVと診断された.化学療法と分子標的療法を継続したが,2021年9月,左胸壁・肋骨浸潤による左胸背部痛と多発小脳転移による悪心嘔吐について緩和ケアチーム(以下,PCT)に紹介された.オピオイドの内服および病変部への緩和的放射線照射(30 Gy)で左胸背部痛は解消し,脳転移へはγナイフを実施した.その後,ブリグチニブで薬剤性肺障害が生じて中止し,プレドニゾロン内服を開始した.2021年11月,ドセタキセル+ラムシルマブを開始後,副作用の下痢が持続した.2022年1月,悪心嘔吐も生じて摂食と内服ができない状態が1週間続き,強度の胸背部痛も生じて緊急入院し,PCTに再紹介された.入院時,体重は54 kg.入院前の処方薬は,プレドニゾロン10 mg,ランソプラゾール15 mg/日,ヒドロモルフォン24 mg/日,プレガバリン300 mg/日,セレコキシブ200 mg/日であった.CTで左胸壁・肋骨浸潤の増大があり,鎮痛薬の内服自己中断と併せて左胸背部痛が悪化したと判断してヒドロモルフォン注射剤4.8 mg/日を直ちに開始した.左胸水貯留もあったが酸素飽和度97%で呼吸症状はなかった.悪心嘔吐の原因として,頭部MRIで小脳転移病変は縮小しており,採血で異常はなく,セレコキシブとプレドニゾロンの長期内服による消化管粘膜障害を疑った.セレコキシブを中止し,APAP注射剤1回1000 mg 4回/日を開始,プレガバリンとランソプラゾールの内服は継続した.第2病日,悪心嘔吐は改善し摂食量も回復,鎮痛良好となり第3病日にはヒドロモルフォンを注射剤から内服へ戻した.

第4病日,採血で総ビリルビン(TB)1.2 mg/dl, AST3104 IU/L, ALT1212 IU/Lと肝逸脱酵素が著明に上昇し,Cr1.34 mg/dlと腎機能障害も生じた.血小板10.3×104/μl, PT41%,PT-INR1.92,血中アンモニア値37 µg/dlであった.動脈血ガスはpH 7.30,乳酸15 mg/dl,酸素分圧78 mmHg,二酸化炭素分圧52 mmHgであった.体温36.5°C,脈拍95/分整,血圧85/64 mmHg,呼吸数22/分整,酸素飽和度91%,GCS E3V4M6で肝性脳症なし,羽ばたき振戦あり,腹部は平坦かつ軟,圧痛なし,強い倦怠感を訴えた.まずは酸素吸入治療を開始し酸素飽和度95%を維持しつつ,肝機能低下の原因検索を行った.飲酒歴はなく,HCV・HBV・CMV感染,抗核抗体,抗ミトコンドリア抗体は陰性で,アルコール性・ウイルス性・自己免疫性肝疾患の可能性は低く,腹部超音波検査で占有病変や脈管異常,肝硬変の可能性は指摘されなかった.新規開始薬として入院当日から第4病日までにAPAP注射剤1gを6時間間隔で11回使用しており,中毒性薬物性肝障害を疑った.最終のAPAP注射剤使用から8時間後にAPAP血中濃度測定を提出した後,血液吸着療法(活性炭ヘモソーバCHS-350)を1回行った.またNAC内服をAPAP最終使用の16時間後から初回140 mg/kg,以後,70 mg/kgを4時間ごとに合計18回実施した.第5病日,TB0.9 mg/dl, AST2410 IU/l, ALT1489 IU/Lと改善傾向であったが,血小板は8.7×104/μlと減少し,PTは47%,PT-INR1.72,血中アンモニア値80 µg/dlと悪化しており,血漿交換を実施し新鮮凍結血漿20単位を投与した.第6病日にはTB1.1 mg/dl, AST264 IU/L, ALT331 IU/L,血小板9.7×104/μl, PT72%,PT-INR1.24,血中アンモニア値53 µg/dlと肝機能障害は改善し,Cr0.59 mg/dlとなった.第4病日の薬物性肝障害への治療開始前,APAPの血中濃度は50.4 µg/mlであったが,第5病日からは基準値未満に低下した.以降は経時的に肝機能は改善し(図1表1),その後抗がん治療の継続の方針となっている.

図1 治療経過
表1 血液検査結果の推移

考察

推奨用法・用量の範囲内で用いたAPAPによって,本邦における診断基準では昏睡型急性肝不全(急性型)を生じた症例を経験した6.急激な肝機能障害の原因として,APAPの新規開始以外に原因となる病態を欠いていたことから,APAPによる中毒性薬物性肝障害を疑い治療を開始した.結果的にNaranjo有害事象因果関係判定スケール8/12点と中毒性薬物性肝障害の診断で矛盾はなかった.

APAPは90%以上が肝臓で硫酸抱合かグルクロン酸抱合を受け解毒され,10%未満はチトクロムP450(CYP)2E1によりN-アセチル-P-ベンゾキノンイミン(NAPQI)に変換される.NAPQIはグルタチオン抱合により解毒されるが,代謝されずにacetaminophen-protein adducts(APAP-CYS)が生じると肝細胞毒性を持つ5.APAPの過剰使用によるNAPQIの増加や,エタノール・イソニアジド・抗てんかん薬に代表される薬剤がCYP2E1を誘導することによるNAPQIへの代謝促進が,APAPによる中毒性肝障害の原因として多いが,今回はAPAPの過剰使用もCYP2E1の誘導薬使用もなかった.基礎となる肝障害はなく原因は不明であるものの,APAP最終使用の8時間後の血中濃度が50.4 µg/mlと高濃度であったことから,APAPの代謝遅延があったと推測される.

APAPの代謝が低下しているにもかかわらず肝障害が生じた原因としては,グルクロン酸抱合・硫酸抱合が低下していたがCYP2E1の代謝経路は促進され,NAPQIが産生された可能性が挙げられるが,NAPQIの血中濃度を測定していないので断定はできない.また,入院前1週間の摂食量が減少していたことや,5カ月で7%の体重減少があり悪液質の定義に該当することから,低栄養によるグルタチオンの枯渇のため,NAPQIからAPAP-CYSの産生が促進された可能性も考えられる2,3,7.推奨用法・用量でのAPAP注射剤による急性肝障害のこれまでの報告2例でも,APAPの血中濃度上昇があるものの,原因は不明かつ投与前に摂食が不良であったとされて,今回と同様の肝障害の機序が推測される5,6

さらにAPAPの血中濃度が上昇していた原因として,代謝遅延以外に過量投与で矛盾しない状態となっていた可能性はある.成人の疼痛に対するAPAP投与量は,1回300–1000 mg, 4–6時間以上の投与間隔で,1日総量の限度は4000 mgとされ,体重50 kg未満の場合には1回15 mg/kg, 1日総量の限度は60 mg/kgとされている8.本症例は体重54 kgの成人であり,1回1000 mgのAPAPを6時間の投与間隔で1日4回,1日総量4000 mgで用いたことは推奨用法・用量の範囲内であった.しかし体重50 kg未満の場合に準じると,1回810 mg, 1日3240 mgが限度量となるためである.また,連用が影響した可能性も否定できない2.加えて,本症例では第4病日より低酸素状態となっており虚血性肝炎の影響も除外はできない9

APAPの単回急性摂取後の肝障害の場合にはRumack-Matthewノモグラムに基づきNACの内服が推奨される2,3.本症例のように数日間APAPを使用した場合の適応ではないが,APAP連用時の肝障害でも急性肝障害に準じる治療が推奨されており,本症例でも肝毒性の低減の目的でNACの内服を実施した2.APAPの血中濃度は50.4 µg/mlと治療推奨濃度の20 µg/mlを超えており,NACの使用は妥当であったと考える.

急性肝不全進行時には肝移植も検討されるが3,本邦では待機時間が長いために補助的に血液浄化療法が多用され,施設の状況に応じて実施されている6.本症例では第4病日に薬物中毒に対して血液吸着療法を,第5病日に人工肝補助療法として血漿交換を実施した.肝機能は回復し,APAP血中濃度も著明に低下し,有効であったと考える.

今回薬物性肝障害への治療を,血液浄化療法も含め速やかに開始することができたのは,患者が抗がん治療継続中でECOG-PS2であり,治療への希望・同意を得ることができたためである.APAP注射剤は緩和ケアの領域で汎用されているが,全身状態が不良であったり意思確認に時間を要したりする患者も少なくなく,本症例のような侵襲的処置を含めた対応が速やかにできるとは限らないと推測される.稀だが重大な副作用が生じる可能性を常に念頭において使用する必要性が示唆された.

結論

推奨量のAPAPによる昏睡型急性肝不全に対して,NAC投与と血液浄化療法が奏功し回復した1例を経験した.APAP注射剤は緩和ケアで用いられることも多いが,今回のように添付文書通りの使用量であっても経口摂取が不十分な担がん患者症例では体内のグルタチオン枯渇により肝不全となる可能性があり,使用時には稀だが重篤な合併症の可能性を常に念頭に置く必要がある.

利益相反

著者の申告すべき利益相反なし

著者貢献

著者は本稿の構想,研究データの収集と分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.

References
 
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