2024 年 19 巻 1 号 p. 1-5
終末期がん患者の呼吸困難に対する高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNC)はガイドラインなどで言及されているが,その適応はいまだに確立していない.今回われわれは,緩和ケア病棟入院中にHFNCを導入することで,呼吸困難が増悪する中でも,会話や食事といった日常生活動作の楽しみを維持し,それぞれの患者が「その人らしく」終末期を過ごすことができた3症例を経験した.緩和ケア病棟におけるHFNCは,効果と侵襲性とのバランスを慎重に検討したうえで実施すれば,呼吸困難の緩和による患者のQOL維持向上に寄与すると考えられた.
High-flow nasal cannula oxygen therapy (HFNC) in palliative care is mentioned in several guidelines, however, the indication for this procedure has not been established yet. At our department, HFNC has increasingly been adopted for end-stage cancer patients when their dyspnea needs to be alleviated. This is a case report on three patients treated with this procedure at our department. Although they had severe dyspnea with respiratory failure, their daily activities, such as enjoying meals and conversation with their families, were improved with HFNC. It can be a treatment of choice to maintain and improve patients’ quality of life (QOL) in palliative setting, where benefits and risks should be considered for each patient.
高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNC)は急性呼吸不全に対する酸素療法として広く使用されているが,緩和ケアの領域においても,低酸素血症を有する呼吸困難の症状緩和としてガイドラインでも提案されている1,2).間質性肺疾患の終末期では一般的になりつつあるが3),コストや使用機器の空き状況を考慮する必要性に加え,設定によっては自宅での使用が困難であることから2),終末期での使用機会は限られ依然として普及率は低い.また,呼吸困難に対するHFNCの効果については複数報告されているが4–6),Quality of Life(QOL)に焦点をおいた報告はなく,終末期の臨床におけるその適応や使用するタイミングなども確立していない.
今回われわれは緩和ケア病棟においてHFNCを使用し,患者の「その人らしさ」を最期まで支えることができた3症例を経験したので報告する.
65歳男性.直腸がん術後再発,多発肺転移・リンパ節転移に対する積極的治療を終え,2022年2月に緩和ケア病棟へ入院.入院当初は縦隔リンパ節転移の影響から喘鳴や嗄声は認めたが呼吸困難の自覚はなく,ECOG Performance Status(PS)は2と身体機能は比較的保たれ,院内のレストランを利用するなど充実した療養生活を送っていた.病状は小康状態で一旦在宅療養へ移行したが,徐々に労作時呼吸困難が強くなり同年4月に再入院した.
入院時,鼻カニュラ2 L/分の酸素投与で酸素化は保たれ,ヒドロモルフォン6 mg/日の内服により呼吸困難も緩和されていた.しかし日ごとに酸素化が悪化し,数日間でリザーバーマスク15 L/分まで酸素必要量は増加し,本人も死への予期不安が強くなり,未来の喪失感に対してスピリチュアルな苦痛を表出することもあったが,食事摂取への意欲は維持していた.食事の際,モルヒネ持続静注18 mg/日の1時間量を予防的に使用したが呼吸困難は緩和されず,摂取量も低下したため,流量35 L/分・酸素濃度70%に設定したHFNCへと酸素療法を切り替えた.「苦しい」「話しにくい」との発言はなくなり,甘味を食べながら「コーヒーが飲みたい」などと食事への意欲も取り戻し,これらの様子を見ていた家族も「楽になったようで安心」と話していた.HFNC開始翌日は摂取量も10割まで回復を見せた.徐々に傾眠となり摂取量は低下したが,死亡前々日まで家族との会話を楽しみ,開始7日目に死亡した.
症例273歳男性.肺がん術後再発に対して放射線治療を受けたが,がん性胸膜炎を来したため積極的治療を断念し,2023年4月に緩和ケア病棟へ転棟.病状は小康状態で一旦は自宅退院したが,呼吸状態が悪化したため同年6月に再入院した.
入院後,酸素療法をリザーバー式酸素供給カニュラによる6L/分の投与へ変更したことで,SpO2は80%台後半を維持することが可能となり,呼吸困難も消失した.しかし入院6日目頃から呼吸困難や動悸が出現して酸素化も悪化したため,酸素投与をリザーバーマスク15 L/分とし,ヒドロモルフォン持続静注を2.4 mg/日まで増量した.それでも会話や食事の際には容易に60%台までSpO2が低下するようになり,数値が改善しないことに不安感もみられはじめた.治療抵抗性の耐え難い苦痛への懸念から,症状緩和のための鎮静について情報提供を行い,本人家族とも必要時にはその実施を希望する旨を確認した.一方で,食事を楽しみ家族と会話できる穏やかな時間もみられていたため,鎮静に先立ちこれらを維持することを目的に,流量35 L/分・酸素濃度80%によるHFNCへ酸素療法を切り替えた.装着直後は気流の温かさを気にしたが,総じて呼吸困難は軽減し,少量だが食事もむせなく摂取できた.家族は「音が静かでいい」,「落ち着いているように見えて安心」と評価していた.翌日から徐々に意識状態が低下し身の置き所のなさもみられ始めたため,HFNC開始3日目に調節型鎮静を開始した.HFNCの導入目的は食事や会話の維持であったこと,また意識レベルの低下からすでに食事や会話が困難となっていたことから,鎮静開始後にHFNCを終了しリザーバーマスクによる酸素投与に切り替えた.鎮静開始から5日目に家族に囲まれて死亡した.
症例372歳女性.進行肺がんに対して化学療法を受けたが胸膜播種再発を認め,化学療法の副作用も強く2020年7月に積極的治療を中止した.在宅療養へ移行した後に画像検査で多発骨転移を認めたが,比較的症状は落ち着いていた.2023年3月に呼吸困難が出現し,独居でもあったため早めに当院緩和ケア病棟へ入院した.胸水貯留に対しての胸腔ドレナージや,モルヒネ20 mg/日とタペンタドール100 mg/日の内服により症状緩和を図ることで再び在宅療養へ戻ったが,徐々に呼吸困難が再燃し同年6月に再入院した.
酸素化の悪化はなく,鼻カニュラ2 L/分による酸素投与を継続し,ヒドロモルフォン持続静注4.8 mg/日へ切り替えて症状緩和を図った.徐々に労作時呼吸困難が強くなり,会話や食事の際に生じる呼吸困難の回復にもかなりの時間を要するようになったが,自身が医療従事者であったため,病院スタッフとのコミュニケーションに重きをおき,自発的に会話を続けていた.労作時呼吸困難に加えて口渇も著明となり,それに伴い悲観的な発言も増えてきた.会話しやすさの改善を期待して流量25 L/分・酸素濃度30%によるHFNCを開始すると,「会話後の呼吸回復が早くなりよい」と評価し,実際に会話自体も増え口渇も改善し,表情も明るく家族やスタッフとの会話が弾んだ.HFNC開始半日後から死戦期喘鳴が出現し,同日穏やかに死亡した.
HFNCは,高濃度で正確な吸入酸素濃度を供給することが可能で,また解剖学的死腔の洗い流し,上気道抵抗の軽減,呼気終末陽圧(PEEP)効果と肺胞リクルートメント,といったいくつかの生理学的効果が呼吸仕事量の減少をもたらす7).基礎疾患を有する低酸素性呼吸不全の患者において,通常の酸素療法と比較しHFNCでは呼吸困難や呼吸促迫の改善が得られたとの報告5)や,がん患者の安静時呼吸困難を緩和したとの報告6)があり,実際に症例2では呼吸困難の改善を認めた.またHFNCは運動耐久時間や労作時呼吸困難を改善し8,9),より長く最期まで食事と会話が可能になるとされ10),今回すべての症例においてHFNC開始後に食事や会話が進むようになったことから,HFNCが食事や会話といった労作による呼吸困難を緩和することが示唆された.
今回,HFNCの設定における酸素流量は一般的な設定値よりもやや低め(25–35 L/分)であった.これは,流量が大きくなることで鼻咽腔閉鎖時間が延長し飲み込みにくさが生じるとの報告や11),20–30 L/分という比較的少ない流量でも通常の酸素療法より呼吸数が減少12)して呼吸仕事量の軽減が期待されることから,それぞれの症例の目的に合わせて調整した結果であった.HFNCで正確な吸入酸素濃度を得るには吸気流速を超える流量が必要となり,PEEP効果を得るためにも40–50 L/分以上の高流量を要する7).いずれの症例においても,低酸素血症の改善が主目的ではないことから,こうした高流量の設定は不必要であった.二つの症例ではHFNC使用下で飲食を楽しむことができ,明らかなむせ込みや飲み込みにくさはみられなかった.呼吸困難そのものだけでなく,その状況下で何を成し遂げるのかを考慮し,目的によっては呼吸生理学的に必要とされる設定値ではなく,あくまで患者が楽に過ごせる値の模索も必要と考えられた.
今回いずれの症例においてもHFNCの装着期間は長くなく,呼吸困難自体に対しての効果は不明確な部分もあった.しかし,それまでの日常において当たり前だった会話や食事が徐々にできなくなっていく中で,HFNCを装着することによりQOLを保つことができたことは,客観的指標では計ることのできない,自分らしく生きるという重要な意味をもっている.食べるということ自体が自己決定や自己実現の一つであり,自分らしく生きる自身を支えることにもなる13,14).HFNCはさまざまな生理学的効果によって呼吸不全に対するサポートを担うが,緩和ケアにおいては「患者とその家族のQOLを向上させる」ことが大切であり15),呼吸状態の改善自体が目標ではない.呼吸困難が「呼吸の際に生じる不快な感覚という主観的な経験」と定義され,客観的病態の呼吸不全と区別されるのは,呼吸機能の要素だけでなく過去の経験や不安・抑うつ,社会文化的背景などさまざまな因子の影響を受けて修飾され1),多面的なアプローチが必要になるからである.終末期においては呼吸困難を含めた身体症状に加え,さまざまなことができなくなっていくことで不安を感じ,将来や自律性の喪失といったスピリチュアルな苦悩も生じる16).さまざまな要素が絡み合い進んでいく状況において,単に呼吸困難の症状緩和のみならず,ささやかなことに見出される生きる意味を支えることが大切である.
HFNC開始前には,その目標を話し合う必要があり2),そうすることでHFNCの使用が目標を達成できなくなった際に,中止による影響が軽微であれば,HFNCの離脱も考慮される17).症例2において,HFNCの目的が食事や会話であることが事前に話し合われていたため,その達成が意識レベルの低下により困難となった時点で,HFNCを離脱し穏やかな最期を迎えることができた.HFNCは忍容性が高いとされるが,症例2のように少なからず気流の違和感など快適ではないこともある6,9).使用目的を明確にすることで,患者の終末期に漫然とHFNCを継続するのではなく,その役目を終えたときは他の酸素療法に戻すことも検討されるべきである.
緩和ケア病棟においてHFNCを使用した3症例を報告した.呼吸困難の症状緩和のみならず,会話や食事といったささやかな日常を支え,患者それぞれが最期まで自分らしく生きることを支えるうえでHFNCは有用であることが示唆された.急性期における概念とは別の新たな考え方のもとに,今後HFNCの適応や設定などを含めたさらなる経験とエビデンスの集積が必要と考えられる.
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鈴木は研究の構想およびデザイン,研究データの収集,分析,研究データの解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的遂行に貢献した.大野は研究データの収集,分析,解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.石川,金島,佐藤は,研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.