2024 年 19 巻 2 号 p. 129-135
【緒言】てんかん患者は健常者に比べ死のリスクが高い.てんかん患者でもアドバンス・ケア・プランニング(ACP)は重要であるが,十分な認識はされていない.知的障害を伴うてんかん患者に対して,家族と医療者でACPを行った2症例を経験した.【症例1】29歳男性.大切なことは,日々の生活を送ることであった.人生の最終段階は緩和ケアの希望を持たれたが,してほしくない治療やケアの具体的な決定はなかった.今後も家族と医療者で共同意思決定を行う方針となった.【症例2】18歳女性.大切なことは,日々の生活を送ることであった.人生の最終段階は緩和ケアを提供すると共同意思決定した.両症例の家族の意見から,てんかん患者へのACPの重要性と普及が得られた.【結論】ACPにより,知的障害を伴うてんかん患者の最善について家族と医療者の共同意思決定が可能となった.てんかん患者に対するACPの普及が必要と思われる.
Introduction: Epileptic patients have a higher risk of death than healthy individuals. Advance care planning (ACP) is also important for epileptic patients, but is not well recognized. We experienced two cases in which ACP was performed by family and medical staff for epileptic patients with intellectual disability. Case1: The patient was a 29-year-old male. It was important to continue spending his daily life as he currently did. Although his family wanted to provide palliative care at the end of life, there were no decisions about which medical interventions may not work at his end of life. It was decided that the family and medical staff would continue to make shared decision making. Case2: The patient was an 18-year-old female. It was important to continue spending her daily life as she currently did. Her family and medical team decided to provide palliative care at the end of life. Based on the opinions of the family members in both cases, the importance and widespread use of ACP in epileptic patients were obtained. Conclusions: ACP enabled families and medical staff to make shared decisions about what is best for epileptic patients with intellectual disability. ACP for epileptic patients seems to need to be promoted.
アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning: ACP)とは,今後の治療・ケアについて患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセスである1,2).非がん疾患および知的障害例に対しても緩和ケアは重要である3,4).米国神経学会からはneuropalliative careが提唱され,緩和ケアはすべての神経科医が行う事項である5,6).そして,適切な緩和ケアのプロセスにおいてACPがもつ役割は大きい2,5,7).
てんかん患者の生命予後は一般人口より8~9年ほど短く,早期死亡するリスクが2~3倍で,突然死のリスクは25倍前後である8,9).年死亡の全体数は減っているがてんかん患者の死亡数は増え,特にてんかんを持つ男性の21%が50歳以下で死亡し9),21~50歳のてんかん患者ではてんかんにおける突然死が死因の20%以上を占める8).そのため,てんかん患者に対するACPは重要となるが,十分に認識されていない7,10,11).また,てんかん診療ガイドライン2018にACPの記載はなく12),本邦でのてんかん患者に対するACPについて明確な指針はない.知的障害を伴うてんかん患者に対して家族と医療者でACPを行った2症例を経験したので報告する.
なお,本報告については,家族より論文発表への同意を得た.院内の倫理委員会での承認も得た(審査番号:R2-5号).
Lennox-Gastaut syndrome(LGS)の29歳男性.最重度知的障害で,歩行可能も生活すべてに支援を要した.医療的ケアはなし.乳児期からミオクロニー発作を認め,その後,強直発作などを認めた.複数の抗てんかん薬およびケトン食は無効であった.20歳から転倒発作が増悪し,骨折を含む外傷を認めた.24歳で脳梁離断術を受け,転倒発作は改善した.てんかん診療の成人移行を検討する中で,家族から医療的ケアを含む今後の治療・ケアについて相談希望がありACPを行った.なお,今回のACPを行った時点では両親で内容を検討された.また,患者本人の全身状態が安定しているときに行った.
ACPの方法については,患者本人の意思確認ができないに該当すると考え,われわれの前回報告と同様に,①厚生労働省から示されているステップ( 図1)の使用,②医療者(医師・看護師・認定遺伝カウンセラー)と家族との対話,および③対話後に多職種(医師,看護師,認定遺伝カウンセラー,臨床心理士,ソーシャルワーカー)での検討を行った13,14).まず,LGSの臨床的特徴・治療・予後(死亡率3%–17%)8,15)やてんかん関連死(突然死など)8)について家族の認識を確認した.人生の最終段階や回復が難しい状態になったときは,てんかん関連死を含む命の危機が迫った状態を想定した.その後,胃瘻や気管切開などの医療的ケアの情報提供および急変時における心肺蘇生について説明した.なお,LGSで29歳のため,今後生命を脅かされる可能性またはサプライズ・クエスチョン(もし,あなたの患者が1年以内に亡くなったら驚きますか?)16)で「いいえ,驚きません」に該当すると判断した.
医療者と家族との対話内容( 表1-①)から,家族の視点として以下が得られた.本人の大切なことは,日々の生活を送ることであった.家族の中で,本人の好きなこと(食事やDVDを見るなど)をして過ごしてほしく,人生の最終段階では苦痛を和らげる緩和ケアの希望があった.生き続けることは大変かもしれないと感じるのは,痛くて苦しい状態が続くときと考えられた.本人にとって代理意思決定者は,両親であった.回復が難しい状態になったときは,快適さを重視した治療を希望する意思を持たれた.してほしい治療やケアは,苦痛をとる緩和ケアを希望された.どこで治療を受けたいかは,病院または自宅と考えられ,そのときの状態による判断とされた.なお,してほしくない治療やケアについての具体的な表示はなかった.また,ACPの実施の意義や今後への期待に関する家族の言葉の抜粋は, 表1-②に示した.
家族との対話を踏まえ,医療者の視点として対話内容を多職種で検討した.患者の意向および生活の質について,本人自身の評価は困難と考えた.しかし,家族も死について考えていたことがACPのプロセスの中でわかり,治療目標は本人の大切なことである日々の生活を継続していくことと考えた.また突然死のリスクがあり,将来的な医療的ケアなどを検討する機会が事前にあることは適切と判断した.人生の最終段階は緩和ケアの希望があるも,医療的介入についての具体的意思は明確でないため,繰り返し医療者と家族などが考える機会を持つことが必要と考えた.
家族の視点および医療者の視点の双方から,本人が大切にしていることは日々の生活を継続していくと考えられるので,普段の生活において楽しく生きることの支援を治療・ケアの目標と考えていくことを共同意思決定した.その目標からは,医療者と家族などが本人の最善の医療行為を考える機会を繰り返し持つことが,本人の意向に沿った治療方針になるのではないかと考えられた.なお,本例はACP後に,成人移行の重要性も家族が理解され,成人施設への移行につながった.
症例2最重度知的障害で,歩行可能も生活すべてに支援を要する18歳女性.心疾患で,乳幼児期に経管栄養を要した.心臓術後から経管栄養の離脱が可能となり,医療的ケアはその後なし.11歳時から全般焦点合併てんかんを認め,複数の抗てんかん薬に対する反応は不良であった.18歳時,発作は30分程度のけいれん群発を月に2~3回認め,食事中に窒息エピソードも認めた.また,父に悪性腫瘍精査および母に精神疾患による繰り返す入退院を認めた.両親の健康不安および姉のみで今後を決定しうる負担を考慮され,本人の将来のことについて相談をしたい家族の希望がありACPを行った.なお,今回のACPを行った時点では父と姉で内容を検討された.また,患者本人の全身状態が安定しているときに行った.
ACPの方法は症例1と同様に行った.てんかん関連死8)について家族の認識を確認し,その後に医療的ケアの情報提供および心肺蘇生について説明した.人生の最終段階や回復が難しい状態になったときは,てんかん関連死を含む命の危機が迫った状態を想定した.症例2は窒息エピソードを認めていたことから,今後生命を脅かされる可能性またはサプライズ・クエスチョン(もし,あなたの患者が1年以内に亡くなったら驚きますか?)16)で「いいえ,驚きません」に該当すると判断した.
医療者と家族との対話内容( 表2-①)から,家族の視点として以下が得られた.本人の大切なことは,日々の生活を送ることであった.本人の好きなこと(ハンカチを畳むなど)をして過ごしてほしく,人生の最終段階では苦痛を和らげる緩和ケアを希望された.生き続けることは大変かもしれないと感じるのは,周囲に自分の意思を伝えられないこと,機械の助けがないと生きられないこと,および治すことができない痛くて苦しい状態が続くときと考えられた.本人にとって代理意思決定者は,父と姉であった.母は精神疾患の病状にもよると判断された.回復が難しい状態になったときは,快適さを重視した治療を希望する意思を持たれた.延命治療はしてほしくない治療に該当した.してほしい治療として苦痛を和らげる緩和ケアを希望され,そのうえで人生の最終段階は本人のありのまま自然に逝くことであった.どこで治療を受けたいかは,病院または施設と考えられた.また,ACPの実施の意義や今後への期待に関する家族の言葉の抜粋は, 表2-②に示した.
家族との対話を踏まえ,医療者の視点として対話内容を多職種で検討した.患者の意向および生活の質について,本人自身の評価は困難と考えた.しかし,てんかん発作で窒息エピソードがあることから,てんかん関連死は否定できず,サプライズ・クエスチョンで「いいえ,驚きません」は妥当と判断した.治療目標は,本人の大切なことである日々の生活を継続していくことと考えた.また人生の最終段階は,繰り返し思いを確認しながら緩和ケアを提供すると判断した.
家族の視点および医療者の視点の双方から,本人が大切にしていることは日々の生活を継続していくと考えられるので,普段の生活において穏やかに過ごすことの支援を治療・ケアの目標と考えていくことを共同意思決定した.そしてその目標からは,緩和ケアを中心とした医療行為が本人の意向に沿った治療方針になるのではないかと考えられた.
てんかん患者に対するACPの必要性は述べられている7,10,11,17).しかし,検索し得た限りで本邦での症例報告は2件のみであった18,19).そして,ACPを行ったてんかん患者の家族の意見を記載した報告は過去になく,自験例が初であった.てんかん患者の生命予後は一般人口より短く,突然死のリスクが高い8,9).そのため,てんかんの中には緩和ケアの対象疾患である生命を脅かされる疾患20)に該当するものも含まれる.自験例も,てんかんの経過で突然死のリスクがあり,サプライズ・クエスチョンで「いいえ,驚きません」に該当しACPの適応と判断した.また,両症例の家族からACPの話し合いの中で死に対する気がかりの表出があったが,通常の外来診療では把握はできていなかった.ACPを行ったことで,気がかり・価値・意向・目標・選好21)について家族と医療者の共有が可能となり,意思決定のプロセスを経て,共同意思決定へとつながった.そのため,てんかん患者に対するACPは有用であった.そして家族の言葉( 表1,表2)から,両症例の家族が,ACPを侵襲なく進められた,ACPによって家族が考える機会を持てた,およびてんかん患者に対するACPは重要であると感じたことが推察された.しかし,他の家族でもACPを望むのか,また知的障害を伴わないてんかん症例でのACPに対する考えは本報告からは判断ができず,今後の課題と認識している.
てんかんのACPでは疾患の経過の早期にけいれんの対応を含めて行われるべきとされ,また通常のACPに加え,てんかん特異的ACPとして,てんかん重積・てんかんにおける突然死・てんかん外科治療が挙げられている7,10).しかし,海外の報告では,神経専門医(77名中73名がてんかん専門医の調査)の75%が,人工呼吸器の使用を話し合う最も適したproviderは神経専門医であること,および25%ですべてのてんかん患者は人工呼吸器を使用するか意思表示をすべきと考えている一方で,3%しか挿管のリスクの話し合いをしていない11).てんかん患者のACPに対するてんかん専門医の重要性があるにもかかわらず,ACPは十分にされていない7,10,11).本邦におけるてんかん専門医のACPに関する調査がないため,本邦での認識については今後の評価が望まれる.てんかん患者の緩和ケアの充実のために,ACPを行ったてんかん症例の蓄積が重要である.
自験例は2例とも,最重度知的障害を伴う成人例であった.知的障害例でも緩和ケアおよびACPは重要である4,22).しかし,医療者が知的障害例の緩和ケアの認識やACPの話し合いに対して困難を感じ,十分に行われていない4).そのため,医療者はACPの情報提供や知的障害例の将来について共に考える能力を習得する必要がある4,22).また,知的障害の成人移行支援としてACPが挙げられている23).症例1はACPを経て成人移行につながった.そのため,本報告から知的障害例の成人移行においてもACPが重要であると思われた.知的障害例のACPに関する知見に関して,今後の蓄積が重要である.
ACPにより,知的障害を伴うてんかん患者の最善について家族と医療者の共同意思決定が可能となった.てんかん患者に対するACPの普及が必要と思われる.
本論文においてご協力をいただいた関係者の皆様へ深謝いたします.
すべての著者の申告すべき利益相反なし
野崎,春山は研究の構想もしくはデザイン,研究データの収集・分析,研究データの解釈,原稿の起草,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.