2024 年 19 巻 3 号 p. 175-180
【緒言】頭蓋内腫瘍はさまざまな神経症状や神経障害性疼痛をきたすが,オピオイド等西洋医学的治療のみでは症状緩和に難渋することも多い.【症例】44歳男性.前医で左鼻腔乳頭腫の疑いで切除したが,術後病理検査で扁平上皮がんの診断となり,術後早期に左眼窩内転移をきたした.腫瘍の頭蓋内浸潤により,左三叉神経第2,3枝領域に疼痛,両側三叉神経第2枝領域にしびれ(Numerical Rating Scale: NRS10/10)を認めた.ヒドロモルフォンを導入し疼痛は緩和したが,しびれが残存(NRS8/10)した.経過中にしびれ,疼痛が増悪したがMRIでは腫瘍増大はなく,腫瘍周囲組織の浮腫が原因と考え五苓散を開始したところ,しびれ,疼痛ともに緩和が得られた.【考察】五苓散は,アクアポリン阻害による水分調節作用を有し脳浮腫への有効性が示されている.本例は五苓散による腫瘍周囲組織の浮腫軽減が症状緩和に寄与したと考える.
Introduction: Intracranial tumors cause various neurological symptoms and neuropathic pain, which are often refractory to opioids. In some of these cases, the combination of Kampo medicines can be effective. Case: The case was a 44-year-old patient who underwent surgery for a suspected papilloma. After resection, pathological examination revealed squamous cell carcinoma, positive for margins, and then, the left intraorbital metastasis was observed. Due to the intracranial invasion of the tumor, he had pain in the second and third branches of the trigeminal nerve in the left face and paresthesia in the second branch of the trigeminal nerve bilaterally (Numerical Rating Scale: NRS 10/10). Hydromorphone was introduced, and the pain was relieved, but the paresthesia remained (NRS 8/10). Both paresthesia and pain worsened during the course of chemotherapy, but MRI showed no tumor progression, thus, the cause of symptom aggravation was diagnosed edema of the tissue around the tumor. Therefore, Goreisan was started, and both paresthesia and pain were relieved. Discussion: Goreisan has been shown to be effective in cerebral edema due to its water-regulating effect by inhibiting aquaporin. In the present case, the reduction of edema in peritumoral tissues by Goreisan may have contributed to the symptomatic relief.
頭蓋内腫瘍はその占拠部位や脳浮腫に伴ってさまざまな神経症状や神経障害性疼痛をきたす.脳浮腫に対しては副腎皮質ステロイドや浸透圧利尿薬の使用がガイドラインで推奨されている1,2).副腎皮質ステロイドの症状緩和への有用性は示されているが,一方で用量依存性に有害事象発生頻度が増加することが報告されている3).また,浸透圧利尿薬についてはその有用性を示した臨床試験はない.がん性疼痛に対しては,オピオイド単独で鎮痛効果が乏しい場合は,鎮痛補助薬を併用することが推奨されているが4),その薬剤の選択や効果に関する質の高い臨床試験は少なく,使用方法についてはいまだ確立していない.
五苓散や牛車腎気丸,猪苓湯など,一部の漢方薬には浮腫軽減作用が知られており,日常臨床において浮腫に対して漢方薬が使われることがある.中でも五苓散は水分調節作用があり,慢性硬膜外血腫による脳浮腫などにも効果が示されている5,6).左鼻腔がんの頭蓋内への腫瘍浸潤および周辺組織浮腫に起因する難治性がん性神経障害性疼痛に対し,五苓散が奏功した症例を経験したため報告する.
【症例】44歳,男性
【介入時主訴】左顔面の疼痛,しびれ,感覚鈍麻
【現病歴】2022年8月より鼻閉,鼻出血を自覚しており,同年12月に前医を受診した.左鼻腔に腫瘍を指摘され,内反性乳頭腫の疑いで2023年1月に内視鏡下鼻副鼻腔手術を施行されたが,切除標本の病理検査で扁平上皮がんかつ断端陽性と診断された.術後のPET-CTで左眼窩内転移を認めたため,切除目的で同年2月に国立がん研究センター中央病院(以下,当院)に紹介となった.当院の頭部MRI,CT検査所見で,左眼窩内側から両側篩骨洞後部,上咽頭にかけて腫瘤および腫瘤に連続した囊胞性病変を認め,前頭蓋底から頸動脈管近傍への浸潤も伴う( 図1)ことから切除不能と判断され,全身化学療法の方針となった.当院初診時より左顔面の三叉神経第2,3枝領域に疼痛(Numerical Rating Scale: NRS average10/10),両側三叉神経第2枝領域に「ビリビリとした」しびれを伴う痛み(average NRS10/10)があり,緩和ケアチーム介入となった.
【既往歴】特記事項なし
【生活歴】喫煙:なし,飲酒:ビール1本/日×週5–6日
【内服歴】エソメプラゾール20 mg/日,ロキソプロフェンナトリウム180 mg/日,アセトアミノフェン2000 mg/日
【介入時現症】身長167 cm,体重57 kg, BMI 20.4, Performance Status(PS)1
左眼球突出,左眼瞼下垂あり,左耳内および左口角から頬部にかけてNRS10/10の疼痛があった.左頬部から顎下および右頬部に「ビリビリとした」しびれ,感覚鈍麻を認めた.病変による開口障害のため食事の経口摂取は困難で,水分摂取および流動食のみ摂取していた.
痛みのため夜間不眠があったが,日常生活動作(Activities of Daily Living: ADL)は保たれていた.
【介入後経過】
介入開始と同時に経口ヒドロモルフォン(HM)4 mg/日による鎮痛を開始した.TPF(ドセタキセル,シスプラチン,フルオロウラシル3剤併用)療法のため2023年3月X日に入院(Day0)となった.HMを20 mg/日まで増量し,顔面の疼痛は改善した(NRS2/10).一方で,三叉神経第2枝領域のしびれの緩和が不十分(NRS8/10)だったため,鎮痛補助薬としてデュロキセチン20 mg/日,ミロガバリン5 mg/日,クロナゼパム0.5 mg/日を併用したがしびれの緩和は不十分(NRS8/10)だった.デュロキセチンは開始後すぐに低ナトリウム血症が出現したため中止した.TPF療法3コース終了後,Day47より両側三叉神経第2, 3枝領域の疼痛,しびれがともに増悪し,Day60には痛みがNRS 9/10,しびれがNRS10/10となった.痛みのため日中も臥床して過ごすようになり,PS3まで低下した.症状増悪の原因精査のために施行した頭部MRI検査の所見では腫瘍の増大はなく,囊胞性病変の拡大を認めた.よって,腫瘍周囲組織の浮腫による三叉神経領域の神経障害性疼痛の増強と判断した.浮腫軽減を目的としたステロイド投与も検討したが,本症例は化学療法時のステロイド投与によりステロイド精神病をきたした経緯があるため,本人もステロイドの使用には拒否的であり使用は困難だった.そこで,全身性の有害事象が少なく,浮腫に対する有効性が示されている五苓散を投与する方針となった.Day61より五苓散(7.5 g/日)投与を開始し,Day64には痛み(NRS1/10),しびれ(NRS5/10)ともに軽減が得られ,症状のある領域も顔面左側のみに縮小した.五苓散開始前は痛みのため終日臥床して過ごしていたが,開始翌日より歩行可能となり,PS1まで改善した.日中は趣味のゲームもできるようになり,十分な睡眠も可能となった(図2,図3).五苓散投与開始から7日目(Day68)に痛み,しびれともにNRS9/10と再度症状が増悪したため,同日に頭部MRIを再検したところ,腫瘍の明らかな増大を認めた.病変は斜台や左頸動脈管,左側頭骨錐体部,眼窩円錐尖部から海綿静脈洞部に沿って増大しており,視神経をはじめとした各種脳神経への浸潤もみられた.これらの所見に加えて,腫瘍周囲の浮腫は画像上判然としないことから腫瘍の直接浸潤による症状の増悪と診断した.
病勢増悪に伴って,徐々に全身状態も不良となり,PS3まで低下したため積極的な抗がん治療は中止の方針となった.その後も病変は急速に増大し,しびれだけでなく疼痛が増悪したため,HMの増量を要した.病変部に対し,緩和的放射線照射(35 Gy/15 Fr)を施行した後,Day92に緩和ケア病棟へ転院となった.
本症例は,頭蓋内腫瘍周囲の局所の組織浮腫と,神経圧迫に起因する難治性の神経障害性疼痛を有しており,オピオイドや鎮痛補助薬など西洋医学的治療のみでは症状緩和に難渋したが,五苓散開始後はすみやかに症状緩和が得られた.
五苓散は沢瀉(タクシャ),蒼朮(ソウジュツ),猪苓(チョレイ),茯苓(ブクリョウ),桂皮(ケイヒ)の5種類の生薬からなる漢方薬で,口渇や尿量減少を伴う患者の悪心,嘔吐,浮腫,頭痛等に対して用いられる.加えて,これまでの臨床研究では婦人科がんにおける骨盤内リンパ節切除術後の下腿浮腫7)や術後の悪心・嘔吐8),感染性腸炎による下痢・嘔吐9)などに対する効果が報告されている.
五苓散の作用機序として,細胞膜に存在するアクアポリン(Aquaporin: AQP)を阻害することで水分調節作用を発現することが明らかとなっている10).とくに五苓散の構成生薬のうち蒼朮,猪苓に多量に含まれているマンガンに,AQP4の遮断作用があることが示されている11).哺乳類において,AQP4は血液脳関門を形成している毛細血管周囲のアストロサイトの足突起や,視床下部のグリア細胞,脳室周囲などに多く発現しており12),AQP4ノックアウトマウスにおける急性水中毒モデルの研究では,五苓散投与群において脳浮腫が著明に抑制され,死亡率も低下したことが報告されている13).五苓散の体内薬物動態の研究においては,五苓散の構成生薬のうち蒼朮の代謝産物であるAtractylodinの脳組織中/血漿中濃度比が8.55と高値だったことから,蒼朮が血液脳関門を通過することも示されており14),脳組織に対しても薬効が得られることが裏付けられている.実際に,ヒトを対象とした臨床研究においても五苓散は慢性硬膜下血腫による脳浮腫への有効性が報告されている3,4).また,腫瘍などに起因する症候性三叉神経痛についても五苓散の有効性が示されており,その機序も神経周囲組織の浮腫軽減であると考えられている15, 16).
一般的に,脳腫瘍による脳浮腫の治療としては,ステロイドや浸透圧利尿薬を用いることが多いが,本症例においては過去のステロイド精神病や低ナトリウム血症の経過から,これらの薬剤を用いることが困難だった.前述のように五苓散はAQPを介し,細胞膜の水透過性を調節することで体内の水分代謝異常を是正する薬剤である.そのため,脱水状態でも利尿作用を有す西洋医学的な利尿薬とは異なり,脱水状態では尿量を増加させることはなく,浮腫傾向にあるときにおいてのみ,血漿中の電解質濃度に著明な影響を与えることなく尿量を増加させ,浮腫軽減に寄与する17).
また,五苓散の副作用としてこれまで報告されているものは,薬剤に対する過敏症と肝障害のみであり,そのどちらもが薬剤中止により改善が得られることから,長期間の投与も可能な薬剤である.よって,本症例のように電解質異常をきたしやすく,ステロイドや利尿薬の使用が困難な症例においてはよい選択肢であると考えられる.
これまでのin vivoでの研究により,五苓散は投与後60分以内に血中濃度が最高値に達することが示されているが14, 18),定常状態に達するまでの期間について証明はされていない.本症例では,五苓散内服から1時間後のNRSの評価はできていないが,速やかに血中濃度が上昇する薬物動態からは投与開始翌日に効果が得られた経過は五苓散の効果として矛盾しないと考える.一方で,ミロガバリンの反復投与では投与開始3日目には定常状態に達し効果が発現する.本症例はミロガバリン増量から14日経過後に五苓散を投与しており,効果の発現時期からはミロガバリンの効果とは考えにくい.また,1日のレスキュー使用量(ヒドロモルフォン4 mg/回)も五苓散使用前後で0回から1回/日とオピオイド総投与量は変わりなく,オピオイドの鎮痛効果とも考え難い.従って,本症例は急激な病勢増悪のため症状緩和が得られたのは短期間だったが,五苓散による腫瘍周囲組織の浮腫軽減が症状緩和に寄与したと考えられる.
本症例は,頭蓋内腫瘍周囲の局所の組織浮腫とそれによる神経圧迫が症状の原因となっており,オピオイドや鎮痛補助薬を用いても神経障害性疼痛の軽減が得られず,症状緩和に難渋したが,五苓散が有効だった.頭蓋内腫瘍に伴う神経組織浮腫が神経障害性疼痛の一因として疑われる症例においては,西洋医学的治療に加えて東洋学的なアプローチとしての五苓散も検討すべきである.
里見絵理子:塩野義製薬株式会社 講演料50万円以上
その他:該当なし
池上,里見は研究の構想およびデザイン,研究データの収集および分析と解釈,原稿の起草および原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.松原,石川,川崎,荒川,石木は研究データの解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.伊東山,横山は研究データの収集および分析と解釈,原稿の重要な知的内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.