2024 年 19 巻 4 号 p. 237-243
【緒言】オピオイド投与中の重篤な過量症状に対し,ナロキソン投与を検討する.しかしがん疼痛治療中のナロキソン投与の実態は明らかでない.【目的】オピオイド過量症状に対しナロキソンを投与された患者の頻度とその関連要因を探索する.【方法】後方視的研究.2014–2022年に当院のオピオイド投与中のがん患者からナロキソン使用例を抽出し,手術や検査・処置後を除外した.使用オピオイドの種類,投与経路,用量とナロキソン投与方法,用量,投与後反応を調べた.【結果】18例(0.10%)が抽出され,ナロキソン投与時のオピオイドは経口モルヒネ換算81.6(21–750)mg/日で,患者状況(重複あり)は,腎機能低下8例,臨床的予後予測週単位7例,オピオイド変更/増量後4/3例だった.【考察】ナロキソン投与症例は腎機能低下や終末期,オピオイド変更/増量後が多く,過量症状出現に注意が必要なリスク因子の可能性がある.
Introduction: Naloxone administration is considered for severe overdose symptoms during opioid administration. However, the actual status of naloxone administration during cancer pain treatment is unclear. Objective: To explore the frequency of patients who received naloxone for opioid overdose symptoms and the factors associated with naloxone administration. Methods: A retrospective study, naloxone use was selected from cancer patients receiving opioids at our hospital from 2014–2022, excluding those undergoing surgery or after tests and procedures. The type of opioid used, route of administration, dose and naloxone administration method, dose, and post-administration response were examined. Results: 18 patients (0.10%) were extracted, opioids at the time of naloxone administration were 81.6 (21–750) mg/day of oral morphine equivalent, and patient status (with duplicates) were: 8 patients with impaired renal function, 7 patients with clinical prognostic weeks, 4/3 patients after opioid change/increase. Discussion: Patients treated with naloxone are more likely to have impaired renal function, terminal stage, and after opioid change/increase, which may be risk factors that require attention for the emergence of overdose symptoms.
がんは日本人の死因の第1位であり,令和4年の人口動態統計では死亡総数の24.6%を占める1).がん疼痛はがんの診断時に20–50%,進行がん患者では70–80%の患者に存在する2)ため,がん診療を行ううえで,がん疼痛治療は不可欠である.WHOがん疼痛治療ガイドラインでは鎮痛薬として非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),アセトアミノフェン,オピオイドを単独または組み合わせて使用すべきであるとされているが,中等度から重度の痛みに対してアセトアミノフェンやNSAIDsを単独で始めるべきではなく3),オピオイドの開始が推奨されている.オピオイドの代表的な有害事象は便秘,悪心嘔吐,眠気に加え,頻度は少ないが重篤な副作用として意識障害,呼吸抑制が知られている.オピオイドが過量になると縮瞳,傾眠,意識障害,呼吸抑制などの症状(以下,過量症状)が出現する4).呼吸抑制は時に致命的になるため,オピオイド過量症状の出現時にはオピオイド拮抗薬であるナロキソンの投与を検討する.オピオイドによるがん疼痛治療中のナロキソン投与の実態は知られていない.オピオイドによるがん疼痛治療を安全に行うための予備的な情報を得るために,ナロキソンを投与された患者の頻度と過量症状に至った関連要因を探索することを目的として本研究を行った.
後方視的観察研究.2014年3月1日~2022年10月31日に国立がん研究センター中央病院(以下,当院)でモルヒネ,オキシコドン,ヒドロモルフォン,フェンタニル,タペンタドール,メサドンを投与中にナロキソンの投与を受けたがん患者のうち,手術や検査,処置に伴うオピオイド投与例を除外し,患者背景,オピオイドの種類,投与経路(経口,皮下,静脈内,経皮),用量(定時経口モルヒネ等換算1日量[OMEDD: oral morphine equivalent daily dose]およびレスキュー薬投与量を含むOMEDD)と,出現したオピオイド過量症状(意識障害[Japan Coma Scale:以下,JCS],呼吸抑制,縮瞳,せん妄,消化器症状等),ナロキソンの投与方法,用量,投与後の疼痛増悪や離脱症状出現,オピオイド以外に傾眠を来す併用薬剤,予後予測(担当医の予後に関する記載)を診療録から調査した.ナロキソン投与後の呼吸抑制の変化は,呼吸数≥10回で改善と定義した.肝機能は施設基準(AST<40, ALT<45)の2倍以上の場合は肝機能低下ありと定義した.腎機能はeGFR<60 ml/min/1.73 m2を腎機能低下ありと定義した.OMEDDは経口モルヒネ1に対して,モルヒネ注0.5,経口ヒドロモルフォン0.2,ヒドロモルフォン注0.04,経口オキシコドン0.66,オキシコドン注0.5,フェンタニル注0.01,タペンタドール3.33,メサドン10で換算を行った5).
当該期間に18,161症例に強オピオイドが処方され,処置および手術で使用された698例を除外した17,463例を対象とした.そのうちナロキソン投与例は18例(0.10%)だった( 表1, 表2).
No. | 年齢 | 性別 | 癌腫 | オピオイド | 投与経路 | ベース量(OMEDD) | NLX投与前24時間量(OMEDD) | 傾眠/意識障害(JCS) | 呼吸抑制(回/分) | NLX投与方法 | NLXボーラス量 | NLX持続投与量 | 転帰 | 疼痛再燃 | 呼吸抑制改善RR≥10までの時間 | 中枢神経病変 | 併用薬剤(1日量) | オピオイド過量時の背景 |
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1 | 70 | M | 固形がん | OXC | IV | 120 | 120 | II-10 | 3 | 複数 | 0.2+0.1 | 軽快 | 有 | 13時間 | 無 | ハロペリドール2.5 mg | 腎機能低下 | |
2 | 76 | M | 固形がん | HDM | PO | 70 | 70 | II-20 | 5 | 単回→持続 | 0.04 | 100 µg/h | 軽快 | 無 | 30時間 | 無 | — | 腎機能低下,症状緩和 |
3 | 64 | F | 固形がん | TAP+OXC | PO | 300 | 300 | II-10 | 5 | 複数 | 0.08+0.04 | 軽快 | 無 | 12時間 | 無 | トラゾドン50 mg, リスペリドン1 mg | 症状緩和 | |
4 | 72 | F | 固形がん | HDM | PO | 70 | 70 | II-20 | 10 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 有 | SpO2低下のみ | 有 | エスシタロプラム5 mg, トラゾドン50 mg, プレガバリン50 mg | 予後予測週単位 | |
5 | 67 | M | 固形がん | OXC | IV | 72 | 114 | II-10 | SpO2低下 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 無 | RR記載なし | 無 | — | 腎機能低下 | |
6 | 70 | M | 血液腫瘍 | MOR | IV | 57.6 | 75.2 | III-200 | SpO2低下 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 無 | RR記載なし | 無 | — | 腎機能低下,オピオイド増量 | |
7 | 77 | M | 固形がん | HDM | PO | 50 | 50 | II-10 | 6 | 複数 | 0.2+0.04 | 軽快 | 無 | 11時間 | 無 | プレガバリン25 mg | 予後予測週単位,オピオイド変更 | |
8 | 51 | M | 血液腫瘍 | OXC | IV | 240 | 1040 | II-10 | 無 | 複数 | 0.2+0.2 | 軽快 | 有 | 呼吸抑制なし | 無 | ケタミン115.2 mg | レスキュー頻用 | |
9 | 63 | M | 固形がん | MOR | IV | 76.8 | 156.8 | III-30 | 5 | 複数 | 0.2+0.2 | 軽快 | 有 | 11時間 | 無 | ハロペリドール10 mg, リスペリドン2 mg, ヒドロキシジン25 mg | オピオイド変更 | |
10 | 70 | F | 固形がん | MDN | PO | 750 | 750 | 無 | 8 | 単回→持続 | 0.2 | 50 µg/h | 軽快 | 有 | 36時間 | 有 | オランザピン2.5 mg, エチゾラム2 mg | オピオイド変更 |
11 | 73 | M | 血液腫瘍 | FEN | IV | 86.4 | 144 | 無 | 3 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 有 | 9分 | 無 | — | オピオイド増量 | |
12 | 73 | F | 固形がん | MOR | IV | 48 | 48 | III-200 | SpO2低下 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 有 | 呼吸抑制なし | 有 | プレガバリン75 mg | 腎機能低下 | |
13 | 56 | M | 固形がん | FEN | TD | 180 | 180 | II-30 | 6 | 複数 | 0.02+0.02+0.02 | 軽快 | 有 | 42時間 | 無 | ゾルピデム5 mg | 不明(フェンタニル貼付剤使用中の発熱) | |
14 | 72 | M | 固形がん | FEN | IV | 21 | 21 | II-10 | 7 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 有 | オピオイド中止のみで改善(1時間) | 有 | — | 腎機能低下 | |
15 | 46 | M | 固形がん | MOR | IV | 113.2 | 223.6 | III-200 | SpO2低下 | 複数 | 0.1+0.1 | 死亡 | 無 | 4分 | 有 | ハロペリドール15 mg | 腎機能低下,予後予測週単位 | |
16 | 67 | M | 固形がん | OXC | PO | 120 | 120 | II-30 | 無 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 有 | 呼吸抑制なし | 有 | — | 肝腎機能低下,予後予測週単位 | |
17 | 72 | M | 固形がん | MOR | IV | 62.4 | 62.4 | III-300 | SpO2低下 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 無 | SpO2低下のみ | 無 | リスペリドン1 mg, プレガバリン75 mg | 予後予測週単位,オピオイド変更 | |
18 | 76 | F | 固形がん | MOR | IV | 96 | 96 | III-200 | 7 | 単回 | 0.2 | 軽快 | 有 | 7分 | 無 | ハロペリドール5 mg, クエチアピン25 mg, プレガバリン75 mg | 予後予測週単位,オピオイド変更 |
NLX:ナロキソン,OMEDD:経口モルヒネ換算量(mg),OXC:オキシコドン,HDM:ヒドロモルフォン,TAP:タペンタ,MOR:モルヒネ,MDN:メサドン,FEN:フェンタニル,PO:経口,IV:経静脈,TD:経皮
頻度 (%) | 頻度 (%) | ||
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年齢 | 〈オピオイド〉 | ||
<60 | 3 (16.7) | オピオイドの種類 | |
61–70 | 7 (38.9) | モルヒネ | 6 (33.3) |
≥71 | 8 (44.4) | オキシコドン | 4 (22.2) |
性別 | ヒドロモルフォン | 3 (16.7) | |
男性 | 13 (72.2) | フェンタニル | 3 (16.7) |
女性 | 5 (27.8) | メサドン | 1 (5.5) |
喫煙歴 | オキシコドンとタペンタドール併用 | 1 (5.5) | |
なし | 5 (27.8) | オピオイド投与量(OMEDD) | |
あり | 11 (61.1) | <60 mg/day | 4 (22.2) |
不明 | 2 (11.1) | ≥60, <100 mg/day | 7 (38.9) |
治療期 | ≥100 mg/day | 7 (38.9) | |
根治治療中 | 7 (38.9) | オピオイド変更 | |
臨床的予後予測週単位 | 7 (38.9) | なし | 14 (77.8) |
緩和的放射線治療中 | 3 (16.7) | あり | 4 (22.2) |
抗がん治療前 | 1 (5.5) | オピオイド増量 | |
がん腫 | なし | 15 (83.3) | |
肺 | 5 (27.8) | あり | 3 (16.7) |
乳腺 | 2 (11.1) | 投与経路 | |
血液 | 2 (11.1) | 経口 | 6 (33.3) |
原発不明 | 2 (11.1) | 注射 | 11 (61.1) |
その他 | 2 (11.1) | 経皮 | 1 (5.6) |
中枢神経病変 | 〈併用薬〉 | ||
なし | 11 (61.1) | 抗精神病薬 | |
あり | 7 (38.9) | なし | 11 (61.1) |
腎機能低下(eGFR<60) | あり | 7 (38.9) | |
なし | 10 (55.6) | 抗うつ薬 | |
あり | 8 (44.4) | なし | 16 (88.9) |
肝機能低下(AST,ALTが基準値の2倍以上) | あり | 2 (11.1) | |
なし | 16 (88.9) | ベンゾジアゼピン | |
あり | 2 (11.1) | なし | 16 (88.9) |
あり | 2 (11.1) | ||
ガバペンチノイド | |||
なし | 13 (72.2) | ||
あり | 5 (27.8) |
平均年齢は67.5歳(46–77),男性13例(72.2%),根治治療中7例(38.9%),主治医による予後予測週単位7例(38.9%),緩和的放射線治療中3例(16.7%),抗がん治療前1例(5.5%)だった.原発巣は肺5例(27.8%),乳腺2例(11.1%),血液2例(11.1%),原発不明2例(11.1%),その他2例(11.1%)だった.腎機能低下ありが8例(44.4%),肝機能低下ありが2例(11.1%)だった.腎機能低下ありのうち4例では前回値(1–6日前)と比較してeGFR 10 ml/min/1.73 m2以上の低下を認めた(ΔeGFR 15–54).中枢神経病変を7例(38.9%)に認め,その内訳は脳転移4例(22.2%),陳旧性脳梗塞4例(16.7%)(1例は重複)だった.11例(61.1%)が喫煙歴(現喫煙または禁煙後10年以内)を有していた.
定期オピオイドの種類と投与経路は,モルヒネ6例(33.3%)(注射6例),オキシコドン4例(22.2%)(経口1例,注射3例),ヒドロモルフォン3例(16.7%)(経口3例),フェンタニル3例(16.7%)(注射2例,経皮1例),メサドン1例(5.5%)(経口),オキシコドンとタペンタドール併用1例(5.5%)(経口)だった.過量症状出現前24時間のOMEDDの中央値は81.6 mg(範囲21–750),過量症状出現前24時間のレスキュー薬を含む投与量は117.0 mg(範囲21–1040)だった.オピオイド使用目的(重複あり)は,がん疼痛17例(骨転移9例,胸腹膜播種3例,その他5例),がん治療関連痛2例(移植片対宿主病(GVHD)による口腔粘膜障害),呼吸困難3例(慢性GVHDによる閉塞性肺障害1例,胸水貯留1例,多発肺転移1例)だった.
ナロキソン投与前のオピオイド過量症状(重複あり)は,傾眠/意識障害16例(JCSII-10 6例,II-20 2例,II-30 2例,III-200 4例,III-300 2例),呼吸抑制11例(平均呼吸数4回/分5例,6回/分4例,9回/分2例),縮瞳5例,せん妄1例,ミオクローヌス1例,嘔吐1例だった.傾眠に影響を与えた可能性がある併用薬剤(重複あり)は,プレガバリン5例,ハロペリドール4例,リスペリドン3例,トラゾドン2例,オランザピン2例,クエチアピン1例,エスシタロプラム1例,ゾルピデム1例,エチゾラム1例,ヒドロキシジン1例,ケタミン1例だった.
ナロキソンの投与方法は,単回静注9例(50.0%),2回以上静注7例(38.9%),持続投与2例(11.1%)だった.単回静注では9例すべて0.2 mg/回を投与していた.複数回静注では0.1–0.2 mg/回投与が5例,0.02–0.08 mg/回投与が2例だった.持続投与2例のナロキソン総投与量は,ボーラス投与も含めて1.74 mg,3.0 mgだった.持続投与を必要とした2例で使用していたオピオイドは経口ヒドロモルフォン,メサドンだった.
ナロキソン投与後,呼吸抑制の改善に要した時間は,10分以内が3例,24時間以内が4例,30時間以上が3例だった.30時間以上を要したのは,ヒドロモルフォン内服,メサドン内服,フェンタニル貼付剤だった.
ナロキソン投与後の疼痛再燃を11例(61.1%)に認め,投与方法の内訳は単回静注6例,複数回静注4例,持続投与1例だった.ナロキソン投与後のオピオイド離脱症状を3例に認め,投与方法の内訳は単回静注2例,複数回静注1例だった.オピオイド離脱症状は頻呼吸1例,嘔吐1例,注意障害1例だった.
本研究は,症状緩和目的にオピオイドが投与されているがん患者に対してナロキソンが投与された症例を検討した報告で,先行研究に類似する報告はない.ナロキソン投与を要した症例は0.10%で,注射でのオピオイド投与症例が多かったが,オピオイド投与量はOMEDD21–1040 mg/日と大きな幅があり,発現した過量症状は傾眠,呼吸抑制が多かった.
慢性疼痛患者を対象とした研究では,オピオイド使用患者の0.038%にオピオイド過量を認め6),オピオイド過量による意識障害や呼吸抑制に関連する因子は,ガバペンチノイドの使用7),腎障害8–10),心疾患,呼吸器疾患8),中枢神経鎮静薬8,10),喫煙歴8),高用量オピオイドの使用9),オピオイド投与後24時間,高齢者10)が挙げられていた.術後患者を対象とした研究では,閉塞性睡眠時無呼吸症候群,術直後の無呼吸,低換気,酸素飽和度低下の発生にナロキソン使用が有意に高かった11).先行研究におけるオピオイド使用量(OMEDD)は,40.3–88.57 mg/日だった8–11).本研究においても腎機能障害,ガバペンチノイドの併用,喫煙歴がある患者が多い点は類似していた.
先行研究では年間50–100例以上のナロキソン投与症例を集積しているのに対し,本研究では9年間で18例の症例数にとどまった.国外では強オピオイドが慢性疼痛に対する適応を有する国があり,例えばアメリカでは年間160万人がオピオイド使用障害を有し,69,000人がオピオイド過量のため死亡する社会問題となっている12).このような社会背景の違いがあり,海外の報告は症例数や対象集団が異なっている.本邦では周術期を除くオピオイドの使用はほとんどががん患者であること,当院ではがん患者の診療のみを行っており,化学療法を行う若年がん患者が多くを占め,臓器機能がある程度保たれている症例が多いことが,オピオイド過量症例およびナロキソン使用に至る症例が少ない要因である可能性がある.
腎機能悪化例において,オキシコドンの血中濃度は約1.6倍13),ヒドロモルフォンは2–4倍に上昇する14).また,モルヒネの活性代謝産物M-3-G(モルヒネ-3-グルクロニド)およびM-6-G(モルヒネ-6-グルクロニド)は腎排泄であるため蓄積する15).肝機能障害時の血中濃度は,オキシコドンで健康成人の2倍13),ヒドロモルフォンは4倍高くなる14).本研究でも臓器機能悪化時にナロキソン投与を要した症例を認めており,肝,腎機能障害がある患者では代謝,排泄遅延と,レスキュー薬頻用によるオピオイド血中濃度上昇による16)呼吸抑制や意識障害の出現に注意が必要である.本研究における腎機能低下8例のうち4例では前回値と比較して急な腎機能低下を来しており,急な腎機能低下を起こしうる病態では過量症状に留意が必要な可能性がある.
麻酔薬および麻酔関連薬使用ガイドラインでは,成人におけるナロキソンの投与は0.04–0.08 mg/回で静脈投与し,反応を見ながら追加投与を行うとされる.また,遷延性呼吸抑制の場合には2–10 µg/kg/hr(成人上限は0.8 mg/kg/hr)または1時間あたり初回投与の2/3での持続投与に切り替えるよう記載されている17).ナロキソンの呼吸抑制に対する拮抗作用は,鎮痛に対する拮抗作用の2–3倍強力であり,硬膜外モルヒネ投与による呼吸抑制に対して,モルヒネの鎮痛作用は保たれながら呼吸抑制は拮抗される17).
本研究において呼吸数が10回/分まで安定するのに30時間以上を要したのは,ヒドロモルフォン内服,メサドン内服,フェンタニル貼付剤使用例だった.また,ナロキソンの持続投与を必要とした症例はヒドロモルフォン内服,メサドンの2例であった.添付文書において,ヒドロモルフォン6 mg錠は半減期16.8±6.69 hr14),メサドン5 mg錠は半減期37.2±4.6 hr18)といずれも半減期の長い薬剤である.ナロキソン0.4 mgは半減期64±12分19)であり,ガイドラインでは半減期の長い薬剤においてはナロキソンの持続投与を要する場合があると記されている17).オピオイドによる特性を比較した際,呼吸抑制のED50(半数効果用量)はモルヒネ170.3 mg/kg,オキシコドン4281 mg/kg,フェンタニル0.45 mg/kgと大きな違いがある20).このフェンタニルの特性があるため,呼吸抑制を起こした症例のフェンタニル血中濃度は他剤と比較して低く,半減期の長い貼付剤(フェンタニル貼付剤半減期は反復投与剥離後31.31±9.78 hr (25 µg/hr),25.73±7.00 hr (50 µg/hr)21),21.5±5.9 hr (100 µg/hr)22),単回投与21.4±5.8 hr (100 µg/hr)23))であってもナロキソンの持続投与を要さなかった可能性を考える.
傾眠に影響を与えた可能性がある併用薬剤は,いずれも新規導入ではなく以前から使用されていた薬剤だったため,直接的な傾眠の因子とは考え難いが,併用薬剤も肝腎機能障害がある場合には代謝排泄の遅延がある.とくにプレガバリンは尿中排泄率が90%の腎排泄性薬物であり,腎機能に応じた用量調整が推奨されている.腎機能を考慮した推奨量でも中枢神経系有害事象が非腎機能低下患者に比べて多いという報告もあり,注意が必要である24).
投与方法についてはナロキソンを使用した18症例のみの検討であり,単回静注,複数回静注,持続投与の方法の違いや静注時の濃度において統計学的検討は困難だった.持続投与ではナロキソン総投与量は単回および複数回投与に比して多いが,オピオイド離脱症状を認めておらず,持続投与による緩やかな血中濃度低下が有効であった可能性がある.
ナロキソン投与を要した患者のうち,腎機能低下を多く認めた(55.6%)のはがん終末期の患者が多かった(38.9%)背景にも起因していた可能性が示唆される.がん終末期には安楽な状態を目指したいが,本研究ではナロキソン投与時に痛みの増悪やオピオイド離脱症状を呈した症例を認めた.ナロキソンはオピオイドと拮抗する薬理作用があるため,オピオイド過量症状に拮抗するだけでなく,本来の目的である鎮痛に対しても拮抗作用を発揮する可能性がある.ナロキソンを投与する際には,痛みの再燃や離脱症状の出現による苦痛増強を抑えるため,使用量を慎重に決める必要がある.また,終末期の呼吸数低下に対してナロキソンを使うと苦痛を強めてしまう可能性があり25),終末期がん患者の呼吸数低下がみられた場合は,オピオイド過量によるものか,病状進行に伴う自然な経過なのかを見極めたうえでナロキソン投与を検討することが求められる.
本研究の強みは,長期間のデータかつ,がん患者のみの集団で強オピオイドが使用されている十分な症例数の中から,担当医によって臨床的にナロキソンが必要であると判断された全症例を抽出したことである.強オピオイド過量症状は頻度が低いが強オピオイドを投与する際に注意しなければならない有害事象であり,単施設の全症例を抽出したことにより,過量症状のリアルワールドでの実態を反映する集団を抽出できていると考える.
一方で,本研究には限界がある.第一にオピオイド過量症状に関連する情報の収集において,呼吸回数,縮瞳の有無などの欠損データがあるため,データに基づいた解析や考察が限定的である.第二に,施設でナロキソン投与の基準を設けているわけではないため,ナロキソン投与時の状況は統一されておらず,主治医の判断によっている.ゆえに,オピオイド治療中の患者で過量症状があったもののナロキソンを使用しなかった症例については検討できていない.第三に,臨床的にオピオイド過量症状を来した対象集団における背景因子を探索した後ろ向き研究であり,かつ,過量症状を来さない対照集団との比較を行っていないことである.したがって,この結果の臨床的意義を考察する際に,オピオイドによる過量症状出現のリスク因子を拾い切れていない可能性がある点には注意が必要である.
ナロキソン投与を必要とする強オピオイド過量のリスク因子について,腎機能低下,臨床的予後予測週単位,オピオイド変更/増量後が示唆された.強オピオイド投与中に患者がこのような状態変化をきたした場合には過量症状に注意が必要である.
里見絵理子:講演料50万円以上(塩野義製薬株式会社)
その他:該当なし
石川,石木は研究の構想およびデザイン,研究データの収集および分析と解釈,原稿の起草および原稿の重要な内容に関わる批判的な推敲に貢献した.里見は研究データの収集および分析と解釈,原稿の重要な内容に関わる批判的な推敲に貢献した.松原,池上,川崎,荒川,池長,飯田,近藤は研究データの解釈および原稿の重要な内容に関わる批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.