【目的】本研究の目的は,緩和ケアの専門家が不在の施設に所属する医師が抱くがん患者への緩和ケア提供上の困難を明らかにすることである.【方法】A県内にある日本緩和医療学会認定医,専門医等の緩和ケアの専門家が不在の施設に所属するがん医療に携わる医師11名を対象に半構成的面接を実施し,内容分析を行った.【結果】対象者は,がん患者の症状に対する迅速な対応を求められるが,周辺に相談可能な施設がなく《地域連携における困難》があるなか,専門家や自施設の医療者に相談できず《緩和ケアに係る相談における困難》を抱いていた.また,がん患者が持つ複雑性の高い症状への《症状緩和における困難》を経験していた.背景には,多忙さなどの《医師個人の緩和ケア提供の基盤における困難》があった.【結論】迅速な症状緩和が必要な場合や複雑性の高い症状へ対応するために,専門家の継続的な外部コンサルテーション体制構築の必要性が示唆された.
Objectives: This study aimed to describe the difficulties faced by physicians in providing palliative care to patients with cancer in facilities without palliative care specialists. Methods: Semi-structured interviews were conducted with 11 physicians involved in cancer treatment who were affiliated with facilities having no palliative care specialists such as Diplomate or Board Certification of the Specialty Board of Palliative Medicine of the Japanese Society for Palliative Medicine. The interview data were analyzed using qualitative content analysis. Results: The participants had “difficulties in palliative care consultation” because they could not consult with specialists or medical staff at their own facility, when immediate response to cancer symptoms was required. This was partly due to “difficulties in regional cooperation”. In addition, the participants had “difficulties in alleviation of symptoms” for highly complex symptoms of patients with cancer. Behind these difficulties, there was “difficulties in foundation of providing palliative care for individual physicians” including limited time available to the participants. Conclusion: These findings show that there is a necessity to establish a continuous external consultation system for specialists to respond to the immediacy of changes in symptoms and highly complex symptoms.
わが国のがん罹患数は,2039年までに約117万人に増加すると推測されている1).がん患者は疾患に伴う症状だけでなくその環境の影響も受け,複雑性の高い症状を抱えている2,3).今後,高齢者の増加による多疾患併存など,より複雑な課題への対処が求められる.そのため,がん患者には診断時から切れ目のない緩和ケアが必要である.
がん対策推進基本計画4)により,緩和ケア提供体制はがん診療連携拠点病院(以下,拠点病院)を中心に整備されてきたが,がんの診断や初回治療の約4割5),看取りの約6割が一般病院で行われており6),拠点病院以外での緩和ケアの普及が急務である.基本的緩和ケアの普及を目的としたPalliative care Emphasis program on symptom management and Assessment for Continuous medical Education(PEACE)研修を受けた医師は17万人を超え7),基本的緩和ケアの提供者は充足しつつある.しかし,緩和ケア専門家(以下,専門家)である日本緩和医療学会認定専門医または認定医が在籍する施設は拠点病院であっても約74%であり8),拠点病院以外はさらに専門家は少なく,支援を得づらい環境にある9–11).拠点病院以外に所属する医師は,より専門家の支援を得ることへの困難を抱えており12),自施設における専門家の不在が医師の緩和ケア提供に関する困難に影響している可能性がある.
医師が抱く緩和ケア提供上の困難は,腫瘍内科医では,身体・精神的な症状緩和の困難や,緩和ケア提供における時間的制約などが13,14),一般開業医では,多職種チーム内の役割や責任の不明瞭さや,患者・家族とのコミュニケーションの困難が報告されている15,16)が,これらの先行研究では専門家の有無については着目されていない.地域における効果的なコンサルテーション体制の構築をするためには,緩和ケア専門家が不在の施設の医師のコンサルテーションニーズ,およびそのニーズを生み出す困難について明らかにする必要がある.なお,コンサルテーションニーズについてはすでに他誌にて報告済である17).地域での緩和ケアの普及に向け,専門家が不在の環境で抱く医師の緩和ケア提供の困難を明らかにし,困難を軽減する支援策を検討することが重要である.
そこで,本研究の目的は,緩和ケア専門家が不在の施設に所属する医師が抱く,がん患者への緩和ケア提供上の困難を明らかにすることである.本研究により,専門家が不在の施設に所属する医師の,緩和ケア提供上の困難を軽減する支援策について示唆を得ることができる.
Webによる面接調査を用いた質的記述的研究である.
用語の操作的定義緩和ケア提供上の困難:困難とは,「ものごとをなしとげたり実行したりすることがむずかしいこと」である18).先行研究19,20)の定義も参考に,本研究における緩和ケア提供上の困難とは,『医師ががん患者に対して,苦痛症状の緩和や家族ケア,終末期ケアである緩和ケアを提供する際に,難しさを抱く事柄や困る事柄』とした.
研究対象者A県でがん医療を提供する医師を対象とした.選定基準は,Zoom(Zoomビデオコミュニケーションズ)による面接調査が可能な者とし,1)日本緩和医療学会認定医,専門医,2)国指定がん診療連携拠点病院,緩和ケア病棟がある施設,日本緩和医療学会専門医の所属施設のいずれかに該当する施設の者は除外した.なお,対象者数はレビュー文献を基に8名以上21)と設定し,11名のデータから理論的飽和を確認し選定を終了した.
調査手順研究者のネットワークから機縁法により候補者を選定した.メールで研究協力を打診し,研究参加の内諾が得られた場合,調査の日程を調整した.面接調査は,研究分担者である緩和ケア・看護学の研究者が一対一で実施し,面接当日にオンライン上で文書を用いて研究概要を説明し,電磁的記録で同意書への署名を取得した.データ収集期間は,2023年8~10月であった.
調査項目文献検討14,16,22)を基に独自に作成したインタビューガイドを用い,コンサルテーションニーズ17)およびそのニーズを生み出す困難に関する半構成的面接を行った.そのうち,本研究は,困難を明らかにするため,「現在,がん診療にあたり,緩和医療・ケアに関して困っていること」について,1)がんの診断時,2)治療中,3)治療中止の検討時期,4)終末期の時期別に尋ね,困難として語られた内容を抽出して分析した.面接内容は,対象者の同意を得てICレコーダーに録音した.
分析方法Graneheimら23)の手法を基に内容分析を行った.本研究は,緩和ケア提供上の困難に関する対象者の経験や思考過程を包括的に記述するため,データの顕在する意味だけでなく潜在する意味も扱うことができる本手法を選択した.分析は真実性,妥当性確保のため複数の緩和ケア・看護学の研究者で行った.まず,逐語録から対象者の語りの意味を損なわないように困難の語りを抽出して意味単位とし,文脈を要約してコードを作成した.次に,全コードを集約し,類似性や相違性によりカテゴリ化した.さらに,多職種による研究班会議でピアレビューを受け,結果解釈の相違がある場合は議論を行い合意形成した.
倫理的配慮大阪大学医学部附属病院観察研究等倫理審査委員会の承認(承認番号:23115)および研究機関の長の許可を得て実施した.対象者には,研究参加は自由意思であり,同意しない場合でも不利益はないこと,個人情報の保護やデータの管理方法等を説明し,同意を得た.
対象者11名の平均臨床経験年数は24.9±標準偏差10.8年であり,診療科は消化器外科が4名と最も多かった.9名にがん診療に携わる医師に対する緩和ケア研修会受講歴があった(表1).調査項目すべてに要した面接時間は中央値53分(範囲40~87分)であった.
項目 | n |
---|---|
年齢(平均±標準偏差) | 50.6±10.8 |
臨床経験年数(平均±標準偏差) | 24.9±10.8 |
性別 | |
男性 | 10 |
女性 | 1 |
所属施設の病床数 | |
20床未満 | 1 |
20床以上100床未満 | 2 |
100床以上200床未満 | 2 |
200床以上300床未満 | 4 |
300床以上400床未満 | 2 |
診療科 | |
消化器外科 | 4 |
総合診療科 | 3 |
乳腺外科 | 1 |
外科 | 1 |
呼吸器内科 | 1 |
消化器内科 | 1 |
がん患者診療数(/週) | |
10名未満 | 5 |
10名以上20名未満 | 2 |
20名以上30名未満 | 4 |
緩和ケアの対象となるがん患者診療数(/年) | |
20名未満 | 5 |
20名以上50名未満 | 4 |
50名以上 | 2 |
緩和ケアに関する研修会受講歴 | |
あり | 9 |
なし | 2 |
緩和ケア提供上の困難として,84のコードから,29の〈サブカテゴリ〉,8の《カテゴリ》に集約された(表2).代表的な語りは,「 」に示す.
カテゴリ | サブカテゴリ | 主なコード |
---|---|---|
緩和ケアに係る相談における困難 | 緩和ケアの専門家へのタイムリーな相談の難しさ | ・積極的治療中止の判断について,緩和ケア専門家に迅速に診察してほしいタイミングでの相談が難しい |
・緩和ケア専門家が常駐しておらず,専門的な症状緩和が求められるタイミングでの相談が難しい | ||
・患者の状態が急激に悪化するタイミングで緩和ケア専門家へ相談することが難しい | ||
早期からの専門的緩和ケア導入の難しさ | ・診断時から病状が進行している患者への早期からの専門的緩和ケアの導入が難しい | |
緩和ケア提供に関わる多職種協働の難しさ | ・医療者と患者の情報を共有する機会がなく,治療方針の共通認識を持つことが難しい | |
・緩和ケアに関して多職種連携を行う土壌が育たない | ||
・医療者の人員不足により緩和ケアに関する多職種カンファレンスの開催が難しい | ||
他の医療者へ相談できない環境での緩和ケア提供の難しさ | ・内臓痛以外の疼痛に対する薬剤選択について相談できる相手が院内にいない | |
・積極的治療終了時期の判断について相談できる相手が院内にいない | ||
・症状緩和に関するカンファレンスの機会がなく,自身の判断で対応しなければならない | ||
地域連携における困難 | 地域にコンサルテーション可能な施設がない | ・地域に緩和ケアに関する正式なコンサルテーションができる施設がない |
・地域にがん患者の精神症状に関するコンサルテーションができる施設がない | ||
前医との患者情報の共有の難しさ | ・紹介状に前医での病状説明の様子が記載されておらず,患者の病状理解の把握が難しい | |
・前医からの書面のみの情報提供では,患者の病状の受け入れ状況の把握が難しい | ||
・前医からの情報提供が十分でなく,患者から得た情報だけではがんの病状や治療方針についての把握が難しい | ||
医師個人の緩和ケア提供の基盤における困難 | 忙しさを背景にした緩和ケア提供の難しさ | ・外科医として手術や抗がん剤治療に割く時間が多く,患者の症状緩和に十分な時間を確保することが難しい |
・多忙のため,告知後の患者の精神的ケアに十分な時間を確保することが難しい | ||
・多数の患者の診療のため,予後の認識にずれがある患者に対して時間を割いて関わることが難しい | ||
緩和ケアに適した療養環境の提供の難しさ | ・一般病棟で終末期患者の家族の付き添い時間を十分に確保することが難しい | |
・あらゆる疾患の患者が入院する療養病棟でがん患者の精神的苦痛への十分な介入が難しい | ||
・院内に家族ケアも可能な相談場所を設けることが難しい | ||
院内で統一した緩和ケア提供の難しさ | ・疼痛緩和に関して他の医師との緩和ケア提供方法が院内で統一されていない | |
・スピリチュアルペインや精神的苦痛について院内の他の医師と意見の統一を図ることが難しい | ||
時勢に適した知識のアップデートの機会のなさ | ・緩和ケア研修会受講から期間が空き,知識のブラッシュアップが十分でない | |
予後予測の難しさ | ・診療経験が少ない希少がん患者の予後の見通しの予測が難しい | |
・臨終のときの予測は予想通りにいかず難しい | ||
積極的治療終了時期の判断の難しさ | ・治療効果が望めなくなりつつある患者の積極的治療中止のタイミングの判断が難しい | |
ライフステージ別の課題への対応の難しさ | ・若年患者が活用できる社会資源や療養場所が限られており支援の調整が難しい | |
・壮年期の終末期患者の,予後をより有意義なものとする関わりが難しい | ||
・独居高齢患者の生活背景の把握が難しい | ||
症状緩和における困難 | 基本的緩和ケアでは対処できない症状緩和の難しさ | ・身体症状の緩和だけでは改善しないせん妄や不安に対して,抗精神病薬が著効しない場合に困る |
・緩和ケア専門家が常駐しておらず,より専門的な疼痛緩和が難しい | ||
・在宅療養患者のせん妄や呼吸困難など難治性の症状の緩和が難しい | ||
高齢患者に対する症状緩和の難しさ | ・高齢患者の生理機能の変化を考慮した症状や薬効の評価が難しい | |
全人的苦痛のアセスメントの難しさ | ・初診となる終末期患者の全人的苦痛をアセスメントすることが難しい | |
緩和ケア特有の薬剤の使用・調整の難しさ | ・呼吸困難に対するオピオイドの調整が難しい | |
・悪性腹水に対する薬物療法における症状再燃時の薬剤調整が難しい | ||
・使用経験がないオピオイドの使用方法やメリットがわからず困る | ||
患者とのコミュニケーションにおける困難 | 関係性構築が十分でない患者への予後の説明の難しさ | ・前医で適切な予後の見通しが伝えられなかった患者に対して関係性が築けていない段階で改めて予後を説明することが難しい |
・前医からの紹介状に記載の予後と患者の理解が異なる場合に関係性が築けていない段階で改めて予後を説明することが難しい | ||
病状が進行している患者への関わりの難しさ | ・進行がんの診断により心理的衝撃を受けている患者・家族への関わりが難しい | |
・病状の進行が速く,積極的治療終了を受け入れられない患者への関わりが難しい | ||
・病状が進行した状態で紹介を受け,患者と関係性を構築することが難しい | ||
積極的治療終了時期を伝える難しさ | ・診断直後の患者に,今後積極的治療終了を検討する時期が来ることをどこまで伝えるかが難しい | |
・治療中の患者に,今後積極的治療終了を検討する時期が来ることをどのように伝えるかが難しい | ||
家族ケアにおける困難 | 家族へのグリーフケアの難しさ | ・患者が亡くなった後の家族のグリーフケアへの介入が不十分であり難しい |
ACPの困難 | 患者の意向や価値観の把握の難しさ | ・ACPのプロセスに十分介入できておらず,患者の希望の把握が難しい |
・患者の希望する最期の過ごし方について事前に共有することが難しい | ||
ACPの普及の不十分さ | ・ACPが普及しておらず困る | |
・社会全体で緩和ケアの先にある死への向き合い方やACPについて普及しておらず困る | ||
療養場所の調整における困難 | 緩和ケア病棟へのアクセスの難しさ | ・緩和ケア病棟のある施設へ初診となる入院中の患者は緩和ケア病棟へ転院することが難しい |
・緩和ケア病棟の病床数の制限のため,拠点病院以外の病院から転院することが難しい | ||
・近隣の緩和ケア病棟の病床数が少なく待機時間も長いため患者を紹介できない | ||
緩和ケアを実践できる医療・介護施設へのアクセスの難しさ | ・周辺地域に緩和ケアを提供できる高齢者施設が少なく患者を紹介できない | |
・地域でがん患者の受け入れが可能な高齢者施設や介護施設が限られている | ||
・高齢者施設や介護施設では状態悪化時の対応ができないため,症状の増悪が予想される患者の療養場所の調整が難しい | ||
緩和ケアの経験の少ない地域の医療者との協働の難しさ | ・緩和ケアの経験の少ない訪問看護師やケアマネジャーとの連携が難しい | |
患者の納得を得たうえでの療養場所の移行の難しさ | ・家族の受け入れ状況により患者の在宅療養の希望が叶えられない場合に困る | |
・治療・療養の場の移行時に,担当医の変更に抵抗がある患者の納得を得ることが難しい | ||
・積極的治療終了時に転院となることを,患者の納得が得られるように伝えることが難しい | ||
高齢患者の在宅での看取りの難しさ | ・老老介護が多く,家族のマンパワー不足のために高齢患者の在宅での看取りが難しい | |
・地域の特性上,高齢患者の家族は仕事のために介護ができず,終末期の在宅療養が難しい | ||
・独居高齢患者は療養場所の選択肢が限られており,在宅で看取ることが難しい | ||
患者を包括的に捉えた療養場所の調整の難しさ | ・治療適応がなく,身体・心理・社会面でさまざまな問題を抱える患者の療養場所の調整が難しい | |
・病状の進行が速い患者は段階的に説明する時間がなく,療養場所の調整が難しい | ||
・家族の受け入れや経済的理由により自宅退院や施設入所ができない患者の療養場所の調整が難しい |
ACP: advance care planning
本カテゴリでは,対象者は患者の急激な病状変化やそれに伴う治療継続の可否について迅速な対応が求められるなか,施設に専門家が不在のため〈緩和ケアの専門家へのタイムリーな相談の難しさ〉や〈早期からの専門的緩和ケア導入の難しさ〉を抱いていた.加えて,施設の医療者と診療方針を共有・検討する機会もなく,〈緩和ケア提供に関わる多職種協働の難しさ〉や〈他の医療者へ相談できない環境での緩和ケア提供の難しさ〉が語られた.
〈緩和ケアの専門家へのタイムリーな相談の難しさ〉の代表的な語りを示す.
「前もって,それ(緩和医療専門医の診察)はお願いすればいいんですけど,そういうの(積極的治療継続の判断を迫られる状況)って突然来たりするので,今診てほしいっていう時にやっぱりうちみたいな(専門医が常駐していない)病院だと(相談できず)困る」(ID-G)
2. 《地域連携における困難》本カテゴリでは,対象者は症状緩和の経験を有する専門家以外の医師にインフォーマルな相談は行っているが,〈地域にコンサルテーション可能な施設がない〉困難が語られた.また,紹介を受けた患者等に関する〈前医との患者情報の共有の難しさ〉を抱いていた.
〈地域にコンサルテーション可能な施設がない〉の代表的な語りを示す.
「そういうもの(症状緩和)に関しての相談相手というのは,訪問診療(を行っている医師)数人程度しかないので.要するに,形としてのコンサルテーションができるの(施設)がこの界隈にはあまりない」(ID-I)
3. 《医師個人の緩和ケア提供の基盤における困難》本カテゴリは,緩和ケア提供の基盤となる,緩和ケアにかける時間や施設環境,経験等の制約における困難であり,対象者がそれぞれの専門科の診療に加えて,緩和ケアを提供しているために〈忙しさを背景にした緩和ケア提供の難しさ〉や,〈緩和ケアに適した療養環境の提供の難しさ〉,〈院内で統一した緩和ケア提供の難しさ〉を抱いていた.そして,対象者は緩和ケア研修会受講後の,〈時勢に適した知識のアップデートの機会のなさ〉や,診療経験が少ない状況等での〈予後予測の難しさ〉,〈積極的治療終了時期の判断の難しさ〉,〈ライフステージ別の課題への対応の難しさ〉を感じていた.
〈忙しさを背景にした緩和ケア提供の難しさ〉の代表的な語りを示す.
「終末期のがん性疼痛,精神的なものっていうのは,治療とはまた違うすごく大事な症状ではあるんですけど.そういう(手術や抗がん剤治療を行う)科の人間であるので,…(中略)…(十分に関わる時間が取れないことが)良くないとは分かっていても,なかなか(時間確保が)できない」(ID-I)
4. 《症状緩和における困難》本カテゴリでは,対象者は患者が持つ複合的な苦痛症状や難治性の症状への〈基本的緩和ケアでは対処できない症状緩和の難しさ〉や,高齢者の生理機能変化を考慮した〈高齢患者に対する症状緩和の難しさ〉を抱いていた.また,進行がん患者の〈全人的苦痛のアセスメントの難しさ〉も語られた.このような複雑性の高い症状緩和において〈緩和ケア特有の薬剤の使用・調整の難しさ〉も感じていた.
〈基本的緩和ケアでは対処できない症状緩和の難しさ〉の代表的な語りを示す.
「疼痛管理が十分できてないと不安が強まったりせん妄って結構悪化することがあるんですけど,その時にオピオイドしっかり使えばせん妄とか出てきづらいんですけど.ちょっと病的なせん妄の場合とか(患者が)だいぶ不安がちになってる時に向精神薬を使いたいんですけど(使用しても著効しない場合に困る)」(ID-H)
5. 《患者とのコミュニケーションにおける困難》本カテゴリでは,対象者は他院から紹介を受けた直後に〈関係性構築が十分でない患者への予後の説明の難しさ〉を抱いていた.また,患者の心理的負担に配慮した〈病状が進行している患者への関わりの難しさ〉や〈積極的治療終了時期を伝える難しさ〉が語られた.
〈関係性構築が十分でない患者への予後の説明の難しさ〉の代表的な語りを示す.
「(予後)月単位ですって言って(紹介されて)来たけど,私の目の前に来た時には,月単位じゃないでしょっていうケースもあって.…(中略)…もうちょっと短いよねっていう場合は,またバッドニュースをこっちで伝えないといけない」(ID-B)
6. 《家族ケアにおける困難》本カテゴリでは,患者が亡くなった後の家族ケアに十分介入できないために〈家族へのグリーフケアの難しさ〉が語られた.
〈家族へのグリーフケアの難しさ〉の代表的な語りを示す.
「(患者が亡くなった後の)家族のグリーフケアっていうの.なかなか手が回らないので今やれてなくって.でもニーズはあるなと思っているんですけど.ここは確かに困っている」(ID-C)
7. 《Advance care planning(ACP)の困難》本カテゴリでは,対象者がACPのプロセスに十分関与できないために〈患者の意向や価値観の把握の難しさ〉や,社会全体の〈ACPの普及の不十分さ〉が語られた.
〈患者の意向や価値観の把握の難しさ〉の代表的な語りを示す.
「(ACPのプロセスに自身も十分介入できず)一番困ってるのは,患者さんがどうしたいかっていうの(希望)がなかなか分からない(こと)」(ID-F)
8. 《療養場所の調整における困難》本カテゴリでは,対象者は,地域で緩和ケアを提供可能な人材や施設の不足による〈緩和ケア病棟へのアクセスの難しさ〉,〈緩和ケアを実践できる医療・介護施設へのアクセスの難しさ〉,〈緩和ケアの経験の少ない地域の医療者との協働の難しさ〉を抱いていた.そして,家族の介護力が得られない場合等に〈患者の納得を得たうえでの療養場所の移行の難しさ〉や,〈高齢患者の在宅での看取りの難しさ〉を抱いていた.さらに,患者の病勢や心理・社会的背景を考慮した〈患者を包括的に捉えた療養場所の調整の難しさ〉が語られた.
〈緩和ケア病棟へのアクセスの難しさ〉の代表的な語りを示す.
「(外来診察を経て)緩和病棟に入院っていうほうがスムーズで.いわゆる具合悪くなって(自施設に)入院して,転院をお願いしようとすると緩和病棟に関しては敷居が高い印象がある」(ID-G)
本研究の結果から,緩和ケア専門家が不在の施設では,専門家や施設の医療者への相談ができず,多忙さや知識のアップデートの機会がないなか,複雑性の高い症状であっても自身で対応せざるを得ないために困難が生じたと考えられた.本研究で一番重要な結果は,対象者が《緩和ケアに係る相談における困難》を抱いていたことである.〈緩和ケアの専門家へのタイムリーな相談の難しさ〉では,治療中止の時期や急激な症状悪化のタイミングに応じた相談の困難が語られた.この困難の根底には,がんの進行に伴う症状変化に予測的かつ迅速に対応する難しさがあると考えた.がん患者の症状変化に迅速に対応する難しさは先行研究で報告されてきたが3),本研究の対象者は,この難しさを解消するための専門家への相談ができず,困難として語られた可能性がある.これは,《地域連携における困難》でも語られた〈地域にコンサルテーション可能な施設がない〉ことも影響していると考えた.タイムリーな相談ができないことの困難を軽減するために,いつでも,必要ならば継続的に相談が可能な施設外の緩和ケア専門家に対するコンサルテーション体制の整備が必要と考える.
また,〈緩和ケア提供に関わる多職種協働の難しさ〉や〈他の医療者へ相談できない環境での緩和ケア提供の難しさ〉では,症状変化に予測的かつ迅速な対応が求められるなか,施設の医療者に相談できない現状が示された.専門家や医療者に相談できる環境の一般開業医を対象とした国外の先行研究16)では,多職種チームの役割や責任の分担に関する多職種協働の困難が報告されている.一方,本研究の対象者は,専門家だけでなく施設の医師や看護師への相談を含めた多職種協働ができず,自身で対応せざるを得ないことでの困難を経験しており,多職種協働の土壌が醸成されていないことが困難を生み出していると考えられた.さらに,《医師個人の緩和ケア提供の基盤における困難》の〈忙しさを背景にした緩和ケア提供の難しさ〉では,マルチタスクの中で緩和ケアを提供している状況があった.これにより,施設内で緩和ケア提供を主導する人がおらず,多職種協働をさらに困難とする可能性が示された.困難を軽減するために,施設外からの緩和ケアコンサルテーションを通じて,多職種協働に基づく緩和ケア提供体制を構築することも必要である.
本研究の次に重要な点は,対象者は《症状緩和における困難》において,基本的緩和ケアの範疇を超え,専門的緩和ケアが必要な症状緩和への困難を抱いていたことである.〈基本的緩和ケアでは対処できない症状緩和の難しさ〉では,身体症状と併せて精神症状を持つ患者等の複合的な症状緩和の困難が語られた.この困難の背景には,がん患者が持つ複雑性の高い症状への対応の難しさがあると考えた.がん患者は,複数の症状を持ち全人的苦痛を経験しており,これらの複雑性の高い症状への対応に医師の困難が生じる2,3).本研究では専門家の不在により,複雑性の高い症状に対応する難しさが増し,困難を生み出した可能性が明らかとなった.また,〈高齢患者に対する症状緩和の難しさ〉から,がん患者の複雑性の高い症状への対応に関する困難には,がん以外の疾患に関連した症状や患者背景も影響した可能性がある.対象者の所属する拠点病院以外の病院は,患者の年齢層が高く,併存疾患を持つ患者が多いとの報告がある24).がん患者の特性に,加齢等による非定型的な症状が加わり症状の複雑性が増し,困難を増強させた可能性がある.そこで,複雑性の高い症状を持つ患者や非定型的な症状を呈する高齢患者への緩和ケア提供に関して,専門家によるコンサルテーションが必要である.
加えて,《医師個人の緩和ケア提供の基盤における困難》に〈時勢に適した知識のアップデートの機会のなさ〉の困難があった.先行研究では,若手医師の方が症状緩和の困難が強く,知識や経験の不足が困難を生み出す可能性を指摘している25).しかし,本研究の対象者は,臨床経験年数も長く,緩和ケア研修会受講者が9名を占め,基本的な緩和ケアの知識を有する対象群であった.そのため,単なる緩和ケアに関する知識不足による困難ではなく,複雑性の高い症状を持つ専門的緩和ケアが必要な患者への診療にあたることでの困難を経験していたと考えた.そこで,専門家によるコンサルテーションを通じて,複雑性の高い症状を持つ患者への症状緩和に関わる技術や経験を習得する機会を持つことが有効になるだろう.
さらに,《患者とのコミュニケーションにおける困難》《家族ケアにおける困難》《ACPの困難》《療養場所の調整における困難》も明らかになった.これらは,先行研究で示された困難15,16,26)と一致しており,専門家の不在にかかわらず生じる困難であると考えた.これらの困難についても緩和ケア専門家による適切なコンサルテーションを行い,困難を軽減することが求められる.
困難を軽減するための支援策本研究で明らかになった困難を軽減するための支援策として,緩和ケア専門家へタイムリーな相談ができるよう,施設外から緩和ケアコンサルテーションを受けられる体制の構築および導入が必要であると考える.なかでも,患者の症状変化に予測的かつ迅速に対応するためには,継続的なコンサルテーションが必要である.コンサルテーションの内容としては,専門的緩和ケアが必要な複雑性の高い症状や高齢患者などの非定型的な症状緩和についての助言が挙げられる.さらに,施設の専門・認定看護師,薬剤師との協働など多職種協働による緩和ケア提供体制についても助言を行うことで,困難軽減の一助となると考える.
コンサルテーションの手法としては,ICTの活用やアウトリーチが考えられる.先行研究では,専門家の定期的なアウトリーチによる併診は,医療者の症状緩和の知識向上への有用性が示されており27),専門家との併診により,専門的緩和ケアが必要な患者のケアに関する知識の成熟につながると考える.
本研究の限界と今後の課題本研究の対象者は単一の都道府県で診療する医師を機縁式に選定したため,選択バイアスが生じた可能性がある.また,理論的飽和を確認したが,本研究をA県以外の医師に一般化することに限界がある.さらに,対象者の所属施設に緩和ケアを専門とする医師以外の職種の有無が結果に影響した可能性がある.今後は他の都道府県の医師に対象を拡大して調査を行う必要がある.
対象者は,がんの症状変化に迅速に対応する難しさがあるなか,緩和ケア専門家や施設の医療者に相談できず,《緩和ケアに係る相談における困難》を抱いていた.この背景には,周辺にがんの症状に関する相談可能な施設がないことの《地域連携における困難》があった.また,がん患者の持つ複雑性の高い症状に対応する難しさがあるなかで専門家に相談できないために《症状緩和における困難》を抱いていた.これらの背景には,多忙さなどの《医師個人の緩和ケア提供の基盤における困難》があった.医師の困難を軽減するために,継続的な施設外からのコンサルテーション体制構築の必要性が示された.
本研究の実施にあたり,ご協力いただきました対象者の皆様に深く感謝申し上げます.
なお,第29回日本緩和医療学会学術大会・第37回日本サイコオンコロジー学会総会合同学術大会で本研究の一部を発表した.
本研究は厚生労働科学研究費補助金がん対策推進総合研究事業23EA1020により行った.
木澤義之:講演料等(第一三共株式会社,中外製薬株式会社)
その他:該当なし
太田は研究データの分析,解釈,原稿の起草および内容の批判的な推敲に貢献;青木は研究データの収集,分析,解釈,原稿の起草および内容の批判的な推敲に貢献;山本および田村は研究データの収集,分析,解釈,原稿の内容の批判的な推敲に貢献;高尾は研究データの収集,分析,原稿の内容の批判的な推敲に貢献;木澤は研究の構想およびデザイン,原稿の内容の批判的な推敲に貢献;荒尾は研究の構想およびデザイン,研究データの分析,解釈,原稿の内容の批判的な推敲に貢献した.すべての著者は投稿論文ならびに出版原稿の最終承認,および研究の説明責任に同意した.