周産期学シンポジウム抄録集
Online ISSN : 2759-033X
Print ISSN : 1342-0526
第1回
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シンポジウム II: 非免疫性胎児水腫
シンポジウムのねらいとまとめ
中野 仁雄
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p. 64-66

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抄録

I はじめに

 1968年に発行されたモノグラフの中に,"Intrauterine patient"の言葉がみられる。恐らく,それ以前にもこの考え方があっただろうが,当時,それまでに比べて,胎児を評価するに足る情報が自信をもって得られるようになったとの確信のもとに行われた宣言と受け止めたい。その後,約15年の星霜を経て,来年は"Fetus as a patient"と題する国際シンポジウムが開催される予定と聞く。事実,この間の胎児臨床の変化には著しいものがある。先のシンポジウムにしても,当初の宣言に沿って積み重ねられた数多くの努力の結果であり,ようやく,個としての胎児を評価し,その疾病を論ずる基礎が整いつつあることを示すものにほかならない。

 初め,集団としての胎児の生物的特性に手をつけられたものが,現在,個を論ずるにまで育ったともいえるであろう。

 状態としての健康,疾病,死が,互いに連続しているのかには問題があろうが,問題指向的にまず死を,次いで疾病を論じる時代に至ったことは否めない。すでに,健康を論じる先き取りの姿すら現在みられるところでもある。

 病因,病態,予後,治療,あるいは,その予防すら可能な一部の例外を除いて,臨床胎児学の展開は大略このようなものであったろう。

 一方,新生児学に始まる初期胎外生活者への関心は因果律の教えるところに従って,分娩中から妊娠中へと,その観察の重要性を拡大し,ここに周産期医学の思想を完成させるに至った。もちろんのこと,呼吸管理を筆頭に,各種の高精度の新生児管理が備わったことによるところが大である。

 かくして,周産期というトンネルの入り口と出口とが実質的に連結し,さらには,適応現象を最大の使命とするこのトンネルにいかに列車を導くかが検討されるところとなった。

 15年間を,ざっと振り返るとこのようなことになろうが,いまや,胎児は生命担体という一臓器的な見方で許される存在ではない。まして,新生児はそうである。さらに,両者は集団としての理解から,個の理解を要するに至っている。

 本シンポジウムが催された背景はこのようなものであり,このことは,序文の小川の解説にみられる通りである。

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© 1983 日本周産期・新生児医学会
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