抄録
Arabidopsisを代表とするモデル植物のゲノム解析は、分子レベルでの植物の生理機構の理解に極めて大きな影響を与えている。植物細胞が持つ無機イオン代謝機構においてもそのことは例外ではない。イオン代謝において中心的な役割を果たす生体膜イオン輸送体の多くは、Arabidopsisをはじめとした少数のモデル系植物から見出されている。しかし、多くのモデル植物とは異なり、高塩・低温・乾燥といった極限生態環境に生育する植物群を観察していると、その環境に適応した特徴が先鋭的に出現するために、実験室環境ではなかなか見いだせない生理機構を見出すことが可能である。そこでは、たとえ同じ分子装置を利用していても、それを利用する工夫がなされていて、植物の新しい環境適応戦略を考えることが可能になる。
私たちは、高塩環境に生育するマングローブ植物の細胞や、極低リン環境に生育する藻類の細胞から、植物細胞の持つ新しいイオン処理機構を見出している。ここでは、私たちが扱っている野生植物細胞の生理機構解析を中心に、古典生理学から得られたデータから、新たなゲノム利用へのアプローチがどのように可能かを論じてみたい。