抄録
イネゲノムプロジェクトの成果の一つにDNAマーカーの蓄積があり、さらに全塩基配列の解読によって、ゲノム中の任意の場所にマーカーを作出することが可能となった。本講演では、染色体置換系統群(Introgression Lines, ILs)の育成によるDNAマーカーを利用した新しい育種システムについて概説する。ILsは、ある遺伝的背景の一部がドナー由来の染色体に置換された数十系統からなり、ドナー型染色体領域は系統間で重なりをもち、かつ系統群として全ゲノムをカバーする。ILsの利点に、比較的少ない系統数でQTL解析が可能であることが挙げられ、特に遺伝的貢献の評価が困難な形質では利用価値が高い。さらに、有用QTLが検出された系統は、そのまま育種素材となり、短期間で有用形質に関する準同質遺伝子系統(Near Isogenic Line, NIL)を育成できる。演者らは、日本型水稲コシヒカリの遺伝的背景をもつインド型水稲KasalathのILsを育成し、その解析から、着粒数増加、短稈化、玄米品質向上などの有用QTLを検出した。新育種システムは、在来種や野生種などが有する隠れた有用遺伝子を評価し、有望な遺伝資源として利用可能にするばかりでなく、品種育成と遺伝学的研究とを同時並行的に行なえるという点で従来の育種システムを根本から改革するものである。