抄録
熱ストレス条件下に存在する細胞では,ほとんどのmRNAからの翻訳が抑制されるが,heat shock protein(HSP)遺伝子など一部のmRNAからの翻訳は維持もしくは活性化される.この翻訳制御には5'非翻訳領域(5'-UTR)が重要な役割を果たしている.本研究では,熱ストレス条件下でも翻訳されるシロイヌナズナHsp90遺伝子の5'-UTRの解析を行った.シロイヌナズナ培養細胞T87を用いてポリソーム解析を行ったところ,熱ストレスによる細胞全体としてのポリソームの解離にも関わらず,Hsp90のmRNAはポリソーム画分に存在していた.この熱ストレス条件下における翻訳にはHsp90 5'-UTRの存在が十分条件となることを,in vitroで合成したm7Gキャップ構造を持つmRNAをT87プロトプラストに導入する一過性発現実験により明らかにした.熱ストレスにより通常のキャップ構造に依存した翻訳が阻害されると考えられているため,キャップ構造を持たないmRNA及びバイシストロニックなmRNAを用いた一過性発現実験を行い,Hsp90 5'UTRの特性をさらに詳細に解析した.その結果,Hsp90 5'-UTRを介したキャップ構造に依存しない翻訳が熱ストレスにより活性化されることが解った.以上の結果から,キャップ構造依存的な翻訳が阻害されると考えられる熱ストレス条件下においてもHsp90 mRNAが翻訳されるのは,5'-UTRに存在するIRES(Internal Ribosome Entry Site)を介した翻訳が温度依存的に活性化されるためと考えられる.