抄録
光化学系II(PSII)におけるチロシンYD(D2-Tyr160)は、P680の副次的電子供与体として働く。P680+によって酸化されたYDは、プロトンを解離して中性ラジカル(YD·)となる。光化学系IIのX線結晶解析によると、YDはD2-His189及びD2-Gln164と隣接しており、これらのアミノ酸側鎖を含む水素結合ネットワークが、YDのプロトン共役した電子移動反応に重要な役割を果たしていると考えられている。しかし、この水素結合ネットワークの構造、及びYDの酸化反応の分子機構の詳細は、未だ明らかにされていない。本研究では、フーリエ変換赤外 (FTIR) 分光法を用いて、YDと近傍アミノ酸側鎖との水素結合構造を調べた。
シアノバクテリアThermosynechococcus elongatusのPSIIコア蛋白質を用いて、光誘起YD·/YDFTIR差スペクトルを測定した。チロシン側鎖を[4-13C]Tyrで置換した試料についてスペクトルを測定し、YDの水酸基に由来するバンドを抽出した。D2O中でYDを重水素置換した試料のスペクトルと比較から、YDの1252 cm-1のバンドが、CO伸縮振動とCOH変角振動がカップルした振動に由来することが示された。このCO/COHバンドに関して量子化学計算による解析を行った結果、YDはD2-His189及びD2-Gln164の両方と水素結合を形成していることが明らかとなった。