抄録
常緑樹は低温条件においてもクロロフィルを保持したまま光障害を最小限に食い止め早春から光合成を開始することができる。これは他の植物には無い高度な光防御によると思われるがその詳細には不明な点が多い。今回は主にピコ秒時間分解蛍光分光法を用いて、常緑樹であるイチイの葉における励起エネルギー移動過程を検討した。時間分解蛍光スペクトル(TRFS)は時間相関単一光子計数法により測定した。励起波長は425 nm(クロロフィル励起)とした。また励起波長依存性を見るために定常光による低温蛍光スペクトルも合わせて測定した。測定中サンプルは77 Kに保たれた。夏と秋の葉のTRFSに顕著な違いは見られず、対照サンプルのシロイヌナズナの葉のTRFSと類似していた。一方、冬のTRFSは光化学系2(PSII)領域の蛍光強度が減少し、減衰も約2倍速くなっていた。これはPSIIの存在量の減少やPSIIでの励起エネルギー緩和の促進を反映している。また光化学系1(PSI)由来のレッドクロロフィルの蛍光もより短波長側にピークを示したことからPSIにおいても何らかの変化が起きていると考えられる。さらに春のTRFSはPSII由来の蛍光がほとんど観測されず、PSI領域の蛍光は冬よりもさらに短波長側にピークを示した。また蛍光スペクトルが顕著な励起波長依存性を示した。当日は葉緑体の電子顕微鏡写真からの結果も合わせて考察を行う。