抄録
フジハタザオ(Arabis serrata)は富士山に生育するアブラナ科・ハタザオ属の多年生草本植物である.一般にハタザオ属(Arabis)は常緑の葉を持たないといわれているが,フジハタザオは緑葉を維持したまま越冬する.その越冬葉は多量の糖類を蓄積することが観察されており,この糖類の蓄積によりフジハタザオは耐寒性を獲得するとともに,早春の成長に必要なエネルギーが供給されると考えられている.
フジハタザオの葉における糖類の蓄積についてさらに詳しく解析するために,富士山南東面の宝永山第二火口付近から5月,9月上旬,9月下旬および11月に葉を採集し,その採集した葉に蓄積する糖の分析を行った.その結果,スクロースは5月から11月にかけて増加するが,フルクトースとグルコースは増加しないことが明らかになった.さらに葉内にスクロースを蓄積するしくみを分子レベルで明らかにするために,スクロース合成の鍵酵素であるスクロースリン酸合成酵素(SPS)の遺伝子発現を調べたところ,その発現量も5月から11月にかけて増加していることが明らかになった.この結果により,スクロース合成はSPS遺伝子の発現の増加により促進したものと推察された.
また耐寒性に関係することが知られている低温誘導性遺伝子の発現についても解析しているので,その結果と合わせてフジハタザオの耐寒性機構について考察する.