抄録
多くの顕花植物では、水分含量の低下に伴い代謝活性が低下した休眠状態で花粉は放出される。休眠状態の花粉は低湿度条件下で長期生存(保存)可能であり、顕花植物における自然交雑の成否は花粉寿命によって決定される場合が多い。近年、シロイヌナズナにおいて花粉休眠変異体が多数同定されたが、その分子機構は未だ明らかになっていない。我々のグループではシロイヌナズナを実験材料に用いて、ニコチンアミド補酵素群<NAD(P)(H)>生合成の鍵酵素であるニコチン酸/ニコチンアミドモノヌクレオチドアデニル基転移酵素(NMNAT)遺伝子の欠損花粉(nmnat花粉)では野生型と比較して花粉寿命が低下する事を見出した。蛍光試薬を用いたトレーサー実験によって、葯裂開直後のnmnat花粉からは残留水分が検出され、花粉発達過程最終段階における脱水反応が不十分であることが明らかとなった。変異体を高湿度条件下で育成した場合、nmnat花粉特異的に葯室内部での花粉発芽および花粉管伸長が検出された。以上の結果は花粉が乾燥耐性を獲得して休眠状態へ移行するにはNAD生合成が必須である事を示す。