抄録
シアノバクテリア(Synechococcus elongatus PCC 7942)は、概日時計を示す最も単純な生物である。3つの時計タンパク質KaiA、KaiB、KaiCをATPと共に試験管内で混合するとKaiCのリン酸化レベルが安定な概日振動を示すことから、この化学振動子がシアノバクテリアの時計システムの中枢であると考えられている。シアノバクテリア細胞内では、概日時計によってゲノムワイドな遺伝子発現制御が行われており、KaiCのリン酸化振動による発現制御が予想される。一方、KaiCタンパク質量に概日振動が見られ、kaiC過剰発現で転写抑制がおこることからKaiCの量的変動も遺伝子発現に影響を与えると考えられる。分子遺伝学的解析から、概日遺伝子発現に関与する分子も明らかになりつつあるが、細胞内の動的な概日遺伝子発現制御を理解するためには、KaiCの量的変動やリン酸化レベルの変動による速度論的解析が不可欠である。そこで本研究では、IPTG誘導性のtrcプロモーターからkaiC を発現させる系を用い、kaiC発現のステップアップ、あるいはステップダウンに対するKaiCリン酸化レベルの応答、遺伝子発現パターンの経時変化を解析した。その結果、転写抑制はkaiC発現量依存的な振る舞いを示すが、野生株に近い条件では概日振動に調和した時間スケールで起こる特性があること、KaiCの蓄積量あるいはそのリン酸化レベルはそれぞれ異なった様式で遺伝子発現を制御していることが明らかになった。