抄録
カルスは自然界で植物が傷を受けた時の癒傷組織としてみられる。in vitroにおいてもカルスは組織切片の切断面から生じることが多い。このためカルスは傷害応答による遺伝子発現で顕在化する植物細胞の一つの形態であると捉えられる。これまでカルス化にはオーキシンおよびサイトカイニンが深く関与していることが知られているものの、カルス化の分子機構はほとんど解明されていない。我々はこれまでに、植物細胞の脱分化の誘導、およびその維持に必須な遺伝子群を明らかにするため、シロイヌナズナ植物体と培養細胞での遺伝子発現の比較解析から、植物特異的な転写因子群であるAP2/ERFファミリーに属する遺伝子の発現が培養細胞で上昇していることを報告している。プロモーターリポーター解析等から、この遺伝子は傷害によって発現が促進することが観察された。この遺伝子をシロイヌナズナで過剰発現した結果、T1植物体で茎頂、胚軸および根からカルスが生じた。このカルスは、植物ホルモンを含まない培地でも、カルス状態を保ちながら増殖し継代培養が可能であった。カルス化しない弱い表現型を示した過剰発現体のT2植物体では、野生株がカルス化しない低濃度のオーキシン処理でもカルス化した。胚軸を用いた実験から、過剰発現体ではサイトカイニンへの感受性が高まっていることが示された。この転写因子の機能とカルス化との関連について報告する。