抄録
リンゴ斑点落葉病菌(A. alternata)の生産するデプシペプチドAM-toxinは、感受性品種葉のみにネクロシスを発現する宿主特異的毒素である。電子顕微鏡観察の結果から、この毒素による初期障害は葉細胞の原形質膜と葉緑体チラコイド膜に局在することが示されているが、その生化学メカニズムは分からない。そこで本研究では、感受性リンゴ品種ホクトと、X線照射によりホクトから作出した抵抗性突然変異体の葉片に10μMの合成AM-toxin Iを48時間与え、膜脂質の変動を分析した。ホクトでは、ネクロシスの発現とともに葉緑体に局在するガラクト脂質および原形質膜成分であるホスファチジルコリン(PC)とホスファチジルエタノールアミン(PE)が減少し、代わってホスファチジン酸(PA)が著しく増加した。増加したPAの脂肪酸組成は減少した両リン脂質の組成ときわめて類似し、ホスホリパーゼDの関与が示された。一方、原形質膜に含まれるステロール、ステロールグリコシドおよびセレブロシドは毒素の影響を受けなかった。従って、毒素により発現する葉緑体膜の構造変化はガラクト脂質の減少に依存し、また原形質膜の構造変化はリン脂質、特にPCとPEの減少に依存し、ステロールやセレブロシドに依らないことが示唆された。一方で、抵抗性変異体の膜脂質は同一条件の毒素処理で変化せず、ネクロシスも発現しなかった。