抄録
落葉広葉樹林は、春から秋に葉を展開し、冬に落葉する。そのため、その林床に生育する植物は、季節変化する光環境に対応して生存している。春に林床で葉を展開し、他の期間休眠する春植物であるカタクリ(Erythronium japonicum Decne.)は、日当たりの良い早春の光環境を利用している。本研究で光環境を測定した結果、早春の林床は明所の1/3程度の積算光量、光強度の激しい変動、そして緩やかな時間変化で特徴付けられた。林床と直射日光下でそれぞれカタクリを栽培し(林床個体と明環境個体)、その光環境に対する光合成系の応答を光合成速度とクロロフィル蛍光測定より調べた。暗黒下に置いた葉に強光を突然照射したところ、林床個体の光合成系は速やかな誘導反応を示し、明環境個体よりも短時間で定常状態に達した。光合成に使われない過剰エネルギーを熱として散逸する機構の応答にも顕著な違いが見られた。光照射下で林床個体は明環境個体よりも光エネルギーを効率良く利用していた。また、光強度によって異なる熱散逸機構の関与が示唆された。早春林床の特徴的な光変動を模して強光と弱光を10分周期で照射したところ、林床個体は明環境個体に比べて、変動光環境下で光強度の変化に速やかに追随する光合成を行っていた。明環境個体では、強光から弱光になった際に、光呼吸が原因であると考えられる一時的なCO2放出が顕著にみられた。