抄録
火星地表では、バレーネットワークやアウトフローチャンネルなど水が流れた痕跡が発見されており、過去数十億年前に気候が温暖湿潤であった可能性が示唆されている。Malin and Edgett [2000] は、火星探査機マーズ・グローバル・サーベイヤーによる高解像度画像より、火星の中・高緯度の極向き傾斜地に、流体の漏出によって形成されたと推測される、比較的新しい (< 1 Myr) 小規模の地形ガリー (Gully) を発見した。ガリーは最近の火星地表付近に液体の水が存在する可能性を示し、生命の誕生に深いつながりのある液体の水の存在は、火星の生命探査に大きな希望を与えるものである。ガリー形成メカニズムに関して様々な説が提案されている。地形形成の媒体は水であるという説が主流であり、火星地表付近における水の安定化について多くの議論がなされてきた。しかし、現在の火星の年平均気温はおよそ 210 K であり、大きく水の三重点を下まわることに加えて、ガリーが日射量の少ない寒冷な極向きの斜面に形成されることは、水が安定化する領域とガリーが形成される領域を大きくかけ離れたものとする。さらに、600 Paと水の三重点より低い現在の火星大気圧は、液体の水の地表付近での安定をより困難なものとする。火星大気はほとんどが CO2 から構成されており、 CO2 は火星地表に豊富に存在する。Musselwhite et al. [2001] が液体の CO2 をガリーの形成媒体として提案したように、火星において流体 = 水ではないことが十分に想像される。本研究では、斜面における地表面熱収支を計算することにより、ガリーの形成が確認されている、およそ 30° 以上の中・高緯度の極向きの斜面には、南北両半球において凝結した固体 CO2 が一定期間存在することを導いた。これは、ガリーの形成と CO2 の凝結に何らかの関係があることを示唆するものである。この結果を基に、斜面に凝結した CO2 を形成媒体とする新たなる形成メカニズムの可能性を検討する。