日本臨床薬理学会学術総会抄録集
Online ISSN : 2436-5580
第43回日本臨床薬理学会学術総会
セッションID: 43_3-C-EL05
会議情報

教育講演
臨床スポーツ薬理学とアンチ・ドーピング
*鈴木 秀典
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

ドーピングは、スポーツにおいて禁止されている薬物などを用いて、不正な手段で競技力を向上させようとする行為である。医学・薬学研究によって生み出された有効な治療薬が、副作用もかえりみることなく悪用されている。すなわちドーピングはスポーツ界だけでなくパブリックヘルスに関わる医学的・社会的な問題でもある。従って、最新の医科学研究の成果を駆使して違反を抑止・摘発することによって、アスリートの健康およびクリーンなスポーツを守ることが求められている。

ドーピングを防止するための世界共通のルールとして、世界アンチ・ドーピング規程(以下、世界規程)および付随する8つの国際基準が世界アンチ・ドーピング機構(WADA)によって定められており、加盟する競技団体や各国政府はこれを遵守する責務がある。スポーツで禁止される薬物や方法は、毎年作成される禁止表国際基準に掲載され、これらの禁止物質を検出するために、アスリートの尿・血液検体を用いて分析が行われている。禁止物質がドーピングに不正使用される主な目的は、筋力増強、持久力増強および精神状態のコントロールである。近年、生体の生理機能やその破綻としての疾患病態の理解が分子レベルで進められており、これらの知見に基づいて医薬品開発も急速に進歩している。例えば、腎で産生されるエリスロポエチンは、赤血球の成熟に必須の分子として同定された。その後、遺伝子工学の発展によって種々の遺伝子組み換え体が開発され、腎性貧血治療に大きく貢献しているが、酸素運搬能を増強する目的で持久系スポーツのドーピングに不正使用されている。最近では内因性エリスロポエチン産生を促進するHIF-PH阻害薬も開発され、ドーピングが懸念されている。さらに近年、競技力向上が期待される分子を標的とした遺伝子ドーピングも危惧されている。実際、2021年に開催された東京オリンピック大会でも遺伝子ドーピングの検査が行われた。

ドーピングに用いられる薬物の多くは医薬品である。前臨床試験段階も含め、不正使用される可能性のある薬物に関して、薬物動態や薬理作用に関わる科学的エビデンスを集積し、正確な情報を発信することによって、臨床薬理学の観点からもアンチ・ドーピング活動および健全なスポーツ環境の整備に貢献することが期待されている。

著者関連情報
© 2022 日本臨床薬理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top