主催: 日本臨床薬理学会
1950年代に開発され臨床応用が続けられてきた抗菌薬であるバンコマイシンは、血中濃度-時間曲線下面積(area under the concentration-time curve:AUC)に治療効果や有害事象が依存している。そして近年、コンピューターサイエンスの発展を背景に、2022年の抗菌薬TDM臨床実践ガイドラインでは、特にベイジアン予測の臨床での普及を見据え、AUCを指標とする投与設計(AUC-guided dosing)が推奨された。AUCのベイジアン予測は、母集団薬物動態(population pharmacokinetic:popPK)モデルを必要とし、すでに多数のpopPKモデルが報告されてきているバンコマイシンで臨床実践可能である。様々なベイジアン予測のためのソフトウェアが手に入る時代ではあるものの、バンコマイシンにおけるAUC-guided dosingの一般化・普及を進めるためには、最大限に簡便なソフトウェアを提供する必要性があると考えた。
そこで、演者の活動しているTDMソフトウェア開発ワーキンググループ(日本化学療法学会)では、バンコマイシンのAUC-guided dosingを現実的なものとするために、「Practical AUC-guided TDM(PAT)」を開発し、社会実装を企図した。PATは、急ぎ、邦人を対象に比較的多数の患者より構築された先行研究におけるpopPKモデルを採用し、その予測精度を評価した上で、web applicationとして公開された。公開後、臨床でのPAT使用は進んでおり(週のアクセス数は4,000件ほどに上る)、PATを使用したAUC-guided dosingによる臨床アウトカム評価も多数報告されている。さらには、web applicationの特性を生かしたデータ収集も並行しており、その結果を基にPATのアップグレードを企図している。
本講演では、PATの開発から社会実装、アップデートへの経緯および研究成果を踏まえ、ベイジアン予測によるmodel-informed precision dosingの展望を俯瞰する。