社会学評論
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論文
インデクスとしての血糖値
リスクの医学における数値の機能
福島 智子
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キーワード: 監視医療, 血糖値, 自己測定
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2007 年 58 巻 3 号 p. 326-342

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抄録
現在,日本に1620万人の患者が存在するといわれる糖尿病は,初期であればほとんど自覚症状がないとされ,疾患が「放置」されたり,治療が「中断」されたりする状況が問題視されている.一方少数派ではあるが,自覚症状はなくても治療に同意し,治療を行う患者も存在する.筆者はそうした患者に注目し,実感としては健康であると自己認識しつつも,ほかのさまざまな社会的状況によって「患者」としてのアイデンティティを確立していくプロセスを明らかにしてきた.本稿では,身体の異常性を示す血糖値が,自己を知るインデクスとして,実際の治療行動のなかでどのような機能をもつかを,教育入院を経験している患者を対象としたインタビュー調査に基づき検討した.患者教育を経て獲得される,数値を自ら知り,自己管理に役立てていくという態度は,自律性をもった患者へのステップと考えられる.しかし,その評価が近代医学の知の一形態と考えられる「数値」に依拠している限り,患者が選択する治療法や治療目標がいかに主体的なものであっても,近代医学の枠組みを外れているわけではない.「数値」は治療動機が希薄な「リスクのある」患者を,医療専門家の領域に引き留める機能をもっていると考えられた.同時に,医療者を介在しない「数値」への直接的アクセスが,医療者との関わりが生みだす物理的/精神的負担を軽減する可能性があることが示唆された.
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© 2007 日本社会学会
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