抄録
アドルノによれば,近代的「主体」は,「同一性思考」を通じて「他者」を制御し,物象化していく.アドルノは,近代的な暴力を,「主観性」や「理性」が「客観」や「経験」に対して優位にある状態に由来するものであると考えた.よって,アドルノは「同一性」思考に対立する「非同一的」な立場として「客観の優位」という態度を,批判理論の基盤に置こうとする.
アドルノは,「伝統」を,この「客観」概念の一形態として考えている.「過去」は「主観」にとって所与的なものであり,恣意的に扱えないものとして存在している.よって,「伝統」を通じて「過去」に触れることで,主観的な「理性」は自らの限界に気付き,反省作用の契機を取り戻す.「伝統」は「同一的理性」に対して「非同一」的なものとして存在する.
アドルノは,イデオロギー的な「伝統主義」と「伝統」概念とを区別している.「伝統主義」とは,「伝統」に本来,内在しているはずの多様な性格や複雑な性格を消去した結果,成立するものであり,すでに「同一化」原理の中に組み込まれてしまっている.アドルノは「伝統」が持つ「非同一的」な性格を主張することで,「伝統主義」を批判する.
アドルノは「あらゆる物象化は忘却である」と述べている.このような観点から,アドルノは「伝統」という概念が持つ,社会の「同一性」への批判的可能性を模索している.