社会学評論
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特集・「見る」ことと「聞く」ことと「調べる」こと
映画を読み解く社会学の可能性
「日常の政治」のエスノグラフィーへ
好井 裕明
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2009 年 60 巻 1 号 p. 109-123

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抄録
映画やドキュメンタリーを読み解く社会学は可能だろうか.たとえば長谷正人は私的宇宙に内閉しがちな巷ちまたの映画評論ではなく,映画が時代との関連性や様々な歴史的制約のもとで製作されるという事実から時代や歴史との繁がりで「映画の政治」を批判的に解読する社会学を構想し例証する(長谷・中村編2003).私はそうした主張に同意しながら,別様の可能性を本稿では示したい.それは「日常の政治」を読み解く映画社会学という可能性である.「日常の政治」は,私たちが普段実践している「人々の社会学(folk sociology)」の中に息づいている.そうした「政治」を映画やドキュメンタリーから読み解く手がかりは何だろうか.それは「カテゴリー化」という実践である.本稿では,3つの映画やドキュメンタリーを取り上げ障害者をめぐるカテゴリー化という実践の変容を例証する.現在,ライフストーリー研究など質的な社会学研究が盛んに行われているが,そうした研究においても「カテゴリー化」の解読は重要な作業である.同様に,映画やドキュメンタリーという素材は,たとえばそこに提示されている多様な映像を「カテゴリー化」という視座から批判的に読み解くことで,私たちが「日常の政治」を反省し得る社会学を創造する可能性を秘めているのである.
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© 2009 日本社会学会
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