抄録
1990 年代頃から議論されるようになった「公共圏」論は,同一性を基盤としない政治空間の可能性を模索してきた.この中で,マイノリティによる支配的な社会構造への対抗を強調する対抗的公共圏や同一性を基盤としない共同性である創発的連帯のあり方が議論されてきた.しかしこのような創発的連帯が,あるカテゴリーにもとづく対抗的公共圏として現象することは,いかに可能だろうか.
本稿で検討した,非正規滞在移住労働者を組織化してきた全統一では,創発的連帯と脱国民化された公共圏は,一方で移住労働者の生活にかんする要求を充たす社会圏と,移住労働者に「労働者」としての規範を内面化させる親密圏を基盤にすることで成立していた.つまり社会圏に集まる数多くの移住労働者は,規範の共有にかかわらず公共圏に「動員」される.同時に,親密圏の位相で「労働者」の規範を内面化した少数の移住労働者は公共圏に現れ,脱国民化された「労働者」という対抗性を表現していた.こうして全統一では,同一性を基礎としない創発的連帯が公共圏内部で生み出されながらも,外部から見れば「労働者」の脱国民化された対抗的公共圏が現象していた.つまりアイデンティティ・ポリティクスに陥らないかたちでの対抗的公共圏は,複数性と対抗性が公共圏の内部と外部で区分されることで可能になっている.