抄録
本稿は, 多文化主義をめぐる論争の1つの論点であるアイデンティティと文化の関係について, 「再帰性」という概念に着目して考察するものである. 多文化主義は, 多元化した社会における統合のための1つの政治的な指導原理である. だが, 今日, 多文化主義の社会的役割に対して, ――とりわけリベラリズムから――疑問や批判が投げかけられている. そこで焦点となっているのが, 文化とアイデンティティについての考え方である. 具体的には, 本質主義的な文化理解 (認識論) ,文化とアイデンティティとの関係のあり方 (正統性) ,そして文化の承認による個人の自律性の危機 (政治的帰結) に対する批判が存在している. 本稿は, これらの課題に応答するために, C. テイラーのアイデンティティ論を批判的に読み解くとともに, A. ギデンズの再帰的近代化論, S. アダチのアイデンティティ・マネジメント論, A. フィリップスの「文化」論, そしてP. リヒターマンのトーク論を参照に, アイデンティティと文化の再帰的な関係を描写する. それにより, 集団的文化と個人のアイデンティティとの関係は, 「発見」でも, 「選択」でもない, 「エージェンシー」を媒介にしてとらえる必要性があることを示す. その結果, 個人の「自律性」への配慮が, リベラルな社会において擁護可能な多文化主義の1つの条件となると主張する.