2018 年 69 巻 1 号 p. 37-55
これまで日本の多文化共生実践に対して, 差別や不平等, 抑圧を温存する現状肯定の隘路に陥る危険性が指摘されてきた. 本稿は, 多文化共生の様相を呈した在日朝鮮人の民族まつりである東九条マダンの包括的な特徴の検討を通じて, その隘路を回避した多文化共生のまつり実践の一戦略を考察する. 本事例の先行研究では, 民族・多文化共生・地域という多面的な特徴のつながりが明らかにされてこなかった.
東九条マダンは, 1980年代に形成された在日朝鮮人の民衆文化運動に個人主義的な観点を加えた思想を, 多様な人びとが楽しむまつりの理念へと拡張し, 被差別地域という東九条の特性に合わせたまつり実践である. その内容は, 東九条地域に住む個々人や多様な民族や文化を有する個々人の「想い」の表現であり, それゆえそのまつりは民族・多文化共生・地域の特徴をすべて有している.
本検討から浮かび上がるのは, 多文化共生のまつり実践における‹存在の政治›という戦略である. それは, 人間の普遍的価値を掲げた自己目的的な運動形態をとり, 「『存在の現れ』の政治」 (栗原2005) 実践を通じて「存在を表象」することにより, 地域社会に流布する支配的な言説や表象を解体し書き替えていく実践である.