2021 年 72 巻 1 号 p. 19-36
疾患治療から生活の質を支えることへと医療の力点が移行するに伴い,在宅医療が現在推進されている.本稿では在宅医療の中でも,患者が終末期となり口から食べられなくなった場合に点滴をするかどうかという場面での医師の経験に注目し,そこから地域包括ケア時代の在宅医の役割認識を考察する.終末期の点滴は医学的に推奨されるものではない.しかし,点滴に期待することは人によってさまざまである.在宅医療はパーソンズの述べる医師役割のうち「限定性」「感情中立性」が後退せざるを得ない医療である.同時に,医師である以上具体的目的に沿った行為をすることへの圧力もかかっている.医師は終末期の点滴をめぐる意思決定に関して複数の規範の中で葛藤することになる.本稿は2名の医師へのインタビューを通じて,葛藤の中で医師たちが患者や家族と物語をやりとりし,その結果意思決定に関わる規範が拡張されていることを明らかにした.このような拡張を可能にする医師の「変容可能性」は,患者の生の重みに関わる葛藤を限定性に逃げ込むことによって回避せざるを得なかった医師役割の限界点を乗り越える道筋となる可能性があり,地域包括ケア時代の新しい医師の役割認識を示唆するものである.