2023 年 74 巻 1 号 p. 51-66
本稿は,「老い」の社会的構成という理解に基づいて超高齢社会に対する社会学の新たなアプローチの可能性を検討するものである.従来の研究では,「老い」は個人における生理学的な不可避のプロセスとして理解され,社会状況における所与として捉えられてきた.それゆえ,高齢化に対する対応は個人への医学的,理学的介入が中心となり,また同じ理由で社会学的アプローチにおいては,「老い」そのものではなく「老い」とともに高齢者がおかれることになる派生的な社会状況すなわち「老境」が主題となってきた.
本稿は,先行研究として「老境」の社会的構成を論じるいくつかの研究を概括したのちに,その限界を乗り越えるべく,「老い」それ自体を社会的に構成されたものと理解する理論的説明を行う.具体的には,個人の機能あるいは能力と環境との関わりに着目する M. Powell Lawton の「老いの生態学的モデル」を下敷きにして考察を展開する.しかし,そのモデルにもなお潜む「老い」を実体化する議論の限界を超えるために,アクターネットワーク理論の観点を導入し,「老い」の社会的構成という理解の理論的基礎づけを行う.
最後に,この理論的基礎づけの成果が社会構成主義の理論発展上に占める固有の位置と意義を確認するために,アクターネットワーク理論の従来の理解との比較から考察を展開する.