社会学評論
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特集「多様性と包摂 diversity and inclusion」
神経多様性と社会的包摂
熊谷 晋一郎
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2024 年 74 巻 4 号 p. 697-714

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抄録

1940年代の児童救済運動と精神衛生運動が小児期を精神医学的監視の対象とする中で自閉症概念が生まれ,不適切な養育を原因とする医学的説明により親が汚名を着せられた.1970年代半ばの脱施設化は医師からセラピストへ権限委譲させ,従来の医学的説明に異議を唱える親の社会運動はセラピストと共同して自閉症の再定義を進めた.発達的逸脱への感受性を高めた20世紀半ばの中流階級の育児規範はアスペルガー症候群概念を拡大させ,知的障害のない自閉症者とその家族の支援を求める親の団体が学術界に影響を与え,自閉症概念の拡大と遺伝学化を進めた.遺伝的共同体の表象は知的障害のある子を親が代弁することに正統性を与えたが,診断基準の拡大は知的障害のない自閉症者を増加させ,彼らの一部は医学モデルを重視する親の団体を批判しつつ,自閉症の脱病理化と包摂社会実現をめざす神経多様性運動を起こし,親の団体と同様に自閉症を定義する学術界に影響を与えた.活動家の多くは自閉症の中核的特徴についての医学的記述に同意する一方,コミュニケーション障害を個人の特徴と考える現在の自閉症概念に異議を唱える者もおり,それを支持する経験的研究もではじめている.コミュニケーションの規範性を研究してきた社会学は,神経学的定型者向けにカスタマイズされ,自閉症者を排除してきたコミュニケーション様式を記述することで,神経多様性運動と連携できる可能性がある.

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