2024 年 74 巻 4 号 p. 715-733
近代市民法は身分的属性を捨象して理性的に行動する抽象的個人像を作り上げ,理性的判断力に欠ける者の法的能力は制限して他人が判断する分離制度を作り上げた.しかし,人の意思形成は相互依存的支援関係に支えられており,障害のある人とない人の意思形成能力の差は相互依存的支援関係の格差が大きく影響している.この格差は,社会権給付が福祉ニーズを満たすことのみをめざし,類似の福祉ニーズがある者に集約的に給付を行う特殊枠組みを他の市民から分離して作り上げてきたこと(Separate Parallel Tracks)に大きな要因がある.意思形成能力の格差が社会との関係に影響されているという見方は精神障害の社会モデルを導く.さらに,障害の人権モデルは人権の不可分性,相互依存性,相互関連性に基づいて社会権給付も自律,平等,多様性と差異の尊重などの他の人権価値を尊重して提供されることを要請し,Separate Parallel Tracks を除去するとともに他の人権価値も満たされる給付のあり方を求めている.消費者の脆弱性や社会関係を契約に再度取り込む方法を発展させている現代型契約法の発展は,障害がある人の意思形成のあり方と連続した地平にあり,法的行為者を二分していた Separate Parallel Tracks をなくし普遍的な契約法理を構成する可能性を示している.