2019 年 28 巻 1 号 p. 1-5
本チームは呼吸器内科系疾患,胸部や腹部の外科周術期,肝移植や骨髄移植症例,集中治療室入室症例,人工呼吸器装着症例,化学療法症例,終末期症例など幅広い疾患や症例を対象としている.術後の離床促進と合併症予防を目標とした周術期リハビリテーションは特に重要なミッションの一つであり,周術期リハビリテーションプログラムの確立を目標に掲げてきた.この目標に向けた礎として,我々は術式が異なる様々な疾患を対象とし,周術期における患者の状態とリハビリテーションの経過に関する観察研究を行い,身体機能や健康関連QOLが術前後でどのような状況であるか,術後アウトカムにどのように影響するかを明らかにしてきた.本研究で得られた主な結果として,周術期の身体機能を把握する上で,6分間歩行試験は簡便で有用な手法であると示唆された.
肺癌や食道癌など呼吸器および消化器領域に発生した悪性腫瘍症例に対して行われる手術療法の対象症例には,高齢者,長期喫煙者,合併症を有する患者,COPDなど呼吸機能が低下した患者,低栄養状態の患者も含まれている.また,集学的治療として術前に化学療法や放射線療法が施行された場合,手術時には免疫力や身体活動性が低下していることが想定される.更には,腫瘍の進行度や術式によっては大きな手術侵襲が加わることがある.このような患者側の要因と手術関連要因は,術後の死亡や呼吸器感染症など術後合併症のリスクに関連することが広く知られている1,2).
周術期リハビリテーションは,術後早期離床や呼吸器ケアを行うことで呼吸器合併症を予防し,迅速に全身状態を回復させることを目的として行われる.その有用性は世界中で注目されており,日本でも診療報酬の算定が認められたことで広く普及している.名古屋大学医学部附属病院においては,呼吸リハビリテーションチームが2011年5月に発足し,呼吸器外科領域,消化器外科領域,肝臓移植における術後早期離床と術後合併症の予防を目指して周術期リハビリテーション介入を行ってきた3,4).しかしながら,周術期リハビリテーションプラグラムは各々どの疾患についても十分に確立しているとはいえず,海外の文献やガイドラインを参考にしながら手探りで進めなければならないことも多い.全身麻酔を要する外科手術前評価法としては呼吸機能検査,心電図,採血検査,動脈血液ガス検査などが広く行われる一方で1),身体機能や歩行能力,健康関連QOLなどのリハビリテーション評価法は定まっていない.
我々の活動の目標は,多岐に渡る異なった疾患,術式に関して,それぞれ最適な周術期リハビリテーションプラグラムを確立することである.この目標のために,リハビリテーション介入した様々な領域の周術期症例において,身体機能や健康関連QOLの評価,術後に身体機能がどの程度変化するかの検討,術後合併症に影響する因子の検討などの観察研究を行ってきた3,5,6,7,8,9,10).本総説では,これら研究結果について論文発表した内容を概説する.
名古屋大学医学部附属病院で2011年5月から2017年3月までの期間に,開胸もしくは開腹術,肝移植術を施行された患者のうちリハビリテーション介入を行った入院症例を対象とした.本後方視研究は名古屋大学生命倫理委員会の承認を得て行った(No. 117,2017-0083).
2. 周術期リハビリテーションの方法介入方法の一例を図1に示す3).術前日もしくは2日前には理学療法士が術後リハビリテーションの重要性,呼吸および咳嗽法指導,術後のリハビリテーションプログラムの流れについての説明と術前評価を行った.術後は術翌日よりできる限りの早期離床を目標とし,排痰を促すための体位ドレナージ,咳嗽の練習,下肢の筋力訓練,歩行訓練を実施した.術後離床が進まない症例に対しては,低負荷トレーニングを行う,多職種連携などの介入を行った4,11).
周術期リハビリテーションプロトコールの例
理学療法士が術前に術後リハビリテーションに関するオリエンテーションと術前評価を行い,術翌日より早期離床を目標としたトレーニングを行った.
術前に自分の病気が癌であること対して否定的な解釈を有する患者では,リハビリテーションが進まないなど術後離床が阻害されるリスクがある.術前介入でこのような心理状況が判った場合,理学療法士が疾患への心理的適応を改善するための教育的アプローチを行い,術後リハビリテーションに積極的に取り組めるように指導した12).
3. 評価方法術前評価として行った指標を表1に示す.6分間歩行試験を行い,試験中にはパルスオキシメーターを用いて経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定し,最低SpO2値を評価した.DesaturationをSpO2絶対値90%未満もしくは4%以上の低下と定義した.左右の握力,最大等尺性膝伸展筋力を測定した.健康関連QOLについてはSF-36日本語版を,呼吸関連QOLについては呼吸器疾患の有無にかかわらずCOPDアセスメントテスト(CAT)を使用した.ADL評価としてBarthel Indexを,不安および抑うつの評価としてHospital Anxiety and Depression Scale(HADS)を測定した.可能な範囲で術前評価を行い,また離床できるようになれば術後評価も行った.その他の患者情報,呼吸機能,手術関連項目,術後指標をカルテより抽出して調査した(表1).術後合併症をClavien-Dindo Grade13)で評価しGrade 3 以上をmajor合併症とした.
評価項目 | 測定時期 |
---|---|
リハビリテーション評価項目: | |
運動耐容能:6分間歩行試験(6分間歩行距離,最低SpO2,desaturation) | 術前,術後 |
筋力:握力,最大等尺性膝伸展筋力 | 術前,術後 |
健康関連QOL:SF-36日本語版 | 術前 |
呼吸関連QOL:COPDアセスメントテスト(CAT) | 術前,術後 |
不安,抑うつ:HADS | 術前,術後 |
ADL: Barthel Index | 術前,術後 |
術前評価項目:疾患名,喫煙歴,合併症,術前化学療法と放射線療法,呼吸機能,採血検査結果など | |
手術関連項目:術式,手術時間,出血量など | |
術後指標:転帰,術後合併症,術後ICU在室日数,術後人工呼吸器装着日数,術後歩行獲得までに要した日数,術後在院日数,退院後30日以内の再入院など. |
術後は可能な範囲で評価を行った.
開胸開腹を要する食道癌手術は侵襲度が高く術後合併症のリスクが高い.我々は開胸もしくは開腹術を施行された70例を対象とした疾患横断的なpilot studyを行い,術後歩行獲得に影響する因子を検討した.その結果,肝胆膵腫瘍ならびに食道癌では肺癌と比較して歩行獲得が遅延する割合が多いことがわかった3).そこで,食道癌34症例を対象とし,周術期における運動耐容能,筋力,QOLに関する検討を行った5).喫煙歴が91.2%と高くCOPD合併率は35.3%だった.術前CATスコアはSF-36各項目と有意な相関を示した.術前と比較して術後2週間の6分間歩行距離,膝伸展筋力,握力が有意に低下しており,十分には回復していなかった(表2).術前CATスコアは平均10.4点と高く,術後は15.9点と有意に上昇した(表2).食道癌は喫煙関連の胸部疾患であることから,CATが応用可能かもしれない.
Before | After surgery | P value | Changes | |
---|---|---|---|---|
6MWD, m(n=32) | 494±76 | 409±108 | 0.001>* | -85±88 |
Desaturation during 6MWT | N=5 | N=5 | 1 | |
Hand grip strength, kgf(n=33) | ||||
Right | 30.6±9.1 | 28.7±8.6 | 0.01* | -1.9±3.9 |
Left | 28.8±8.6 | 27.5±7.7 | 0.01* | -1.3±2.8 |
Isometric knee extensor muscle strength, kgf(n=31) | ||||
Right | 26.0±8.5 | 24.7±8.2 | 0.08 | -1.3±3.8 |
Left | 25.2±9.4 | 22.9±7.8 | 0.02* | -2.3±4.9 |
HADS anxiety(n=23) | 5.4±2.9 | 5.1±4.0 | 0.76 | -0.3±4.0 |
Scores≥8 | N=4 | N=8 | 0.31 | |
HADS depression(n=23) | 5.7±3.7 | 5.4±3.8 | 0.54 | -0.3±2.3 |
Scores≥8 | N=6 | N=7 | 1 | |
CAT(n=24) | 10.4±5.6 | 15.9±7.3 | 0.02* | 5.5±7.5 |
Values are mean±SD and compared by paired t-test or Fisher’s exact test. 6MWD; 6-minute walk distance; 6MWT; 6-minute walk test. *P<0.05.(文献 5. Inoue T, et al., BMC Sports Sci Med Rehabil 8: 34, 2016.より引用)
肝胆膵に発生した腫瘍に対する手術は侵襲度が高いため,術後合併症を高頻度に来し,術後歩行獲得遅延につながる3).81例を対象とし,術前6分間歩行距離と術後合併症との関連について検討した6).Grade 3 以上の術後合併症は33例(40.7%)で生じた.多変量解析の結果,術前6分間歩行距離 50 m毎の低下,BMIの 2 kg/m2毎の低下,術中出血量 200 ml毎の増加はそれぞれGrade 3 以上の術後合併症を生じるリスク因子であった.また,術前6分間歩行距離 400 m未満の群は 400 m以上の群と比べ,術後1年後の生存率が有意に低かった.以上から,6分間歩行試験は肝胆膵癌の術後経過を予測する簡便かつ有用な評価法であると示唆された.
3. 成人生体肝移植肝移植レシピエントは重症肝不全に陥っており,タンパク合成能や好気的代謝の障害,低栄養,腹水などにより筋力,運動耐容能,呼吸機能が低下している.肝移植術は侵襲を伴う一方で,成功すれば肝機能の回復に伴い身体機能が改善する.しかしながら,術後短期間で身体機能がどの程度変化するかは明らかではない.成人生体肝移植12例を対象とし,移植前と4週後に身体機能を評価した7).術前では筋力や6分間歩行距離が低下しており,6分間歩行距離は肝不全重症度スコア,呼吸機能(%VC, %FVC, %FEV1)と有意な相関を示したが,膝伸展筋力とは相関しなかった(図2).Grade 3 以上の術後合併症を10例(83.3%)で生じ,術前と比べ術後に握力,膝伸展筋力,Barthel Indexが有意に低下した.術後4週では手術侵襲や術後合併症が身体機能に大きく影響していると考えられた.6分間歩行試験中のdesaturationは術前4例で認めたが術後は1例に減り,移植によりシャント血流が改善した可能性が示唆された.
生体肝移植術前の身体機能,肝機能,呼吸機能の相関関係
成人生体肝移植症例(n=12)において,移植術前の6分間歩行距離(6MWD)は肝不全スコア(MELD score)(A),呼吸機能(%VC)(B)と,握力は膝伸展筋力(D)と有意に相関する.(文献 7. Mizuno Y, et al., Transplant Proc 48: 3348-3355, 2016.より引用)
321例を対象とし,術後肺炎発症に関わる因子の検討を行った8).肺炎合併群(13例,4.0%)では非合併群と比べ,喫煙率とCOPD併存率が有意に高く,術前6分間歩行距離と呼吸機能はより低値,術後在院日数は4倍延長した.6分間歩行距離 450 mをカットオフ値とすると,%DLCO値80%や%FEV1値80%と同等の予測因子となることが示された(図3).
術前6分間歩行距離は肺癌の術後肺炎合併に関連する
肺癌もしくは転移性肺腫瘍手術症例(n=321)における,術後肺炎(n=13)発症リスクに対する術前6分間歩行距離(6MWD)(AUC 0.752),%DLCO(AUC 0.770),%FEV1(AUC 0.688)のROC曲線を示す.6MWD≤450 mでの感度69.2%,特異度71.1%.(文献 8. Hattori K, et al., Interact Cardiovasc Thorac Surg 26: 277-283, 2018.より引用)
57例を対象とし,術翌日に歩行ができないことで定義される術後の離床遅延に関与する因子を検討した9).多変量解析の結果,術前6分間歩行距離が術後離床遅延の予測因子となり,ROC曲線によるカットオフ値である 498 m未満群は 498 m以上群と比べ術後入院期間が有意に延長した.胸腺腫はしばしば重症筋無力症を合併するが,術前に6分間歩行試験が可能だった症例に関しては,重症筋無力症合併の有無は術後離床の遅延にはつながらなかった.6分間歩行距離は術後離床に関与する指標となることが示唆された.
6. 悪性胸膜中皮腫悪性胸膜中皮腫の集学的治療として胸膜肺全摘術や胸膜剥皮術が行われる.これら手術療法は侵襲が大きく術後合併症の発生率も高い11).18例を対象とした検討で,術前6分間歩行距離はinspiratory capacity,%DLCOと,最低SpO2値は%VC,%TLC,術後気管内挿管日数と有意な相関を示した10).Grade 3 以上の術後合併症は6例(33.3%)で発症し,6分間歩行試験結果との間に有意な関連はなく,術後ICU在室日数,術後在院日数,術後歩行開始までに要した日数と関連した.
この度は名誉ある日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,学会奨励賞を頂き感謝を申し上げます.多岐に渡る疾患において6分間歩行試験を行ってきましたが,術前の運動耐容能を把握し術後合併症の関与を推察する上で,簡便かつ有用な評価法であることが示唆されました.今後は,名古屋大学と愛知医科大学を含め多施設で共同しながら周術期包括的リハビリテーションの発展に努めたいと願っています.更には,臨床リハビリテーション学を骨格筋の基礎研究14)とのトランスレーション研究に結び付けることも目標としています.
最後に,共同研究を行っていただいた名古屋大学呼吸器外科,消化器外科IおよびII,移植外科の皆様方,呼吸リハビリテーションチーム設立のために多大なるご尽力をいただき,本賞に推薦してくださった名古屋大学呼吸器内科長谷川好規教授に深謝いたします.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.