目的:線維化性非特異性間質性肺炎をもつ人のエンドオブライフの記述から,生きられた体験の意味を探究する.
方法:呼吸困難感の悪化に伴い,役割等を喪失しているA氏との非構造化面接を実施し,Colaizzi(1948)の現象学的記述方法を行い,体験の意味を分析した.
倫理的配慮:本人と家族の同意を得た.所属当時の研究医療機関の倫理委員会の承認を受けた.
結果:A氏は,【自立や役割を喪失していくことに対する「どうしてわたしが」という思いを募らせる】も,若き日に【子どもを亡くした悲しみがもたらした長く生きてはならないという誓い】があった.そして,【悲しみを共有した重要他者と紡いだ絆に気づき生きる意味を見出す】ことにより,苦しい日々を生き抜いた.
考察:生きることへの罪悪感と生きられた日々との間にある揺らぎが,病いを契機に情緒面に顕在化したと考えられた.人生の根底に流れている体験を傾聴する援助による実存的苦痛の緩和が示唆された.
特発性間質性肺炎のひとつである線維化性非特異性間質性肺炎(fibrotic non-specific interstitial pneumonia; fNSIP)は,咳嗽と呼吸困難感を特徴とする疾患である1).これらの症状は,人々の身体面での負担のみならず,精神面にも大きな負担を強いている.特発性肺線維症においては,心理的なストレスが症状コントロールを複雑にする2)と報告されている.線維化性非特異性間質性肺炎をもつ人々においても,日常的に呼吸困難感にさらされ,そして徐々に活動範囲が狭められるため,仕事や家庭での社会生活や自立した生活の遂行が困難になる.呼吸困難感は,特発性肺線維症においては,生活の質を低下させる最も重要な要因である3)が,線維化性非特異性間質性肺炎をもつ人々においても,生活の質を良好に保つことが難しいと考えられる.また,情動的な側面からの影響も大きいため4),身体面だけではなく,心理面を含めた支援を行う必要がある.悪性腫瘍をもつ人々の呼吸困難感は,生きる意志を阻害させると報告されており5),呼吸困難感が人々の心理面に及ぼす影響は大きい.
実臨床においては,病状の進行による呼吸困難感の悪化により,気持ちがふさぎこむ,もしくは,抑うつ状態となる人々に遭遇することが少なくない.Leeら(2011)は,特発性肺線維症において,患者と援助者とのパートナーシップを土台とし,感情的な苦痛に対して,死を見据えて援助を行う必要性を述べている6).しかしながら,具体的にどのような看護援助が役に立つのかについては,よくわかっていない.改善の難しい病いと共に生きる人々が,死に向かう時期にあったとしても,看護の役割は,その人々の充実した生を支える援助を行うことである.したがって,エンドオブライフを生きる線維化性非特異性間質性肺炎をもつ人への看護援助の示唆を得るために,呼吸困難感が強く,生きることへの苦悩を体験している一事例を取り上げる.その人固有の体験が,心理面ならびに意思決定などにどのように影響を及ぼしているのかについて,その人が対峙している現象を記述し,生きられた体験の意味を探究した.
線維化性非特異性間質性肺炎をもつ人のエンドオブライフの記述から,生きられた体験(lived experience)の意味を探究すること,を本研究の目的とした.
A氏は,線維化性非特異性間質性肺炎(fNSIP)をもつ関西地方に在住の60歳代の女性である.乾性咳漱が半年間続いていたためかかりつけ医を受診し,地域の中核医療機関に紹介された.喫煙歴はなく,配偶者と二人暮らしである.A氏は,「確定診断は不要です.死んでもいいのです.」と話し,気管支鏡検査を2回キャンセルしていた.初診から1年が経過し,呼吸困難感の悪化により在宅酸素療法を導入した.外出が徐々に困難となり,在宅診療を希望され,移行した.その2週間後,咳嗽の増悪と呼吸困難感を主訴に救急外来を受診し,難治性気胸のため入院した.
2. 実施方法外来ならびに病棟で,非構造化面接を実施し,語りの内容を看護記録に記述した.実施場所はプライバシーに配慮した場所とし,病状の進行で移動が困難となってからは,本人の了承を得て,ベッドサイドで実施した.
3. 分析方法体験の意味を深く探究するためハイデガーを理論的前提とした現象学を用い,Colaizzi(1948)の方法で分析した7).この方法は,①記録またはインタビューデータをその全体の意味が理解できるまで何度も繰り返し読む,②研究課題に直接関係する重要な記述(文章)を抽出する,③重要な記述から浮き上がる意味を系統立てていき,元のデータに忠実でありつつ創造的に洞察する,④①~③を繰り返し,浮き上がった意味をいくつかのテーマへと系統立てる,⑤これまでの分析結果を,研究課題にふさわしい徹底した記述に統合する,⑥現象の徹底した記述を,その根本的な構造を表現している文章へと統合,系統化する,⑦研究協力者(現象学では協同研究者という)に,分析は体験を正確に記述しているかを確かめる,である7).
4. 分析の信頼性を高める取り組み分析の信頼性を高めるために,研究協力者へのフィードバックと修正を行った.また,現象学の専門家による現象学的分析方法に関する研修会への参加,ならびに訓練を受けた.
5. 倫理的配慮本人および家族に口頭と文書で説明し自由意思による同意を得た.また,研究実施時に所属していた医療機関の倫理委員会で承認を得た(承認日2016年3月31日,承認番号なし).
非構造化面接は,外来を含め22回実施した.以下に,A氏のエンドオブライフを記述し,そのテーマを【】,A氏自身の語りを「」で表現する.
1. 【自立や役割を喪失していくことに対する「どうしてわたしが」という思いを募らせる】呼吸困難感の悪化のため,外来への通院が難しくなってきたと考えていたA氏は,「これから,どんどん,どんどん動けなくなって.どうして長い間苦しむ病気で死ぬのか.そのようなことばかりを考えているのです.」と話し,在宅医療への移行を希望された.その後,気胸による緊急入院の際,自宅での生活について,思うようには動けなかったことを淡々と語った.そして「ステロイドを使って,病気が悪くなるのを食い止めることは,何もできない状態を引き延ばすことであり,これでは何もできない.」,と俯きがちに話し,自分で決めて行動をする,ということに価値を置いて生きてきたことを語った.また,「家のこともできなくなって.わたしは一体どうなっていくのか.わたしは,ただ上を向いて(寝て)いるだけです.そんな状況に,生きる意味はあるのでしょうか.」と,ほんの一瞬,笑みを浮かべ,役割を喪失していると感じていることや,自身の存在と生きる意味を考えていることを語った.そして,「死ぬことについては,以前からお話ししているように苦ではないのですが,死に至るまでの苦しみが怖い.」と,死の恐怖を凌駕するほどの呼吸困難感による苦痛,そして苦痛を緩和することが難しい現状への苦しみを,静かな口調で語った.
2. 若き日の【子どもを亡くした悲しみがもたらした長く生きてはならないという誓い】在宅酸素療法が導入となった時に「人生やり残しはないと思っているので,葛藤はありません.」と話していたA氏は,気胸で入院後に「ステロイド.これって延命なのかしら,なんて思うのです.」と,延命という言葉を使い,今受けている治療について穏やかに語った.そして,「死ぬのは,そう遠くないと思います.子どもを病気で亡くした話,以前しましたね.死ねば会えるのだな,と思えますし,病気をなんとかしたいとは思っていません.」と現状をどのように受け止めているのかを,少しだけ笑みを浮かべながら語った.そして,このような受け止めをしているのは,体験に基づく信念によるものであることを話しはじめた.それは,「若い頃,子どもを亡くしているのですが,その時に,長生きはしないでおこう.私は長生きをしてはいけない,と思い,その気持ちのまま今まで生きてきました.子どもがいても,長生きをしてはいけないという気持ちは,変わりませんでした.」と,自分の内なる部分に不変的に持ち続け,自分自身に誓った思いを,しっかりとした口調で語った.そして「ステロイドを使って,効いていないステロイドを使って,わたしのような人間が,生きながらえるのはどうなのかな?と思うのです.生きながらえている感じがして・・・.」と,今生きているのは,生きながらえている自分であり,能動的な生に基づいて生きている自分ではない,と感じていることを,涙を浮かべながら語った.
3. 【悲しみを共有した重要他者と紡いだ絆に気づき生きる意味を見出す】子どもを亡くした悲しみがA氏にもたらしたことは,長く生きてはいけないという誓いの他に,もう一つ存在していた.それは,悲しみを共にした相手が存在しているということである.A氏は,「何にもできない辛さもあります.とにかく身体がしんどい,それも大きいです.ですが,主人のことが何もできない.主人は,わたしのところに来ると“ここは一番ほっとする場所,家でひとりは苦しい”と言ってくれます.わたしは,近いうちに息苦しくて話ができなくなるでしょうし,そのうちに死んで,死んでいなくなります.死んだら,主人はずっとひとり.置いていくのは申し訳ないと思っています.」と,配偶者から受け取った言葉や,生きられた日々に紡がれた絆を話し,自分の死後について懸念していることを語った.また,A氏は,難治性の気胸のため,退院の目途が立たない状況にあったが,配偶者は,A氏をいつもと変わらずに励まし続けていた.A氏は,「主人は今日,“はやく家に帰ってきてくれたらいいのに”と言っていました.“帰っておいで”とずっと,変わらずに言ってくれます.主人がわたしに向けるまなざしは優しいとお感じになりましたか.長年一緒にいると,何かが見いだせるのでしょうね.実際,夫婦でいてよかったって言う人もいますしね.」と穏やかに語った.A氏は,【悲しみを共有した重要他者と紡いだ絆に気づき生きる意味を見出す】ようになった.生きられた日々を語り,生きる意味を見出したA氏は,可能な動作範囲はベッドサイド周辺になっていたが,今できることを考えて実行し,苦しい日々を生き抜こうとした.将来,息苦しさにより話せなくなっても,人々とコミュニケーションをとることができるように準備をすることを自分で決めて,実施した.
線維化性非特異性間質性肺炎をもつA氏のエンドオブライフの記述により,生きられた体験の意味を検討したところ,次の3点が考えられた.
1. 苦痛症状による様々な喪失がもたらす悲しみと葛藤,生きることへの苦痛A氏は呼吸困難感の悪化により,「どんどん動けなくなって.どうして長い間苦しむ病気で死ぬのか.そのようなことばかりを考えているのです.」と述べている.呼吸困難感をはじめとした苦痛症状は,生活上の様々な喪失により生じる悲しみや葛藤,ならびに生きることへの苦痛を想起させることが予見される8).また,A氏は,「長い間苦しむ病気で死ぬのか」という苦しみに加え,「死に至るまでの苦しみが怖い」と,二重の苦しみを受け止めていると考えられる.さらに,健康関連QOL(quality of life; QOL)には性差の存在が指摘されており,特発性肺線維症においては,呼吸困難感が男性よりも女性の感情的な健康関連QOLに影響を及ぼしていると報告されている9).また,特発性間質性肺炎をもつ人々は,症状の苦痛やその経過のために消耗しており,安定した情緒が保ちにくい傾向にある10)と報告されている.これらを念頭に置いたできうる限りの症状緩和や,心身の自立を維持する関わりが必要であると考えられる.
2. 深い悲しみと共に人生を生きてきたことによる,生きることへの罪悪感子どもを病気で亡くすという体験をしたA氏は,今生きている自分は,「ステロイドで生きながらえている自分」である,と否定的とも受けとれる表現をしていた.子どもを亡くした親は,生涯心の中にその子を失った悲しみとともに宿し続ける11)とされ,A氏が深い悲しみと共に人生を生き,肯定しづらい生,即ち生きることへの罪悪感を抱えていたことが考えられる.グロルマン(2011)は,「子を亡くした人は未来を失う」12)と述べており,A氏の「生きながらえている自分」という言葉からも,A氏が未来を失った状態で,長らく生きてきたことが推察される.そして,病いの体験を契機に,生きることへの罪悪感と,生きられた日々との間との気持ちの揺らぎが顕在化し,意思決定や療養行動などに影響を及ぼしていると考えられる.よって,意思決定や,行動などに影響を及ぼす体験のもたらす意味を,洞察することが重要であると考えられる.
3. 人生の根底に流れている出来事や価値観に関する語りから,生きる意味を見出すA氏は,長らくの間「長生きしてはいけない」と思い続けていたが,語りを通して,子どもを亡くした悲しみを,重要他者(本研究では配偶者を指す)と共有しながら生きてきたことに気づいていった.また,重要他者によるA氏への変わらない励ましにより,A氏は子どもを亡くした後の人生で紡いだ絆や,A氏にしか成し得ない役割の存在に気づき,生きる意味を見出したと考えられる.
特発性肺線維症患者の呼吸困難感と共に生きる体験の調査では,病いの体験や意味を思索し,人生観を変容させながら生きる,という体験が記述されている13).人生の根底に流れている出来事や価値観に関する語りは,生きる意味を気づかせると考えられ,また,援助者による傾聴は,病いをもつ人々の実存的な苦痛の緩和をもたらすと考えられる.さらには,テーマに沿って人生を振り返るライフレビューは,自尊感情を向上させ,自我の統合を促進すると考えられている14).よって,病いをもつ人々のエンドオブライフへの援助には,これらの方法を援助に取り入れ,生きられた体験の意味を探究することが重要であると考えられる.
本研究は,一事例の現象を丹念に探究した事例研究である.今後は,疾患固有の療養体験の現象に基づいた,心理的,実存的な苦痛の緩和に貢献する看護援助を開発することが必要である.
線維化性非特異性間質性肺炎をもつ人のエンドオブライフの記述から,生きられた体験の意味を探究した.A氏の生きることへの罪悪感と,生きられた日々との間の揺らぎが,病いを契機に顕在化し,療養行動に影響したと考えられる.生きられた体験の傾聴は,語り手に生きる意味を気づかせ,実存的な苦痛の緩和が示唆される.心理的,実存的な苦痛を緩和し,エンドオブライフを支える看護援助の開発が必要である.
事例をご提供下さいましたA様とご家族に深謝申し上げます.本研究の要旨は,第27回日本呼吸ケア・リハビリテーション学会学術集会(2017年11月,宮城)で発表し,座長推薦を受けた.
本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.