日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌
Online ISSN : 2189-4760
Print ISSN : 1881-7319
ISSN-L : 1881-7319
スキルアップセミナー
嚥下からみた誤嚥性肺炎の予防と対策
野原 幹司
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 28 巻 2 号 p. 179-185

詳細
要旨

超高齢社会を迎えた日本においては高齢者の肺炎,その中でも誤嚥性肺炎の予防と対策が大きな課題となっている.

これまで肺炎といえば,呼吸器内科医をはじめとする呼吸器に関連する医療者が,その対策の主軸を担ってきた.しかし,誤嚥性肺炎は,その原因となる「誤嚥」を診ている医療者と,「肺炎」という結果を診ている医療者が異なるという特殊性を有している.

誤嚥性肺炎とは呼吸器のみの疾患ではなく,「どのような食事をどれだけ食べてよいか」というギリギリのラインを,嚥下機能,口腔機能,口腔内の状況,服薬内容,栄養状態,循環機能,呼吸機能など,さらにはその症例を取り巻く家族や医療・介護リソースを総合的に判断して見極めるという非常に興味深い疾患である.

本稿では,誤嚥性肺炎の予防と対策を進めるにあたり,誤嚥と肺炎の両方の面からの誤嚥性肺炎について考察を加えた.本稿の主たる目的は誤嚥と肺炎の橋渡しである.

緒言

2017年の日本人の死因別死亡率の統計において,肺炎は死因の5位となり順位を下げたが(前年までは3位),順位が下がったからといって軽んじられる疾患ではないことは周知のとおりである.肺炎死亡の95%以上を高齢者が占めることも報告されており,超高齢社会を迎えた日本においては高齢者の肺炎対策が大きな課題となっている.死因となったときの肺炎の原因内訳は明らかになっていないが,入院の原因となった高齢者の肺炎においては,その多くが誤嚥性肺炎であったことが報告されている.すなわち,高齢者の肺炎対策は,誤嚥性肺炎の対策とも言い換えることができる.

これまで肺炎といえば,呼吸器内科医をはじめとする呼吸器に関連する医療者が,その対策の主軸を担ってきた.しかし,誤嚥性肺炎は特殊である.肺炎としては呼吸器疾患であることに変わりがないものの,その原因となる誤嚥については嚥下に関連する医療者が主にかかわっている.「誤嚥」という原因を診ている医療者と,「肺炎」という結果を診ている医療者が異なる(まれに両方を診ている医療者も存在するが)というのが誤嚥性肺炎の特殊性であり,その特殊性が誤嚥性肺炎の予防や対策を難しくしている一因かもしれない.

本稿では,誤嚥性肺炎の予防と対策を進めるにあたり,誤嚥と肺炎の両方の面からの誤嚥性肺炎について考察を加えた.本誌は呼吸器関連の学会であるため,肺炎については他稿で多く議論されていることと思う.そのため嚥下や誤嚥に少し重きを置いていることを了承願いたい.本稿の主たる目的は誤嚥と肺炎の橋渡しである.

誤嚥と誤嚥性肺炎

1. 誤嚥性肺炎発症のバランス

気管や肺は基本的には気体(日常では空気)しか入らないようになっている.食物や唾液など空気以外のものが下咽頭を通過するときに,声門を越えて気管より深いところに入ることを誤嚥という(図1).誤嚥は健常者でも生じることがあるが,脳卒中や神経筋疾患,薬剤の副作用などによって頻度が上がる.

図1

誤嚥の定義

食物や唾液などが,声帯を越えて気管内に入ることを誤嚥という.

すべての誤嚥が肺炎に繋がるわけではない.誤嚥に引き続き肺炎が生じるかどうかは,侵襲と抵抗のバランスで決まる(図21.侵襲が大きくなるか,もしくは抵抗が小さくなったときに誤嚥が肺炎へと繋がる.侵襲とは,誤嚥物の量,内容(気道への為害性)であり,抵抗とは,呼吸・喀出機能,免疫機能である.誤嚥されたものが清潔で為害性がなければ(無菌の生理食塩水など)肺炎は生じない.また,誤嚥をしても,喀出が可能で免疫機能が適切に働けば肺炎を生じることなく経過する.実際に臨床では,嚥下内視鏡や嚥下造影などの検査で誤嚥を認めるものの,肺炎を生じることなく長年経口摂取を続けている症例も多い.反対に,喀出力が弱く,抵抗力も低下した症例,例えば肺機能が低下した高齢者,喫煙者,COPD症例,肺結核後遺症の症例などでは,少量の誤嚥であっても肺炎になりやすい.

図2

誤嚥性肺炎発症のバランス

すべての誤嚥が肺炎に繋がるわけではない.侵襲と抵抗のバランスが侵襲に傾くと肺炎になる.

2. 不顕性誤嚥

誤嚥性肺炎発症のバランスを大きく崩す原因として,不顕性誤嚥が挙げられる(図3).不顕性誤嚥は「ムセの無い誤嚥」とされており,誤嚥物が声門を越えて気管内に入っても咳嗽反射が生じない状態である.すなわち,誤嚥物が咳嗽で排出されずに,気管・肺内に入ったままになるためバランスが崩れて肺炎のリスクが高くなる.

図3

不顕性誤嚥の嚥下造影所見

造影剤が声門より下に入っているが(矢印)咳による喀出がみられない.

不顕性誤嚥の発症機序には,サブスタンスPという痛みの伝達物質の関与が考えられている.咳嗽反射や嚥下反射が良好な症例では咽頭のサブスタンスP濃度が高いことが示され,一方,不顕性誤嚥を生じている症例では,その濃度が低いことが明らかとなった2.その結果から,誤嚥したときに咳嗽反射が生じるには,咽頭のサブスタンスP濃度がポイントとなると考えられている.そのサブスタンスPはドパミンに誘導され,迷走神経・舌咽神経の知覚枝の頸部神経節で合成されて逆行性に咽頭に放出される.すなわち,ドパミンの産生低下がサブスタンスPの分泌低下,ひいては不顕性誤嚥を招くのである.したがって,ドパミンの産生が低下する疾患であるパーキンソン病やパーキンソン病関連疾患,パーキンソン症候群などで不顕性誤嚥が多くなるとされている.

また,加齢現象でもドパミンは減るとされており3,高齢であること自体が不顕性誤嚥のリスクになると考えられる.

3. 誤嚥性肺臓炎と誤嚥性肺炎

ここで臨床的な誤嚥性肺炎の解釈について整理しておきたい.「誤嚥性肺炎」は嚥下を担当する医療者からすると「食べ物などが肺に入ると生じる肺炎」であるが,肺炎を治療する医師からすると「抗菌薬で治療する肺炎」と考えられている.同じ「誤嚥性肺炎」と呼ばれているにも関わらず,専門性の違いによって解釈が異なっているのである.片や食べ物(≠細菌)によって生じる炎症であり,片や抗菌薬で治るということは細菌による炎症である.臨床で「誤嚥性肺炎」と呼ばれるものには,この両者が入り乱れており,ちょっとした混乱が生じている.

ここで整理すると,食べ物が入って生じる肺炎は,刺激によって生じる肺炎であり広い意味での化学性肺臓炎と解釈され,誤嚥性肺臓炎とよばれることがある.一方,抗菌薬によって治療できる肺炎は細菌性肺炎であり,(狭義の)誤嚥性肺炎とよばれる(表1).

表1 誤嚥性肺臓炎と誤嚥性肺炎
誤嚥性肺臓炎
(aspiration pneumonitis)

食べ物などが原因
化学的刺激
抗菌薬が無効
発熱は短期間
(1日で解熱することが多い)
誤嚥性肺炎
(aspiration pneumonia)

主に細菌が原因
細菌感染
抗菌薬が有効
発熱は数日続く

誤嚥性肺臓炎では抗菌薬は不要であり1日程度の発熱で治まることが多く,誤嚥性肺炎では数日間症状が続くので抗菌薬で治療する必要がある.誤嚥性肺臓炎のたびに抗菌薬を使用すると,耐性菌の増加につながり,いざというときに抗菌薬で治療できなくなる可能性がある.また,抗菌薬の頻回使用により偽膜性腸炎を引き起こす可能性もある4

誤嚥性肺臓炎と誤嚥性肺炎は混合型もあり(食べ物と細菌が一緒に肺に入る),臨床では厳密に区別することはできないことも多いが,臨床での誤嚥性肺炎には化学性と細菌性があること,その両者をできる限り区別して不要な抗菌薬の投与は避ける必要があることは覚えておくべきである.

誤嚥性肺炎の予防

1. 侵襲の軽減

①誤嚥量の軽減

誤嚥の量を減らす一つの方法は嚥下訓練や食事介助である.誤嚥がある症例では胃瘻が造設されることがあるが,それも食事による誤嚥の量を減らすことが主目的である.やみくもに経口摂取を禁止することは避けられるべきであるが,経口摂取をすることでバランスが崩れるようであれば経口摂取の禁止もやむを得ない.

後出のACE阻害剤5やアマンタジン6などは咽頭のサブスタンスPの濃度を上げることで咳嗽反射を改善するが,サブスタンスPは嚥下反射も同時に改善するため,誤嚥量の軽減にもつながると考えられている.とくに認知機能が低下して嚥下の指示が通らない症例に対しては,投薬による反射改善は非常に有効なアプローチである.また,唾液の誤嚥などは日常的に生じる可能性があり,嚥下訓練などでの対応にはどうしても限界がある.そういう症例や症状に対して,薬剤の効果に望みをかけて適用する場合も多い.

②誤嚥物の性質改善

誤嚥物の性質を改善する方法は,刺激物の誤嚥を避けるのも一法であるが,主たるものは口腔ケアになる.唾液中には口腔内の細菌が大量に含まれており,不潔な唾液中には 1 ml中に109個の細菌が存在すると言われているが(図4),その濃度は口腔ケアにより低下する.口腔ケアにより,唾液中の細菌数を減じることで唾液を誤嚥したときの侵襲を軽減するのが目的である.加えて,口腔ケアには咽頭のサブスタンスP濃度を上昇させる効果があることが明らかにされている7,8.すなわち,口腔ケアは咳嗽反射や嚥下反射を改善する効果も有している可能性が考えられている.実際に口腔ケアを行うことで,誤嚥性肺炎の発症率が低下することが大規模な比較研究により明らかになっている9,10

図4

位相差顕微鏡(約3000倍)で見た唾液

黒く見えるのがすべて細菌である.

③胃食道(喉頭咽頭)逆流の予防

胃内容物が食道に逆流することを胃食道逆流というが,その逆流物が食道にとどまらず咽頭にまで到達し,その逆流物の誤嚥により肺炎を生じることがある.近年,この逆流物誤嚥による肺炎も比較的多いと考えられるようになり,欧米では食事を誤嚥して生じる肺炎をanterograde pneumoniaというのに対し,逆流による肺炎をretrograde pneumoniaと呼ぶ11.逆流物が胃液(pH 2.4以下)のときに生じる嚥下性肺炎をMendelson症候群といい,酸による重篤な化学性肺臓炎像を呈する.

高齢者は噴門部の機能低下,食道や胃の蠕動運動低下のために逆流が増えると考えられており,加えて食道裂孔ヘルニアなどの疾患があるとさらに頻度は上がる(図5).さらに胃瘻も食道の廃用症候群による機能低下を生じるため,逆流の増悪因子と考えられている12

図5

胃食道(喉頭咽頭)逆流の内視鏡所見(89歳 女性 食道裂孔ヘルニアあり)

左:嚥下直後,右:逆流

いったん嚥下されたゼリー(緑色)が,しばらくたってから咽頭まで逆流してきた.

したがって,胃食道逆流の予防としては消化管運動促進剤や下剤,制酸剤の処方が行われる.胃瘻症例においては栄養剤の半固形化,食後水平位の禁止が知られており,胃瘻であっても食道の廃用症候群の予防のために,あえて経口摂取させることも逆流予防に有効であると考えられている.

2. 抵抗の向上

①免疫機能の向上

免疫機能の向上にはワクチンの利用が行われている.肺炎に特化したワクチンとしては,肺炎球菌のワクチン(ニューモバックス,プレベナー.詳細は他誌参照のこと.)が開発され臨床でも用いられている.誤嚥性肺炎と肺炎球菌の関係を直接的に示した報告はないが,誤嚥の2次感染として肺炎球菌が感染する可能性があり,不潔な口腔内には肺炎球菌が日和見菌として認められることが知られている13.そういったことから誤嚥による肺炎を防ぐためにも肺炎球菌ワクチンは有効である.もちろん免疫機能を考えるときは,ワクチンだけでなく免疫全般に関与する栄養状態の改善も考慮しなければならない.

②喀出の改善

1) 薬剤の利用

喀出の改善のためには,咳嗽反射を促す薬剤や食品を利用する方法がある.原理は前出のサブスタンスPやドパミンを補う薬剤の利用である.

A.ACE阻害剤は,アンギオテンシン変換酵素だけでなくサブスタンスP分解酵素も阻害するため,咽頭のサブスタンスPが分解されずに蓄積されて濃度が上がり,咳嗽反射を促すといわれている.研究の結果,ACE阻害剤を投与することで肺炎の発症率が2年間で3分の1に低下できたことが示されている5.ただし,最近になり,中枢作用性ACE阻害剤はアルツハイマー型認知症のリスクを下げるが,反対に非中枢作用性ACE阻害剤はアルツハイマー型認知症のリスクを上げるという可能性が報告された14.ACE阻害剤を認知症に適応する時は注意が必要である.

B.アマンタジンはパーキンソン病の治療薬として用いられる薬剤である.投与することによりドパミン濃度が上昇し,その結果,引き続き誘導されるサブスタンスPの濃度も上昇することが知られている.この効果を利用して,誤嚥性肺疾患予防の効果を検討した研究からは,肺炎発症率が5分の1に減少したことが報告されている6.この効果は,他のドパミン濃度を上げるパーキンソン病治療薬(L-ドーパ含有製剤など)でも期待できる.

その他,薬剤としてはシロスタゾール15や半夏厚朴湯16にも肺炎予防効果があることが示されている.

反対に,鎮咳薬はその作用機序から咳嗽反射の惹起を阻害するため,不顕性誤嚥を増やし肺炎のリスクも上昇させる.誤嚥の可能性がある症例への適用は禁である.

2) 呼吸理学療法

呼吸・喀出機能を保つためには呼吸理学療法が有効である.呼吸機能を良好に保つことで,誤嚥してムセたときに力強く喀出できるようにしておくのが狙いである.

以上,誤嚥性肺炎の発症予防は,誤嚥を少なくするだけでなく,侵襲を軽減し抵抗を向上させることで,バランスを保つことが重要となる.

誤嚥時の対応法

誤嚥性肺炎の発症予防には侵襲と抵抗のバランスを保つことが重要であり,呼吸理学療法が抵抗の向上に寄与することは前述した.一方,呼吸理学療法を応用することで,実際に誤嚥した時に,誤嚥物を積極的に排出させ,侵襲を軽減させることにも有効である.

嚥下障害症例の中には,どんなに適切と思われる嚥下訓練や食事介助を行っていても,誤嚥が避けられないケースも存在する.誤嚥している場合は,一切経口摂取しないか,誤嚥していても経口摂取するか,という選択を迫られるが,食べるという選択をしたときには手放しで許可をするのではなく,誤嚥性肺炎発症のバランスを考え,少しでも肺炎を生じないようにする必要がある.ここでは,実際に経口摂取しているときに誤嚥を肺炎に繋げないようにするための呼吸理学療法17について説明する.具体的には,不顕性誤嚥の症例,大量に誤嚥して喀出が不十分な症例に対して用いる手技である.

①経過観察

総合判断になるが,少量の誤嚥でも力強くムセている,これまで誤嚥性肺炎になったことがない,体力・免疫機能も保たれている,といった場合の誤嚥は経過観察のみでよい.要するに,誤嚥性肺炎発症のバランスが崩れないと判断された誤嚥の場合である.もちろん,臨床では念のため体温の測定を指示し,万が一,誤嚥性肺炎になったとしても早期に対応できるようにしておく.

②ドレナージ

呼吸理学療法の分野では「体位排痰法」と呼ばれるが,嚥下障害の症例においては痰ではなく「体位排食事・唾液法」であり,「肺内に入った誤嚥物を,重力を利用して中枢気道へ誘導排出する方法」である.

左右に傾くことなく座位で食事をしていた場合には,右の気管支が左より太く,角度も小さいため誤嚥物は一般には右肺底部に流れる.したがって,食事,口腔ケアの水などを誤嚥(不顕性を含む)した後には,食事やケアのあとで右肺を上にした体位で保持すると「排誤嚥物」に効果的である(図6).もちろん,体幹保持が不十分で左に傾斜している症例では,誤嚥物は左肺に入る確率が高くなり,リクライニング位で誤嚥した症例では背側に入る率が高くなる.その場合はそれぞれ左上体位,腹臥位も考慮する.

図6

ドレナージ

座位で食事をしていた場合は,右肺を上にしたドレナージが効果的である.

ドレナージを行い誤嚥物が中枢気道に移動してくると(状態にもよるが3~15分),頸部でラ音が聴取されるようになるため,そのタイミングで咳嗽・喀出を行わせる.

一般には急性期の症例,血行動態が不安定,気胸,肺出血,脳浮腫などの症例では,ドレナージは禁忌である.加えて嚥下障害の症例においては,胃食道逆流に注意する必要がある.

③呼気介助

さまざまな用語の定義があるため,詳細は他書に譲るが,ここでは排誤嚥物を促すために行う呼吸に合わせた胸郭の圧迫のことを呼気介助とする.

活動性が低下した認知症の症例では,呼吸が浅いことがあり,意思疎通が困難なため,深呼吸やハフィングを指示することができないことが多々ある.そういった症例に対して,排誤嚥物のために強制的に深く呼吸させる方法が呼気介助である.「排痰」のときはドレナージと併用する(スクイージング)のが基本であるが,「排誤嚥物」の場合は粘稠度があまり高くなく,それほど肺の深い位置までは落ちていないため,座位やリクライニング位で行ってもある程度の効果がある.かならず自発呼吸と同期させることが重要であり,呼吸が浅くタイミングが取りにくいときは,2回の呼吸で1回介助するというふうに工夫してもよい.

誤嚥物が徐々に中枢気道に運ばれて頸部でラ音が聴取されれば,咳嗽させて誤嚥物を喀出させる.

④スクイージング

ここではドレナージ体位を取り,誤嚥物の貯留する胸郭を呼気時に圧迫し,吸気時に開放する手技をスクイージングとする(図7).呼吸介助とは異なり,部位を狙って,積極的に排誤嚥物を促す方法である.嚥下臨床では呼吸介助と同義で行われることも多い.肺の深いところにある喀痰を排出する時には有効な方法である.

図7

スクイージング

ドレナージ位を取って呼気介助を行うのがスクイージングである.圧迫は誤嚥物の貯留している部位が基本だが,排誤嚥物のためには換気量を大きくするイメージで行うとよい.

⑤ハフィング

気道内誤嚥物の移動を目的として,声門を開いたまま強制的に呼出をおこなうことをいう.行うには意思の疎通が必要なため,認知症の症例,呼吸のコントロールが上手くいかない症例では効果的なハフィングを行わせることは困難である.実際に誤嚥をして激しく咳嗽反射が生じているときは,自然とハフィング様の呼気になっていることがある.

⑥咳嗽介助

咳嗽の効果を高めるために,咳嗽に合わせて胸部または腹部を徒手的に固定あるいは圧迫することである.呼吸筋力の低下のために咳嗽が弱い症例に対しては,咳嗽時の呼気をサポートすることで呼気流速を速め,効果的な喀出を促すことができる.認知症の症例に対しては,腹部よりも胸部を呼気時の胸郭の動きに合わせて圧迫する方法が適用しやすい.

ポイントは症例が咳嗽をするタイミングに合わせることである.意思疎通ができる場合は,掛け声をかけて行うことで症例の咳嗽と術者の介助のタイミングを合わせることができるが,できない場合には,咳嗽の前の吸気動作とそれに引き続く声門閉鎖を察知し,その声門閉鎖のタイミングに合わせて介助を行う.

⑦気管圧迫法

経皮的に気管を圧迫することで咳嗽反射を誘発する方法であり,意思疎通ができない症例や意識的に咳嗽が出来ない症例では非常に有効である.

ポイントは気管を瞬間的に変形させることである.そうすることで,気管内に異物が侵入してきたときと同じような感覚を与えられるため,咳が惹起できる.瞬間的な圧迫が難しいときは,気管を緩徐に圧迫しておいてから,指先で転がすように気管からの圧を瞬間的に開放してもよい(図8).また,胸鎖乳突筋腹の後方から指で気管を摘むようにする方法もある(図9).

図8

気管圧迫法の変法 その1

気管をいったん圧迫しておいてから,指先で気管を転がすように圧を解放すると咳を誘発できる.

図9

気管圧迫法の変法 その2

胸鎖乳突筋の外側後方から,気管を摘むようにすると咳を誘発できる.

この手技は違和感が強いため,効果と侵襲のバランスをしっかりと見定めて適応する.圧迫しても咳嗽反射を誘発することが難しい症例も存在するので,効果のない圧迫を続けないように注意が必要である.

⑧呼吸理学療法のとき注意するポイント

嚥下障害の症例では食道の機能低下がみられることが多く,特に食道をあまり使っていない胃瘻の症例で顕著である.そのような場合,注意すべきは胃食道逆流である.胃食道逆流は胸やけや胸部痛の原因となるが,逆流物がさらに咽頭まで上がってくると喉頭咽頭逆流と呼び,それを気道に吸入してしまうと誤嚥性肺炎の原因になることがある.

嚥下障害の症例で呼吸理学療法を行う時は,胃食道逆流や喉頭咽頭逆流に十分注意する必要がある.とくに食後すぐのドレナージ体位や腹圧が高まる咳嗽は逆流のリスクを高める.その時は,ドレナージの時間を短くする,食後少し時間をおいてから呼吸理学療法を行うなど,排食事法をすることによる利点と逆流による危険性のバランスを評価してメニューを決定する必要がある.

まとめ

誤嚥性肺炎を「呼吸器の疾患」という視点のみで捉えると,まったく臨床的に興味がわかない疾患になりうる.やることといえば呼吸理学療法や抗菌薬の選択くらいで,治ったと思ったら再発し,経口摂取制限を強いて症例や家族から疎まれるという臨床となる.しかし,誤嚥や嚥下障害に理解が進むと,誤嚥性肺炎とは呼吸器のみの疾患ではなく,「どのような食事をどれだけ食べてよいか」をいうギリギリのラインを,嚥下機能,口腔機能,口腔内の状況,服薬内容,栄養状態,循環機能,呼吸機能など,さらにはその症例を取り巻く家族や医療・介護リソースを総合的に判断して見極めるという非常に興味深い疾患であることが分かると思う.

本稿が誤嚥と肺炎の橋渡しとなり,誤嚥性肺炎の予防と対策がさらに進むきっかけになれば幸甚である.

著者のCOI(conflicts of interest)開示

本論文発表内容に関して特に申告すべきものはない.

文献
 
© 2019 一般社団法人日本呼吸ケア・リハビリテーション学会
feedback
Top