2019 年 28 巻 2 号 p. 196-199
呼吸リハビリテーションはその定義付けについて変遷があり,最新のステートメント(案)においては「包括的」「継続的」「生涯にわたり長期」「双方向性」などの重要なキーワードを含めており,正しく全人的な医療介入である.最もエビデンスの蓄積が豊富なCOPDにおける治療の位置づけはもはや比較の必要も無い程に「必須」のものと捉えられ,最近の薬物療法の進歩と相まって「COPDは治療可能」と称するに至っている.
しかし課題は多く,アクセスであったり,継続的な介入について機器を使ったリハビリテーションの可能性,又行動変容を含めた全人的な継続的な介入に関しての最近の話題を紹介する.
「呼吸リハビリテーション」は本邦においては1950年代に開始されたとされ,欧米に遅れること僅かであったとされる.当時は呼吸理学療法,として導入されたが実際に行われていた施術内容は,近年のプログラムと大きな違いは無く,ほぼ同様であったことは驚きを禁じ得ない1).
その後,2001年に日本呼吸器学会・呼吸管理学会から呼吸リハビリテーションに関するステートメントが公開され,呼吸リハビリテーションの定義付けが明記された.その後呼吸管理学会は時代の要請から2006年に呼吸ケア・リハビリテーション学会と改称,2007年には呼吸リハビリテーションマニュアルが発表されている.こうして呼吸リハビリテーションを取り巻く環境は時代の流れを受け変化し,この度,2017年に呼吸リハビリテーションに関する「新ステートメント」が公開されるに至った2,3,4).
本セミナーでは,呼吸リハビリテーションの最近の話題について概説する.
表1に,2001年に発表された呼吸リハビリテーションに関するステートメント2),2013年ATS/ERSの合同ステートメント3),そして今回発表された日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,日本呼吸理学療法学会,日本呼吸器学会合同の新ステートメント4)における呼吸リハビリテーションの定義を示す.
2001年 日本呼吸器学会・日本呼吸管理学会 ステートメント | |
呼吸リハビリテーションとは,呼吸器の病気によって生じた障害をもつ患者に対して,可能な限り機能を回復,あるいは維持させ,これにより,患者自身が自立できるように継続的に支援していくための医療である. | |
2013年 ATS/ERS Statement | |
呼吸リハとは,徹底した患者アセスメントに基づいた包括的な医療介入に引き続いて,運動療法,教育,行動変容だけではなく,慢性呼吸器疾患患者の身体および心理的な状況を改善し,長期の健康増進に対する行動のアドヒアランスを促進するための患者個々の必要性に応じた治療が行われるものである. | |
2017年(2018年正式公開) 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会,日本呼吸理学療法学会,日本呼吸器学会 呼吸リハビリテーションに関するステートメント | |
呼吸リハビリテーションとは,呼吸器に関連した病気を持つ患者が,可能な限り疾患の進行を予防あるいは健康状態を回復・維持するため,医療者と協働的なパートナーシップのもとに疾患を自身で管理して,自立できるよう生涯にわたり継続して支援していくための個別化された包括的介入である. |
2001年時点で既に「継続的に」等の重要なキーワードは盛り込まれていたが,2013年ATS/ERS合同ステートメントではより包括的な側面を強調し,継続性を担保するための「包括的」な側面も強調されるに至っていた.そして今回の本邦の新ステートメントでは,さらに「シームレス」「双方向性」というさらなる重要なキーワードを盛り込む形で新しい呼吸リハビリテーションを定義づけようと目論んでいる.
(筆者注) セミナー開催時には2017年に公開されたし新ステートメント(案)を基に講演を行っているが,その後に正式に公開されている.
呼吸リハビリテーションの定義自体の見直しがなされる一方で,取り巻く環境にも変化があり,単なる運動療法や,呼吸理学療法だけを呼吸リハビリテーションと見なすのでは無く,「包括的」介入を重視した考え方が必要となってきた(図1).同時に関わる医療者も多岐にわたり,多職種連携の重要性も注目されてきている.また,対象疾患も急性期・慢性期を問わず「全ての」呼吸不全患者とされ,介入の推奨レベルが疾患別に検証され,推奨レベルが設定されている(表2).この中でも慢性閉塞性肺疾患(COPD)に関するエビデンスの蓄積が最も豊富であり,世界的な治療指針である Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease(GOLD)においても,運動耐容能改善や呼吸困難改善などの点で高いエビデンスレベルであることが示されている.
リハビリテーションの基本構成5)
症状 | コンディショニング | 全身持久力 トレーニング | 筋力(レジスタンス) トレーニング | ADL トレーニング |
---|---|---|---|---|
COPD | ++ | +++ | +++ | ++ |
気管支喘息 | + | +++ | + | |
気管支拡張症 | ++ | ++ | ++ | + |
肺結核後遺症 | ++ | ++ | ++ | ++ |
神経筋疾患 | ++ | + | ||
間質性肺炎 | ++ | ++ | + | ++ |
術前・術後の患者 | +++ | +++ | ++ | + |
気管切開下の患者 | + | + | + | + |
GOLDの記述によると,2000年以前のCOPDの治療においては疾患の経過を改善させられる薬物療法は存在しないとされていたが,2006年改訂の際に「COPDはtreatable」な疾患であると言う言葉が追記されるなど,新規治療薬の恩恵を反映して疾患の位置づけを変えている6).
しかし実は2001年の初版GOLDでは,エビデンスレベルAと評価されている治療法に「禁煙」と「呼吸リハビリテーション」の2つが紹介されている.この扱いは近年のGOLDの改訂でも大きな変更は無く,むしろエビデンスレベルの高い事項が増えており,重要性はさらに強調されている.この歴史的な変遷を視ると,薬物療法がこの10年~20年の間に大きく進化を遂げる一方で,既に存在していたリハビリテーションとの相乗効果の結果,COPDはtreatableとなったと考えることが出来る.
こうした中,COPDに対する呼吸リハビリテーションの効果に関するコクランによるシステマティックレビューが2015年に公開された(通算4回目)7).65編のランダム化比較試験を集計し,SGRQ 6.9 unit改善,6分間歩行距離 44 m延長の効果が得られるという結論を示す一方で,今回を最後にコクランレビューは終了すると宣言を出している8).もはやCOPDに対する呼吸リハビリテーションの効果には疑う余地は無く,さらには多様化した呼吸リハビリテーションを一括りにして分析することが適切では無いという理由からであった.こうしてCOPD患者への呼吸リハビリテーションは「必須」の治療介入であると,ある種お墨付きを得たとも言うことが出来る.
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最新版のGOLDでは,以上の検討を受けて呼吸リハビリテーションは「包括的,かつ多岐にわたる」治療法として紹介されている6).そして,目下の課題は呼吸リハビリテーションが必要な患者に,その提供が十分に為されていないという問題,「アクセス」が課題であると明記している.これは本邦でもDPCを基にした分析結果で適応のある患者の25%にしか呼吸リハビリテーションが提供されていなかったという報告からも重大な課題であることが判る.
この問題の解決は容易ではなく,施設の問題や地域的な問題など一朝一夕では解決しがたい.手掛かりとして自宅・在宅での呼吸リハビリテーションの検討が為されているが,短期維持は可能でも,3年に及ぶ長期では維持が困難であることが伺える9).
介入方法としても,運動療法における強度の問題などが未解決であるが,そもそも呼吸リハビリテーションは定義にもある様に生涯にわたって長期に行うことが望ましい医療介入である.そして画一的な介入では無く,患者個々に個別に設定する個別化医療である.「One-size-fit-allアプローチは適切ではない」のである.その観点から,近年注目されている機器を用いたリハビリテーションとして,有望な2つを紹介する.
〇骨格筋電気刺激(EMS)体外からの電気刺激(electrical muscle stimulation; EMS)により高強度負荷による筋力トレーニングを実践する方法であるが,重症COPD患者52人に二重盲検ランダム化比較試験を実施し,6分間歩行距離,膝伸展筋力,大腿直筋断面積の有意な改善を得たという報告10)などがある.本邦でもBelt electrode Skeletal muscle Electrical Stimulation; B-SESとして医療機関では活用されている.今後在宅用の機器の開発に期待が持たれる.
〇呼吸筋トレーニング(IMT)呼吸リハビリの構成要素として支持するエビデンスが乏しいとされていたが,近年のランダム化比較試験では増悪後の回復期のCOPD患者に対して実施したIMTにより運動耐容能改善を得た検討11)や,術前に実施することで術後合併症予防対策に繋がる可能性などが示唆されており,自宅で実施出来るリハビリテーションとして今後の動向に注目すべきである.
最新の話題として,COPDに関する治療薬の重要な薬効として呼吸困難の軽減があるが,呼吸リハビリテーションも同じくCOPD患者に対して同様の効果が示されている.これはCOPD患者の呼吸困難が肺過膨張,そして吸気予備力の低下によるものであること,薬物療法により過膨張軽減効果が得られるエビデンスが示されているが,呼吸理学療法にも同様に過膨張軽減効果がある12)ことが示されており,呼吸リハビリテーションの臨床効果が科学的に証明された1例と考えられている.
さらにCOPDの生命予後規定因子として身体活動性が挙げられ,その改善にも多面的なアプローチの重要性が示されている13).「歩くことは最良の治療である」というヒポクラテスの金言もあり,如何に身体活動性を上げられるかが今後の呼吸リハビリテーション,多面的な介入の重要な目標であるが,これは一朝一夕に達成し得るものではない.「筋肉を鍛えるには3ヶ月,脳を鍛えるには6ヶ月」という名言も先日のMartijn Spruit教授の講演で紹介されている.まさに「生涯を通じて介入する全人的な医療」であると言うことが出来る.
呼吸リハビリテーションとは,ラテン語でre(再び)+habilis(適した)という語源から考えるに,「再び適した状態になること」「本来あるべき状態への回復」ということを目指す医療である.この推進に向けて医療者も日々努力することが求められている.
佐藤晋;講演料(日本ベーリンガーインゲルハイム)