慢性呼吸器疾患患者,特にCOPDにおいて呼吸筋機能不全は呼吸機能障害の主要な特徴である.これに対し,呼吸筋トレーニングは呼吸リハビリテーションの一手段として適用される.一般的に呼吸筋トレーニングは,吸気筋トレーニング(IMT)を意味し,負荷刺激を適用することによって,その強化を試み,換気能力を高め,呼吸困難や運動耐容能の改善を図る.COPDに対するIMTの有用性について,システマティックレビュー(SRs)が報告されている.これらによると,IMTは一般的な運動療法との併用により,呼吸筋力のみならず,運動耐容能,呼吸困難,健康関連QOLなどにおいて有意な改善効果を認めている.しかし,ガイドラインでのエビデンスのレベルは高くなく,実際の臨床現場における取り組みは不明である.本稿では,SRsをもとに,IMTの臨床的意義について紹介し,臨床現場での現状とその課題について解説した.
慢性呼吸器疾患患者の骨格筋機能不全は,様々な因子間の複雑な相互作用の最終結果であり,呼吸筋に関しても同様に生じる.特に慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary diseases: COPD)患者の呼吸筋においては肺の過膨張が,四肢筋においてはdeconditioningが主要因となり,これらに全身性炎症,栄養状態,併存症,急性増悪およびステロイドに代表される薬物といった全身性因子が関与し,骨格筋機能不全を引き起こす1).特にCOPDの呼吸筋機能不全は,末梢気道病変や肺胞の破壊による気流制限によって気道抵抗が増し,呼吸筋への過負荷が生じることが関与する.一方で,動的肺過膨張が横隔膜の長さ-張力曲線に影響を与え,効率的な横隔膜の収縮が得られにくくなる.これらによって,呼吸筋への負荷が増大し,呼吸筋の代謝需給バランス障害が生じる.
四肢筋ならびに呼吸筋の骨格筋機能不全とは,「弱化(weakness)」と「疲労(fatigue)」の要素があり2),前者に対しては筋力トレーニングや栄養療法などの中・長期的な治療手段が用いられる3).そのため,呼吸筋機能不全に対しても,呼吸筋トレーニングが呼吸リハビリテーションの一手段として適用され,その有用性についても数多く報告されている4,5,6).しかし,本法について具体的な適応基準やコンセンサスが十分でないことに加え,実際の臨床現場においてどの程度適用されているかも不明である.
そこで,本稿では,COPD患者に対する呼吸筋トレーニングについて,システマティックレビュー(systematic review: SRs)を中心とした先行研究をもとに,その臨床的意義について示すとともに,日本における本法の現状と課題,今後の方向性について概説する.
呼吸筋トレーニングとは,呼吸筋に適度な負荷刺激を加えることで,その強化を図る方法であり,一般的に吸気筋のトレーニング(inspiratory muscle training: IMT)を意味する7).その方法には,専用器具を用いる吸気抵抗負荷法(閾値負荷法,気流抵抗負荷法),過換気法に加え,器具を用いない腹部重錘負荷法がある.IMTの適応は,①適切な治療を行っているにも関わらず,症状が残存している症例8),②呼吸筋力が低下している症例,③呼吸筋力の低下が呼吸困難や運動耐容能に影響を及ぼしていると予測される症例,④通常の運動療法のみでは効果が乏しい症例とされ,呼吸筋力を指標とした適応基準としては,最大吸気圧(maximum inspiratory pressure: PImax)が 60 cmH2Oに満たない場合が提唱されている4).これらに加えて,弱化した呼吸筋の増強には,4-6週間を要することから,上記に加えて十分なトレーニング期間が確保できるかも重要な判断基準となる.さらに,呼吸筋がその負荷刺激に耐えうる状態であるかも考慮しなければならない.これに対して禁忌は,①呼吸筋疲労,心機能低下や循環動態さらには全身状態が不安定な症例,②呼吸筋セントラルコアの存在,などが示されている.このセントラルコアとは,労作性呼吸困難による呼吸筋の破壊や低酸素血症を代償するために努力性呼吸が繰り返されるoveruseで生じるミオパチーを意味する9).
これらの方法ならびに適応と禁忌においては,臨床上,問題となる点がいくつかある.1点目は,呼吸筋力の指標としてPImaxが用いられるが,これを測定する器機が必要であり,かつ高価であること.2点目は,呼吸筋疲労は禁忌とされているが,臨床では弱化と疲労が同時に生じること2)は容易に推測でき,臨床症状も類似しているためにその区別が困難であること.3点目は呼吸筋セントラルコアの存在も禁忌とされるが,これを同定するためには筋生検が必要であること.4点目として,腹部重錘負荷法がIMTに含まれていることなどである.特にこの腹部重錘法は重要な問題を含んでいる.腹部重錘負荷法は腹部に重錘を載せた状態で横隔膜呼吸を行う方法であるため,果たして呼吸筋に適切な抵抗負荷が加えられているかが証明されておらず,厳密な意味で吸気筋に負荷刺激を与える方法とは異なるものと考えられる.
これまでに,IMTのSRsがいくつか報告されている4,5,6,10,11,12).これらSRsのエビデンスと質について評価するツールThe agreement, reliability, construct validity, and feasibility of a measurement tool to assess systematic reviews(AMSTAR)13)scoreを用いて検討した報告14)では,10/11点(9-11点が高い質と判断)であった2011年Gosselinkら10)のSRsが最も高い評価を得ていた.この報告は,2000から2009年の間にIMTに関する研究で公表された129報中32報が解析対象であった.その結果,IMTによりPImax,呼吸筋耐久力,漸増吸気閾値負荷(incremental threshold loading),運動耐容能,呼吸困難,健康関連生活の質(HRQOL)など,全ての項目で有意な改善が得られている(表1).呼吸筋力を指標とした解析結果では,IMT群はコントロール群と比較し,PImaxが13 cmH2O有意に増加した(95% 信頼区間[CI]0.54-0.82, p<0.001)(図1).また,運動療法にIMTを組み合わせた併用群と運動療法単独群を比較した結果,併用群においてPImaxの有意な改善効果が認められた(95% CI 0.42-0.96, p<0.001)(図2).さらに,吸気筋力低下を伴わない群(PImax>60 cm H2O)および吸気筋力低下を伴う群(PImax≦60 cm H2O)のサブ解析結果では,前者では有意な改善効果を示さなかったが(95% CI 0.01-0.85, p=0.06),後者では有意であった(95% CI 0.52-1.21, p<0.001).運動耐容能を指標とした解析結果では,吸気筋力低下を伴わない群(PImax>60 cm H2O)および吸気筋力低下を伴う群(PImax≦60 cm H2O)のサブ解析結果では,前者(95% CI -0.37-0.47, p=0.82)では有意な改善効果を認めず,後者において認めた(95% CI 0.10-0.91, p<0.05)(図3).このようにIMTを一般的な運動療法に併用あるいは吸気筋力低下を伴う患者においては,上記指標の有意な改善が得られている.
Outcome measures | Subjects n | Q-statistic | I2 | SES | 95%CI | p-value (z-statistic) | Natural unis |
---|---|---|---|---|---|---|---|
PImax | 32 | 57.8 | 46 | 0.73 | 0.53-0.93 | 0.001 | +13 cmH2O |
RMET | 14 | 47.3 | 73 | 1.05 | 0.62-1.49 | 0.001 | +261 s |
ITL | 11 | 16.8 | 3 | 0.98 | 0.72-1.25 | 0.001 | +13 cmH2O |
MVV | 4 | 1.2 | 0 | 0.23 | -0.27-0.72 | 0.373 | +3 L min-1 |
Functional exercise capacity | 22 | 14.3 | 0 | 0.28 | 0.12-0.44 | 0.001 | 6MWD: +32 m |
12MWD: +85 m | |||||||
Endurance exercise capacity | 3 | 4.6 | 57 | 0.72 | -0.12-1.55 | 0.087 | -198 s |
9 | 6.0 | 0 | -0.13 | -0.38-0.11 | 0.293 | -0.04 L min-1 | |
5 | 5.0 | 20 | 0.3 | -0.02-0.63 | 0.067 | +1.3 mL min-1・kg-1 | |
9 | 5.5 | 0 | -0.04 | -0.3-0.2 | 0.696 | -0.7 L min-1 | |
W max | 10 | 5.1 | 0 | 0.07 | -0.16-0.3 | 0.562 | +1.7 W |
Dyspnoea Borg score | 14 | 15.6 | 17 | -0.45 | -0.66--0.24 | 0.001 | -0.9 |
Dyspnoea TDI | 4 | 6.3 | 52 | 1.58 | 0.86-2.3 | 0.001 | +2.8 |
Dyspnoea CRQ-Dyspnoea | 9 | 16.6 | 52 | 0.34 | -0.03-0.71 | 0.068 | +1.1 |
Quality of life CRQ | 9 | 10.4 | 20 | 0.34 | 0.09-0.60 | 0.007 | +3.8 |
CRQ fatigue | 10 | 8.2 | 0 | 0.27 | 0.03-0.50 | 0.024 | +0.9 |
CRQ emotion | 10 | 7.6 | 0 | 0.19 | -0.04-0.42 | 0.107 | +0.5 |
CRQ mastery | 10 | 8.5 | 0 | 0.09 | -0.14-0.33 | 0.432 | -0.005 |
n=32. CRQ: chronic respiratory questionnaire;ITL:漸増吸気閾値負荷;MVV:最大努力換気量;SES:効果量;PImax:最大吸気圧;RMET:呼吸筋持久力テスト;TDI:トランジション呼吸困難指数;
呼吸筋トレーニングの最大吸気筋力における効果比(文献10より引用)
一般運動療法+呼吸筋トレーニングと一般運動療法の最大吸気筋力における効果比(文献10より引用)
運動耐容能における呼吸筋力低下の有無による効果比(文献10より引用)
昨今,IMTに加えて呼気筋を強化する呼気筋トレーニング(expiratory muscle training: EMT)に関する研究も行われており,2014年Nevesら15)によってSRsが報告されている.この結果によると5報が解析対象となり,EMT群とコントロール群を比較した結果,PImaxと呼気筋力(maximum expiratory pressure: PEmax)はEMT群においてPEmax(95% CI 13.39-29.59, p<0.001),PImax(95% CI 0.90-14.45, p<0.001)とも有意な改善効果を認めているが,運動耐容能や呼吸困難においては有意な改善は認められなかった.
しかし,米国胸部医師学会/米国心血管呼吸リハビリテーション協会(American College of Chest Physicians/American Association of Cardiovascular and Pulmonary Rehabilitation: ACCP/AACVPR)ガイドライン16)では,IMTを呼吸リハビリテーションの必須の要素としてルーチンに行うことを支持するエビデンスはないと,そのレベルを1Bと評価している.また,COPDのためのグローバルイニシアティブ(Global Initiative for Chronic Obstructive Lung Disease: GOLD)ガイドライン17)では,IMTは単独での実施ではなく,特に全身運動療法と併用すると効果的であるとして,エビデンスレベルをCと位置付けている.このように,国際的な診療ガイドラインにおけるIMTの評価は必ずしも高いわけではない.
以上のことから,IMTやEMTはPImaxやPEmaxにおいて有意な改善効果があり,さらにIMTはPImaxが低下している群,または一般的な運動療法にIMTを加えた群において運動耐容能,呼吸困難,HRQOLも改善効果が示されていた.そのため,ガイドラインが推奨するように,単独のIMTは呼吸リハビリテーションの必須の要素ではなく,呼吸筋力が低下している症例に対して,一般的な運動療法と併用して適用される治療手段であることが確認できた.
前述のようにIMTは有効性が示されている反面,診療ガイドラインにおける評価は必ずしも高くない.この結果を私たちはどのように臨床現場に活かすべきであろうか?実際,本邦におけるIMTはどのような実施状況にあるのか?まず,この点について把握する必要がある.
筆者らは,2012から2016年までの5年間の本学会学術集会の一般総演題数のうち,IMTに関する演題がどのくらい含まれているかを調査した.総計2,272演題中,当該演題数は16演題(0.7%)であり,そのうちCOPDを対象としたものはわずか4演題であった.この結果から,本邦においてIMTは積極的に取り組まれていない可能性が示唆された.
さらに筆者らは,IMTの現状について本学会のすべての会員を対象にWebアンケートを行った.回答率は14.3%(586/4,095名)で理学療法士が約70%を占めていた.その結果,「IMTを行っていますか?」という問いに,はい55%,以前行っていた17%,いいえ28%の割合で回答を得た.IMTを実施していない理由の上位は,①器具の購入の必要性がある,②運動療法で十分な効果が得られるため,わざわざ実施する価値が不明,③選択基準や効果判定の際の指標やそれを測定する器機がない,であった.一方,IMTを実施している,または実施していたと回答した方に,実施方法について質問した結果,腹部重錘負荷法が最も多かった(図4).有害事象についても質問したところ5%に認め,その内容の最多は疲労や呼吸困難の増強であった.さらに,IMTを実施していないという回答者に,今後実施する予定の有無について質問した結果,52%は今後も実施しない,または不明であり,その理由として,呼吸筋力を測定する器機がない,トレーニング器具の購入の必要性がある,対象者の選択が難しい,IMTの付加価値が不十分などがあげられた.
呼吸筋トレーニングの方法
これらをまとめると,IMTを実施している会員は約70%存在し,その方法は腹部重錘負荷法が最も多く,有害事象もわずかであるが存在した.一方,IMTを実施していない会員は約30%存在し,うち半数が今後の実施においても疑問を抱いていた.以上のことから,本邦のIMTの現状として,方法において腹部重錘負荷法が最も多く実施されていたことが明らかになった.加えて,IMTの実施にあたっては,適応基準や付加価値の根拠の乏しさが問題であることが示された.
COPDに対するIMTの効果は科学的エビデンスとして示されているが,IMTは臨床場面で運動療法への付加的位置づけであるため,積極的には適応されていない現状にある.IMTを適応となる患者に積極的に導入するためには,その基準の明確化や簡便な呼吸筋力評価方法あるいは測定機器の開発,改善効果の検証など,さらなる臨床的検討が必要であることが示唆された.
神津 玲;研究費(パラマウントベッド株式会社)